2014-03-01から1ヶ月間の記事一覧

看護基礎教育の大学化 8 <看護の方向性を誰が決めているのか>

日本の助産師の方向性がどこで決められているのかがよくわからないように、日本の看護師、あるいは看護そのものの方向性がどこでどのように決まっていくのかよくわかりません。 この看護基礎教育の大学化も、どこでどのように進められているのでしょうか。 …

水は誰をも受け入れてくれる

ここ20年程で、公共プールの使い方がだいぶ変化した印象があることを「プールの中の境界線」で書きました。 「泳ぐ」しかもけっこう真剣に泳ぐ人たちと、自由に水の中で「遊ぶ」人たちとの棲み分けぐらいだったものが、「水の中を歩く」「水の中で踊る」た…

マグロとニモ

秋から冬にかけてプールがすく季節は、水泳連盟主催などの子ども向けの水泳教室を開いている公共プールが多いようです。 2コースぐらいがこうした団体利用にあてられていて、多いと40人ぐらいの小学生がにぎやかに泳いでいます。 赤や黄色などカラフルな…

天からの贈り物   スティールパン

先日、NHKの「地球イチバン」という番組で「世界一ドラム缶を叩く人々」がありました。 「ドラム缶を叩く」でスティールパンのことだとわかり、以前何かで知ったその楽器に興味があったので録画しておきました。 私自身が感情でのめりこみやすいので音楽と距…

めまぐるしく変化する医療体制と看護の方向性

私は2000年代半ばに総合病院から診療所に移ったのですが、今まで書いてきたように母の入院をきっかけに、わずか数年で医療従事者でありながら病院について浦島太郎になってしまったと感じるほど変化しています。 <2000年ごろの総合病院> 多くの病院は、診…

「在宅は幸せ」というのは価値観のひとつにすぎない

母は最終的に介護付有料老人ホームに生活の場を移しました。 自宅に戻りたいという気持ちがあることも痛いほどわかっていました。ですから母自身がどうしたいのか尋ねたのですが、最後まで母は「どうしたらよいかわからない」と決心を保留にしていました。 …

入院直後から「在宅か、施設か」の選択を迫られる

半身麻痺という予想もしない結果が出てしまいましたが、心臓手術は成功したようで母のひどい不整脈や疲労感、あるいは息切れ・動悸はよくなりました。 こうした症状が強かった時期の「死への不安感」から母は解放されたようで、手術を受けてよかったと思いま…

高齢者が「急性期病院」に入院するということ

しばらく看護教育の話が続いているので、医療関係者ではない方々にはあまりよくわからない話かもしれません。 かくいう私も、数年前に身内が急性期病院に入院しなければ、この10年で医療が・・・というより総合病院がどれだけ変化したのか考える機会はなかっ…

看護基礎教育の大学化 7 <卒後教育の場はどうなるのか>

前回の記事で紹介した日本の看護大学在学中にアメリカ留学をした方は、その後どのような道を歩まれたのでしょうか。 元気に、臨床で働いていてくださるとうれしいですね。 この方が学生だった2000年前後は日本でもすでに入院期間短縮化、そして重症度別に病…

看護基礎教育の大学化 6 <スキルミクスと「質の高い看護」>

前回の記事で紹介した「看護師不足の世界の動向」の中に、「スキルミックス」という言葉が出てきます。 「看護師の数の確保とスキルミックスはどんな関係にありますか?」という質問に以下のように答えています。 たとえば、93年にはカナダで医療費削減政策…

看護基礎教育の大学化 5  <世界的な看護師不足の裏にあるもの>

前回の記事に書いたアメリカの看護師不足と海外からの補充は世界的に起きているようです。 むしろ、日本語の習得がネックになって思うように進まなかった日本が例外的なのかもしれません。 10年ほど前のものですが、「看護師不足の世界的な傾向」というイ…

看護基礎教育の大学化 4  <アメリカの医療を支える海外からの医療従事者>

1980年代に東南アジアで一緒に働いた現地の看護スタッフがとてもプライドが高い職種であることは、こちらの記事やこちらの記事に書きました。 貧困層が国民の9割を占める国々で、女性が大学、しかも4年間の教育を受けることがどれだけすごいことかは想像がつ…

看護基礎教育の大学化 3 <看護職種の2極化と、無資格者の導入>

前回の記事に引き続いて、1990年代後半のアメリカの医療と看護教育を視察したことが書かれている「アメリカにおける医療の変革に対する大学看護教育の現状と課題」を参考に考えてみようと思います。 <無資格者の導入> その論文では以下のように書かれてい…

看護基礎教育の大学化 2 <アメリカの医療と看護の現状>

前回の記事で書いたように、看護師が入院期間短縮を目的にしたクリニカルパスを作り出すようなアメリカの医療はどのような状況なのでしょうか? 2007年にマイケル・ムーア監督の映画「シッコ」が公開されました。 すぐに私は観に行きましたが、wikipediaの「…

看護基礎教育の大学化 1  <引き返すなら今かもしれない>

「学歴よりも専門職がさらに経験を深めていくための場を」までで、准看護師さんのことや看護教育の大学化について書いてきました。 正直なところ、私自身も「これからの看護師は大学教育に移っていくのか」ぐらいの認識で、あまりこのことを深く考えたことも…

