美容室とマッサージ

美容室の話が続きますが、新しく出会ったお店で最初に伝えた事がありました。


「シャンプー後のマッサージは不要です」と。


もともと肩こりもないしマッサージとも無縁の生活であることと、人に体を触られるのはどちらかというと苦手です。


ただ今まではなんとなく「せっかくサービスでしてくれるので断るのは悪いかな」「アシスタントの人たちにとってはシャンプーとこのマッサージが大事な接客の仕事なのだろうから」と、断るのを遠慮していました。


でもここ数年、代替療法のことを考えたり調べているうちに、<「医療類似行為」に線引きが行われた時代」に書いたように、「マッサージ」とは直接人体に触れてもんだりさすったりすることなので、それを行う人にはきちんとした知識と資格が必要なのではないかと思うようになりました。


特に男性の力で頚部のあたりを揉んだり頚部を牽引するかのように力を入れる方法だと、まだ筋肉や骨格がしっかりしている若い人たちには問題がなくても、中高年では思わぬ損傷を与える事になるのではないかと心配になります。


<美容室での「マッサージ」をどうとらえるか>


美容室のシャンプー後のマッサージはいつ頃から始まったのだろうと、記憶をたぐり寄せてみるのですが思い出せません。


YAHOO!の知恵袋に「美容室での男性からのマッサージがショックでした。どう考えればいいでしょうか。」鍼灸師の方の回答があります。
昭和38年の法解釈が引用されていました。

通常の公衆浴場内や理容所内で一般に、数分の間行われている程度の行為は医学上及び社会通念上そのような効果を目的としているものとは判断しがたいし、また実際にもそのような効果を生じ得ないものと考える。


昭和30年代から議論があった、理髪・美容業界の「サービス」だったのでしょうか。


助産婦が乳房マッサージという呼称を法的に認めさせようとしたのと同じように、マッサージという医療類似行為に関する境界線はあいまいなまま現在に至っているといえるのかもしれません。


まして最近のように、「整体」「○○式マッサージ」「カイロプラクティック」などの看板がそれこそ信号機以上にあるのではないかという状況で、誰もが他人の体に触れて揉んだりさすったりすることへの敷居が低くなってしまったのかもしれませんが、もう一度その危険性を整理していく時期なのではないかと思います。


知恵袋の鍼灸師さんが以下のように書いています。

業とは「金銭の授受に係らず、不特定多数の相手に対して反復継続する意志を持って行うこと」です。
私たち(私は鍼灸マッサージ師ですが・・・)がマッサージのついでにカットやパーマをしても、お金をもらわずサービスで行うなら違法にならないのでしょうか。

「業」とするということはそれだけの責任を伴うことでもある、と言い替えられるかもしれません。


シャンプー後のマッサージを断りたい人は断れるという問題ではなく、美容師さんの仕事に本当にそれは必要なのかという点で見直してもらえたらと思います。


美容業界も私たち出産の界隈のように、なんだか演出のようなサービスが増えてしまったのかもしれません。


余計な演出は削ぎ落として、本来の美容の技術に専念してくださった方が、かえって受け手もリラックスできる時間になるのではないかと、我が業界を省みるのでした。

思い込みと妄想 7  <社会が求めているわかりやすい答えとして妄想話ができあがる>

いつも参考にさせていただいている「食品安全情報ブログ」ですが、2014年6月24日の「その他」に「私たちは本当にシャワーカーテンが体重を増やす原因があることを心配しなければいけないのか?」というタイトルがありました。


「シャワーカーテンが体重を増やす?」
それこそすぐに荒唐無稽な話だと思えるのですが、日々の私たちの生活にはこの手の話が渦巻いていますね。


フォーブス誌2014年6月18日の記事を紹介しています。

 数日前に雑誌Spryに「シャワーカーテンのせいで太る?」という記事が出てそれがDodge Ctiy Globeに再録された。その記事は内分泌撹乱物質の危険性について読者に注意喚起するもので、シャワーカーテンからは最大108種類の揮発性有機化合物が放出されるとする。記事のどこにも健康有害物質を与える化合物の量については記載がない。

 この記事は巷に溢れる物語の典型的症状を示す。この種の記事は大手メディアや、時にはピアレビューされた科学論文にもある。
 2009年に「肥満流行に寄与すると考えられる10の要因」という22人の筆者による79ページの論文が発表されている。カロリーの摂り過ぎと運動不足を2大要因としつつも、彼らが肥満の原因としてあげた10の要因は、犠牲物・エピジェネティックス・母親の高齢化・太った人の方が子どもが多い・太った人は太った人と結婚する・睡眠不足・内分泌撹乱物質・処方薬・日常生活の温度差・子宮内環境と世代を超えた影響、である。

これらは野心的研究課題ではありうる。しかし現時点では根拠は希薄である。筆者らに欠けているのはデーターへの批判的な視点である。たとえば内分泌撹乱物質はほとんどの人の血中や尿中に検出はされていはいるが量は少ない。このようなものは僅かな影響を与えているかもしれないが、研究は困難である。
科学がメディアから注目されすぎると、直ちに効果のある結果を期待される。その結果が一部の科学者とジャーナリストによるナンセンスな記事の大量生産になる。

たとえば日常の食品を思い浮かべても、納豆やらブルーベリーやらテレビなどで話題になると店頭からまたたくまに消えていきました。


「ナンセンスな記事(報道)」の結果、つまりなんらかの効果を期待した妄想の結果ともいえるのだと思います。


そして多くの人はあまり深く考えず、「ちょっと信憑性には欠ける記事」程度でその話題も消費されていくのに、肝心の妄想の部分だけがいつまでも繰り返し真実味をおびて蘇ってきやすいのかもしれません。


たしかに食品には何らかに効果が認められた物質が含まれていますが、それを日常に食べる量でなにかに効果があったとしたらそれは「医薬品」のレベルになってしまうわけですが、そうした常識を忘れさせてしまうほど、人々の健康への関心というニーズにこうした妄想話は相性がよいといえそうです。


結論を急ぎすぎた野心的研究課題、いいかえれば「社会が求めているようなわかりやすい答えに応じた」「社会の希望にかなうような答えが用意されている」、そういう話は科学の体をなしていても妄想話ではないかと一旦距離を置く。


それが取り込まれないための予防策のひとつかもしれません。




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助産師と自然療法そして「お手当て」48 <「正しい寝かせ方で姿勢のきれいな赤ちゃんに」>

前回の記事で2000年に米国小児科学科が出した赤ちゃんの寝かせ方についての勧告を紹介しましたが、その中の「硬めのマット」に「シーツ以外は置かない」というのは、日本でも自明と受け止められていたことが改めて文章になった程度のことだと思います。


ところが同じ頃に、日本の助産師の一部でそれとは真逆の考え方をお母さんたちに広げる人たちが出てきました。
「赤ちゃんは子宮の中と同じように丸まった姿勢がよい」といったものでした。


それが、さとえさんが新生児訪問で出会った助産師の考え方です。

来られた助産師さんは、私の授乳クッションとタオルなどでベッドのような物を作り、真ん中の窪み部分に寝かせるようにと言いました。

その他にもまだ首もすわらない娘の体をいろいろ動かし、この形にさせないとあとから大変な思いをする、赤ちゃんは泣かない方がいい、発育に問題がでるなどと言われました。

入院中のお母さんが「怖い事が書いてある」とゴミ箱に捨てたパンフレットにも、「赤ちゃんの体をまあるくするのがポイントね」と天使の寝床とかネオモックといった商品を勧めています。


<「こんな赤ちゃんに」「こんなこどもをめざして」>


上記リンク先では「こんな赤ちゃんに」として、「身体がかたい」「同じ方向ばかり向く」「頭がゆがんでいる」「反り返って泣く」「指先の血色がわるい」など書かれています。


あーーーどこかで聞いたフレーズですが、桶谷式母乳相談で「母乳で育てればこういう事がなくなる」というのは30年近く前から聞きましたし、舌小帯切除でも同じような事を言いますね。


「こんな子どもをめざして」では「すやすや眠る、機嫌のいい赤ちゃん」「手先が器用になって脳にもいい刺激がいっぱい」「かけっこやでんぐり返り、ボール投げも上手に」など、親の願いが書かれているかのようです。


「同じ方向ばかり向く」や「頭がゆがんでいる」についてはこちらの記事で、また眠らないとか「反り返って泣く」については赤ちゃんの眠りと行動」あたりで消化吸収排泄のタイミングとの関係がある可能性を書きました。


いえ、まあ「こんな子になって欲しい」といろいろと試してみて、親の気持ちが少しでも安定するなら悪くはないのかもしれません。


<「正しい寝かせ方」という思い込み>


パンフレットには「しっかり歩けるまでの正しい寝かせ方とは赤ちゃんの背骨をC型に保つ寝かせ方なのです」「歩き始める頃に腰椎に前湾ができてS字状のカーブもできて完成します」とあり、そのための天使の寝床、マイピロー、おひなまき、ベビハグスリングなどの商品が販売されているようです。


一通りの商品を購入すると、およそ6万円になります。


親の願いをかなえるのであれば、安いと感じるのでしょうか。


<C型ではできない成長>


新生児から2〜3ヶ月頃までの赤ちゃんというのは、「これは正常なのだろうか」「なんのためにそんなことをするのか」と親を心配させるような独特の動きや表情が多い時期ですね。


たとえば生後数日もしないうちに、かけているバスタオルを蹴飛ばすようなしぐさが多くなります。かけ直してもまた蹴飛ばされ、「暑いのだろうか」と受け止めるお母さんが多いようです。
よく見ていると、たとえば右に顔を向けている赤ちゃんであれば左足がより活発に動いている印象です。足をバタンバタンさせているうちに、早いと1ヶ月頃には右側へ向けて半分位寝返りをうちそうな勢いです。


そしてある日、自力でバタンとうつぶせになります。


あのバスタオルを蹴っていたのも、この日のための自主トレだったのかもしれません。


この動きひとつをとっても、やや硬めの平らな布団に寝ているからこそできるのだろうと思います。


<新生児は子宮と同じ環境が良いのか>


これについては新生児の気持ちを確認する手段はないのですが、ひとつ推測する手がかりになるのがこちらの記事で紹介した、首がすわるメカニズムです。
再掲します。

屈筋と伸筋の優位性の変化

満期が近づくにつれ胎児は急速に大きくなるが、狭い子宮内でも苦痛なく過ごせるように屈筋優位な状態で成長し、出生にいたる。そのため満期で出生した児では、上下肢ともに屈曲位が基本姿勢となる。3〜4ヶ月頃になってくると定頚できるようになるが、頚がすわるためには頭を支えるための伸筋が強くならなければならない。
「周産期相談318 お母さんへの回答マニュアル」(東京医学社、2009年)

伸筋を強くするためには、子宮内の丸まった姿勢ではない方がよいのではないでしょうか。


いずれにしても小児科医療の現在の考え方とは全く違う考え方を助産師が広げてしまう事を止めるシステムが必要だと思います。
特に新生児訪問でお母さんたちに「変なこと」を教えてしまわないように。





助産師と自然療法そして「お手当て」」まとめはこちら

新生児のあれこれ 46 <赤ちゃんの寝かせ方>

「赤ちゃん」と一口に言っても出生直後から1歳前後までその幅は広いのですが、今回の話題はおもに2〜3ヶ月までの赤ちゃんの寝かせ方についてです。


私の手元にある周産期関係の本や自治体の母親学級のテキストなどに目を通してみましたが、「新生児をどのような場所にどのように寝かせるか」について書かれたものは2カ所しか見つかりませんでした。


<どのような寝かせ方が「正しい」のか>



一つ目は二十数年前の助産師学生時代の教科書ですが、「母子保健ノート2 助産学」(日本看護協会出版会、1987年)の「正常新生児のケア」では「体位」として以下のように書かれています。

室温は25℃、湿度60%に保持し、出生直後は頭蓋内出血の疑いがない場合は、頭部を30°位に傾斜し、低くする。頭を横に向け仰臥位にして、十分観察できる場所(観察室)にベッドを置く。体位は3〜4時間毎に左右交互に換え、下方になっていた部分の浮腫に注意する。

「低くし」は「高くし」の誤植のように思いますが、この少し頭を高くする事以外は、現在読むと「えっ?こんな考え方を教わったのか」と驚きます。3〜4時間毎に新生児を体位変換するなんて施設は、私は経験したことがありません。


その他、「助産師業務要覧」(日本看護協会)の新生児のケアを見ても、どのように寝かせるかについて書かれた部分はなく、病院などであれば新生児用のコット内のベッドにバスタオルを敷いて、頭が当たる部分にはタオルを敷くという方法が一般的で、「自明」と見過ごされているのかもしれません。


リスクマネージメントという視点の寝かせ方>


1980年代後半に入ると、日本でもうつぶせ寝が流行しました。新生児でも泣かずによく眠ってくれることやうつぶせ寝で育てると「欧米人」のような形のよい顔や頭になるということで広がりましたが、じきに乳幼児突然死症候群との関連から警告が出されました。


「ベッドサイドの新生児の診かた 改訂2版」(河野寿夫氏、南山堂、2009年)では新生児の入院中の「riskマネージメント」として「寝かせ方(うつぶせ寝)と無呼吸モニター」(p.158)の中で、2000年に米国小児科学会が出した勧告について触れています。

2000年に米国小児科学会はうつぶせ寝を避けるだけでなく、ベッドは硬い素材とすること、児とマットの間には薄いシーツ以外のものを入れないこと、顔を覆う可能性があるものを児のそばに置かないこと、添い寝をしないこと、暖めすぎないことを勧告した。同時に後頭部の扁平を防ぎ、頚部や肩の筋肉を使わせるために、覚醒が確認できるときに限って時々腹臥位にすることを勧めている。

「添い寝はしない」というのは、禁止という意味ではなく添い寝をする人が熟睡するような時はやめた方がよいという意味合いと受け止めています。


いずれにしても、特にまだ自分で寝返りを自由にできるようになるまでの赤ちゃんというのは、体が沈み込まない適度な硬さのマットにシーツを敷いたものの上に寝かせることが基本、というのが現在の考え方ではないかと思います。


そういえば、2〜3年前だったでしょうか。紙おむつかなにかのCMで、まだ2〜3ヶ月ぐらいの赤ちゃんのお布団に枕が使われていたものがあり、そういう認識が広まると危険ではないかと感じたことがありました。


新生児訪問をしていた頃には、ほとんどの方が少し硬めの布団に頭の部分だけタオルを置いて寝かせていましたが、やはり何人かはドーナッツ枕や向き癖防止クッションを使われていてやんわりとやめた方がよいことを説明した記憶があります。


新生児訪問で実際に退院後の生活を見させてもらう経験は、自明と思っているようなことでもその根拠は何かを説明できるのが「専門家」であると痛感したのでした。





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思い込みと妄想 4 <新しい疾患や情報をたくみに取り入れる>

思い出すと、こちらに書いたように、私が小さい頃から我が家には健康法やら代替療法があふれていました。



青竹踏みとか、ビタミンCの大量内服とか、西田式健康法の本とか・・・。
「ひと口50回は噛むように」言われたのもそのたぐいでしょう。


1960年代から70年代は今から考えると、国民皆保険の時代に入ったばかりでそれまでの医療周辺の職業が整理されたばかりだったので、両親にとっても病院に受診することは今よりも敷居が高く感じた時代だったのかもしれません。


また私の家だけでなく、日本社会がまだ医療とその周辺の代替療法との境界線ができつつあった時代だったのだろうと思います。


<たとえば乾布摩擦とその効果>



今でも時々冬になると「保育園で元気に乾布摩擦」なんてニュースが流れますが、あれも私の小さい頃からあった健康法です。

末梢からの皮膚への刺激が延髄を介し、迷走神経に影響を及ぼし、自律神経の働きを高めるといわれている。

専門用語をちりばめられているだけで圧倒されそうですね、きっと。


乾布摩擦は鍼灸の考え方から来ているようです。

その作用機序には、鍼灸治療の効果の一因とされる、軸策反射や体性ー内臓反射が関わっていると考えられる。

「軸策反射や体性ー内臓反射」という医学用語のようで医学用語ではない言葉にまず私は赤信号が見えるのですが、それに対して先に引用した「延髄」「迷走神経」などは医学用語です。


医学的に明らかな概念とそうでないものを一緒に使えてしまうところが、まずは思い込みと言えそうです。


<新たな疾患や情報をたくみに取り入れる>


ただ、今日は鍼灸のメカニズムについて書くつもりはなくて、こうした健康法や代替療法は新しい疾患や情報をたくみに取り入れて生き残っていくことについてです。


乾布摩擦も私が小さい頃は、「風邪をひかない」ぐらいの効能だったような記憶です。


検索してみると、「気管支喘息」「ダイエット」「美肌」「冷え性」などいろいろとありますね。


これはあくまでも推測ですが、喘息が効能に加わったのは1970年代頃からこちらの記事で書いたように、アレルギー疾患が徐々に解明され始めて喘息について社会が解決方法を求め出したころではないかと思えるのです。


こうした健康法や代替療法は、その時代の人々の関心ごとをうまく利用して生き残る。
そうして効能が肥大していくので、根拠のない万能感が出来上がるのかもしれません。


<思い込みから妄想へ>


乾布摩擦とか青竹踏みをしている親を見ても、うさんくさいなぁぐらいの今思えば実害のないかわいいものでした。


助産師の中にホメオパシーなるものが広がっていることを知ったのが、2008年ごろでした。


成分が一分子も含まれていない砂糖玉を舐めて「気持ちが楽になる」こと自体は否定も批判もするつもりはありません。


驚いたのは、「逆子に効くレメディ」「陣痛がくるレメディ」「前置胎盤に効くレメディ」などのありえない効果とともに、「GBSに効くレメディ」なるものがあって助産師側からも勧めていたことでした。


GBSというのはB群連鎖球菌で、分娩間近の妊婦さんの産道から陽性になった場合には、新生児への感染を予防するために分娩前に抗生物質の点滴を実施することが現在は標準的な医療です。


1990年代に入ってから始った医療ですから、比較的新しいものです。


GBSが陽性になれば点滴という医療行為が必要ですから、自宅分娩や助産院での出産を希望していた方々も病院や診療所での分娩に変更しなければいけなくなります。


最初から医師のいる施設での出産を予定していた方には何の必要性もないレメディですが、助産師だけが介助する自宅分娩・助産院分娩を熱望していた産婦さんと助産師には「なんとかGBSが陽性にならないでほしい」という願いをかなえてくれるものです。


そしてその願いをかなえるが如く、ホメオパシーの会社はちゃんと作ってくれるのですね。


どこにそんな打ち出の小槌のような生産ラインがあるのでしょうか?


通常医療を否定しながら、その通常医療の新しい疾患や情報を取り入れて、ますます万能感を広げていく。
それは思い込みが妄想になった形といえそうです。




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思い込みと妄想 3 <妄想は専門用語の形で入ってくる>

昨年書いた「助産師と自然療法そして『お手当て』」という記事は、ここから23番目の記事までは主にマクロビオティックについて、24番目の記事から46番目の記事までは整体についてです。


マクロビや整体に限らず、代替療法では治療の域を踏み越えて効果や効能を謳うときに、妄想へと発展するのかもしれません。


そしてそれは医学であるかのような専門用語の形で入ってきます。


<マクロビと整体の妄想>


たとえばマクロビのお手当ては、手当てを超えた「治療法」としての効果が書かれています。
さりげなく「癌」「リウマチ」「肺炎」などの疾患名を入れて、「必ず症状は改善します」と書かれています。


「羊水の冷えは胎児を萎縮させる」とか「胎盤早期剥離は陰性の食事、例えば甘い物や果物、酢の物などが多かったり、おかずが多いことが原因と目の前で言われたら、「関係ないですよ」と一言で却下される話です。


あるいは野口整体産後の骨盤万能論に出てくる「骨盤の収縮」「骨盤の後始末」「骨盤の調整」などの表現や、7ヶ月の早産児を「ペシャンコになって風船が縮んだ状態」だったものを「後頭部に愉気をしたらなおってしまった」なども、そのようなことを語る本人のほうが大丈夫かと心配されるような話ではないかと思います。


そうした疾患に日々対応している医療従事者であれば、失笑で終わる話ばかりです。
ところが専門職には鼻から相手にされない話でも、医学用語が使われているだけで「妄想」は社会の中に広がっていくことになります。


<議論にならない妄想の広がりを予防するために>


こうした代替療法系の妄想話に対して、医学的な根拠で説得しようとしても無理です。


思い込みなのですから、議論になるはずがありません。


全てを信じていたわけではなく少し心を魅かれていた程度の方でも、自分が良いと思ったことを否定されるかのような議論をもちかけられれば、否定されたと心を頑なにしてしまうこともあるでしょう。


そろそろ医療関係者の中にも、「こうすれば○○が治る」といった妄想話に患者さんやその家族が入り込まないような説明も大事であることが基本的な姿勢になる必要があると思います。


たとえば私は、妊娠中や産後の腰痛の話題では必ずお母さん達に、トコちゃんベルトのような整体やさらに乳幼児への整体の話には注意が必要であることを説明しています。


あるいは乳腺炎のトラブルを予防する方法を説明する時には、乳房マッサージに通い始めることで「病気にさせない(医療を受けさせない)自然な育児」「極端な食事」「予防接種拒否」などに巻き込まれる可能性も話しておきます。


また、生後1〜2ヶ月頃から出始める脂漏性湿疹も、アレルギー疾患を不安に思う気持ちからこうした代替療法の妄想話の入り口になる可能性があることも話しています。


妄想は専門用語の形で入り込んできますから、その入り口に立たせないように予防線を張る。
それは医療や看護にとって、大事なリスクマネージメントとして早急に対応策を考える必要があると思います。


特に代替療法が入り込んだ生育環境からひとりで逃げ出せない子ども達のためにも。




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思い込みと妄想 2 <代替療法と妄想>

代替療法とはなにかについては、こちらの記事から5回ほど書きました。


百花繚乱の代替療法ですが、「それをしたら気持ちが良かった」に関しては問題にしていません。
それを越えて、「○○に効果があった」と治療の領域に踏み込んだものについて考えています。


また医学でもまだまだ人の病気や不調に関してわからないことは山ほどありますから、たまたま「△△をしたら調子が良かった」という個人的な体験の事実を否定する必要もないと思っています。
もしそれが思い込みであれば、やんわりと伝えてあげるくらいでよいかもしれません。


ただ、そこから理論を勝手に作り上げていき、人に勧める、あるいはそれで経済的な利益を得ることについては、社会にさまざまな問題を引き起こす可能性があります。


<妄想とは>


妄想という言葉は、30年前の看護学生時代に精神科の専門用語として学びました。
ですから、今でも日常ではこの言葉を使うことには慎重です。


ただ、最近wikipedia妄想の「関連語句」にあるように、「想像の域を出ない主観的な決め付けのこと、しばしばインターネット上で多用される」とあるように、日常的な言葉になりつつあります。

非合理的かつ訂正不能な思い込みのこと。妄想を持った本人には、その考え方が妄想であるとは認識しない(むしろ病識がない)場合が多い。

精神医学用語であり、根拠が薄弱であるにもかかわらず、確信が異常に強固であるということや、経験・検証・説得によって訂正不能であるということ。内容が非現実的であることが特徴とされている。
日常的な会話でも用いられることもあるが、そのときはいかがわしい考えや空想を表し、必ずしも病的な意味合いを含むわけではなく、軽い意味合いで使われている。

いいかえれば、ちょっとした思いつきが思い込みになり、荒唐無稽な話が現実味を持って、その考えを支配してしまうという感じでしょうか。


その個人の妄想だけならまだ被害は少ないのですが、「え、なぜこんな話を信じているの?」というものを集団で信じてしまうと、なかなか引き戻すのは難しいようです。


<どこにでも妄想の「種」は落ちている>


ここ数年ほど代替療法のたくさんのありえない話、妄想、について考えてきたので、なんだか自分はそんなありえない話には引っかからないