2022-06-01から1ヶ月間の記事一覧
今回のただひたすら川と海と開作を見る散歩も三日目になり、ほぼ予定していた開作は見ることができました。 10時半に下関に到着して、夕方まで時間に余裕はたっぷりとあります。 当初の計画では3時間ほど下関の街を歩く予定で、まず、下関水道資料館を訪ねよ…
寝太郎堰から古開作まで見ることができ、渡場バス停付近でタクシーを下車したのが8寺20分ごろでした。 下関行きのバスは9時7分ですから、まだ十分に時間があります。付近を歩いてみることにしました。 先ほどまで真っ平らな干拓地を歩いていたとは思えないほ…
厚狭を歩いていると、甲府盆地や広島の三次そして奈良の王寺の風景を思い出しました。 川が周囲の山々から流れ込み、それが合流してまた山の間を通って下流の地域へと流れていく。 以前は「盆地」というと寒暖の差が激しいぐらいしか思い浮かぶことがなかっ…
厚狭(あさ)に宿泊しようと計画したのは、河口の開作を見てそのまま海岸沿いを下関まで長距離の路線バスがあるからでした。 せっかく初めて訪ねる場所ですから、時間があれば水路を歩いてみたい。そう思って地図を拡大したり航空写真に切り替えて眺めている…
ホテルの窓から見る厚狭の街並みは、黒の屋根の街をぐるりと囲むように水田が広がった落ち着いた景色でした。 時々通過する新幹線を窓から眺めていると、ニュースでは小倉の旦過(たんが)市場について伝えていました。今回のただひたすら川と海と開作を見る…
初めて長崎ちゃんぽんを食べたのは1970年代初めの頃、たしか中学校の入学式のあと、母と友人そして友人の母親の4人で食べに行きました。底冷えのする寒い日でした。 なぜか長崎からは遠く離れた地方の小さな街の小学校の近くに、当時はとても珍しい長崎ちゃ…
高泊開作を少しだけ歩き、15時35分に小野田駅に着きました。幹線道路沿いの食堂でガツンと遅いお昼ご飯を食べようという計画も幻となり、駅に着いた時には寒さと空腹でクラクラでした。 これは早々に宿泊予定の厚狭へ行って、早めの夕食を食べようと思いまし…
高泊開作について検索していたら、「山口県の文化財」(山口県のHP)に「周防灘干拓遺跡 高泊開作浜五梃唐樋 名田島新開作南蛮樋」という説明がありました。 今回の遠出の計画を立てるために地図で最初に目に入った二つの場所が、この「周防灘干拓遺跡」であ…
最初の頃は、鉄道駅から歩ける範囲で散歩をしていたのですが、最近は路線バスの利用頻度が上がっています。 今回の海岸線の開作を見る散歩も路線バスに乗りました。 10数年前には考えたこともなかったスマホやパソコンのマップで、バス停を見つけそこをクリ…
祖父母の水田から岡山の干拓の歴史へと興味が出て、「吉備の穴海」から奈良時代に小規模の干拓が始まり、現代の児島湾干拓地まで広がった歴史を知ることとなりました。 少しずつ資料館やネットで得られる資料を読み、その土木技術や干拓地を中心に歴史が築か…
地図で開作を探した時にすぐに目に入ってきたのが新山口駅の近くの長細い場所と、山陽小野田市の有帆川右岸にある横長の水色の部分でした。 拡大すると、「周防灘干拓遺跡 高泊開作浜五梃唐樋(たかどまりかいさくはまごちょうからひ)」とありました。 最初…
私が小学生の頃に日本が工業国入りして、あちこちに大きな工業地帯ができていることが誇りとして社会科の教科書で学んだ記憶があります。 同じ頃に公害が社会問題となり、成人した頃には環境破壊か経済成長か、自然か人工かという葛藤に社会が直面している時…
JR小野田線南中川駅は、周囲よりも高い場所に造られていました。 ホームから来た方向を見ると、両側の住宅の2階ぐらいに土盛りされた高さに線路が通っています。 無人駅で、少し急な階段を降りて歩き始めました。 地図でも碁盤の目のように道が通っている地…
宇部線と小野田線に乗ってみたいと思ったのは、海岸線を走る路線であるとともに、子どもの頃からの記憶にある地名を実際に訪ねてみたいという理由でした。 JR宇部線は、新山口駅から宇部駅までUの字を描くように通っていて、その途中の居能駅から小野田駅ま…
名田島開作をぐるりと回って、11時27分に新山口駅にバスが着きました。 すっかり本降りですが、ここからはしばらく車窓の風景が目的です。 JR宇部線とJR小野田線、まだ開作という言葉を知る前から、ただひたすら海を眺められる日本各地の路線の一つとして、…
今回の計画を立てるのに、一番初めに目に入ったのが椹野川河口に広がる干拓地でした。 地図を見ただけで、南北に広大な水田地帯が広がっていることが想像できる場所で、その真ん中に貯水池のような場所と、東西南北へと用水路が描かれていました。 その貯水…
山口県をあちこち見て歩きたいという計画はいくつかあって、2019年に宍道湖から米子までを訪ねた時に、ぜひ出雲から先の山陰本線に乗ってみたい、そして山陽地方と山陰地方を結ぶ陰陽連絡線を乗り尽くしてみたい、できれば一筆書きで行けるところまで行って…
「貯蓄から投資へ」「一億総株主化」とかニュースで耳にするようになり、半世紀ほどの記憶を行ったり来たりしています。 ああ、そういえば「個人年金」なんて言葉が出たのはいつ頃だったか確認したら2001年のようですね。 当時40代になる前でしたが、やはり…
山口県下の開作を襲った周防灘台風についてWikipediaを読むと、その被害は甚大だったようです。 台風の影響で、周防灘・有明海・八代海・鹿児島湾などで高潮が発生したが、中でも周防灘で発生した高潮は、台風の通過が大潮の満潮と重なったことからひときわ…
秋穂(あいお)漁港の近くにあった高潮来襲記念碑が開作記念碑の2倍もの大きさだったことがちょっと気になって検索したら、この高潮来襲記念碑についてもいくつか先人の記録がありました。 「防長散歩中心案 郷土史研究」というブログに「秋穂 高潮来襲記念…
8時5分にチェックアウトし、ただひたすら開作をみる2日目の最初の計画はバスに乗って海岸線の開作を見る予定です。 駅に着いた時には、まだぽつりぽつりぐらいの雨で、なんとかこのまま天気がもちますすようにと思いました。 防府は街路樹が美しい街でした。…
防府で一泊し、開作を訪ねる散歩の二日目は小雨から本降りの雨になりそうです。 山口放送の「きょうの天気」は、県内を「北部」「西部」「中部」「東部」に分けていました。そしてそれぞれの地域の波の高さが一緒に映っていました。確かに、山口県というのは…
このところ、2対1か3対1ぐらいの割合で長水路(50m)プールで泳いでいます。 1月に久しぶりに泳いだ時には泳ぎきれないのではないかと思った長さですが、慣れてきたら短水路(25m)が短くて物足りない気分になり、長水路プール>短水路プールと行く頻度が逆…
山口県では干拓地を「開作」と呼ぶことを知り、ちょっと見てみたいくらいの気持ちで出かけたのですが、防府市内の水田の歴史をたどるだけでも簡単ではないですね。 防府市立防府図書館の、「防府史料 第六十九集 御園生翁甫著 『防府地形の変遷』」が公開さ…
今回の散歩で一日目に防府を訪ねで宿泊する計画にしましたが、当初は防府が目的ではありませんでした。 山口県の「開作」「新開」といった地名を地図で追っている時に、最初に目にしたのが現在の新山口駅の南側、椹野川(ふしのがわ)河口の干拓地がまず目に…
予定していなかった円筒分水工と分水路を見ることができ、そして三角形のスッとした天神山を背景に流れる佐波川の堤防沿いの美しい風景にまた歩く元気が出てきました。 せっかくここまできたのだから、計画の段階では「体力と気力が残っていたら行こう」と思…
佐波川の堤防のそばの水路は、東西へと3本の水路になっていましたが、一旦、暗渠になり、しばらく上流へと歩くと4本の水路が見えました。川側の1本は他の3本よりも少し高い位置を流れています。 なんとも複雑な分水路です。水路のそばには、古い農家のどっし…
1日目の出だしから大幅に計画変更になり、13時23分、予定よりも2時間ほど早く防府駅に到着しました。 日差しが強く、まるで初夏のようです。 さっそくお昼ご飯を食べようと駅周辺を歩きましたが開いているお店がなく、疲れ切って近くの公園のベンチに座りま…
4月下旬、5時前に家を出るときにはうっすらと明るくなり始めていました。 小雨で気温も10度でしたが寒くはなく、薄手のカーデガンを羽織るだけで十分でした。 5時22分に品川駅に到着したときにはまだ新幹線口が閉まっていて、5時半に開くことを初めて知りま…
昨年6月に佐賀県の干拓地を訪ねました。 岡山以西は山陽新幹線の初めて乗る区間だったので、風景を楽しみにしていました。その時のメモにこんなことを書き残しました。 防府の上流、山と川、水田、中国画 厚東、谷戸、赤瓦、美しい 小月、川 広島から山口の…