記憶についてのあれこれ 1  <父と認知症>

今から10年ちょっと前のことでした。 父から一週間の間に2通も3通も手紙が来たことがありました。 内容は親が子を心配しているものでしたが、そこまで心配されることもしていないのにしつこいほど同じような手紙を寄越してきたことへの怒りを抑えながら…

境界線のあれこれ 42 <記憶と忘却>

筋力の低下やら老眼やら、中高年のブログは・・・と言われそうな内容が増えてきました。 まぁ自分の経験や回想、あるいはうんちくを語りたくなってきただけで充分に中高年だと思いますが。 電車の中などで高齢者の方々の会話が聞こえてくると、自分の病気や…

つくし

2月の終わり頃になるとまだ寒いのに急に道端の草が芽吹き始め、3月のこのくらいの時期になると一晩でぐーんと伸びているような気がするほどです。 今まで茶色だった枯れ草の中から、まずはハコベが急に青々と存在感を表し始め、「写真植物図鑑(雑草・野草…

境界線のあれこれ 41 <学歴よりも専門職がさらに経験を深めていくための場を>

1990年頃を境にして、これからの看護職も大卒の学歴が必要になるという「雰囲気」が強まったように感じます。 当時、一緒に働いていた20代、30代の同僚の中にも大学卒の資格をとるために、大学に入ることを決意した人もいました。 大学といっても、看護学部…

境界線のあれこれ 40 <専門学校が学歴と認められ始めた時代>

私は高校卒業後に看護専門学校と助産学校を卒業しましたが、なぜだかつい最近までこちらの記事に書いたように「私の最終学歴は高校」だと思い込んでいました。 「専門学校」は学歴には含まれないものと思っていたのです。 今までは教育制度の歴史もほとんど…

境界線のあれこれ 39 <専門学校教育から大学教育へ>

1950(昭和25)年代頃は中学卒で准看護婦になることが看護資格を得るのに一般的だった時代から、高校進学率が上昇して高卒後3年の専門学校教育を受けて国家資格を持った看護師が増えていきました。 こうした資格と学歴の変化で、それまでの世代が置き換わっ…

境界線のあれこれ 38  <看護職の資格の移り変わりと女性の学歴>

前回の記事で書いたように、産婆から助産師の資格を得るために必要な教育は、この1世紀ほどで小学校卒程度から大学院卒の助産師が存在するほど大きく変遷してきたことになります。 実際に、女性にとっての教育や学歴はそれぞれどのような時代だったのでしょ…

境界線のあれこれ 37 <旧資格から新資格へ>

前回の記事で、日本が近代的な医療システムを取り込んでからたかだか150年であることと、その歴史が書かれた「日本病院史」(福永肇氏、PILAR RESS、2014年)を紹介しました。 人の歴史からみればわずかの150年ですが、そのあいだに医療内での資格は旧資格か…

境界線のあれこれ 36 <「病院」とは何をさしているのか>

今、あたりまえのようにある社会のシステムはいつから始ったのか、そんな興味がつきないこの頃です。 医療や看護の歴史をもう少し知りたいと思っている時に、ちょうどこの本が出版されていました。 「日本病院史」 福永 肇著、 PILAR PRESS、2014年1月14日 …

新生児のあれこれ  45  <ペットからの人畜共通感染症予防>

ペットを飼っていらっしゃる妊婦さんやご家庭から、「赤ちゃんに気をつけることは何かありますか?」という質問はあることはあるのですが、案外少ないものです。 皆さん、ある程度知識があって気をつけていらっしゃるのでしょうか? それとも、まるで人間の…

新生児のあれこれ 44 <赤ちゃんとペット>

久しぶりの「新生児のあれこれ」です。 らばQというサイトの「ママにさわっちゃダメ!・・・妊婦のお腹を守る犬(動画)」を観て、ペットのいる家には「赤ちゃんがやってきた!」というほのぼのしたエピソードがたくさんあるのだろうなと笑ってしまいました…

境界線のあれこれ  35 <准看護師制度がある国となかった国>

歴史に「もし」はないのですが、それでももし日本が敗戦国にならずに戦前の医療体制が大きく変わらなかったらどうなっていたでしょうか。 あるいは准看護師制度がなく、一気に大学卒レベルの看護師教育に変わっていたらどうなっていたでしょうか。 前回の記…

境界線のあれこれ 34 <乙種看護婦と准看護婦>

看護師の資格が、看護師と准看護師の二つに決められたのは1951(昭和26)年の「保健婦助産婦看護婦法改正案」のようです。 昨日の記事にも書いた私の勤務先の准看護師さんは70歳前後ですから、この准看護婦制度が始って10年ほど後に資格をとったことになりま…

境界線のあれこれ 33 <系統的に学んだかどうか>

私の勤務先で一緒に働いている師長さんと思われている准看護師さんですが、本当によく状況が見えて、さくさくと臨機応変に動ける方です。 私がその産科診療所に勤務し始めた頃は助産師が足りなかったので、助産師がいない勤務帯にはその准看護師さんが分娩の…

境界線のあれこれ 32  <看護職の適性のあるなし>

このところずっと、助産師を含めて、「看護職の適性」とは何だろうと考え続けています。 それについてはまたいつか改めて書いてみたいとは思っているのですが、ぐるぐると考えをめぐらせている中で浮かんでくるのは、「周囲の状況を一瞬にして察する能力」と…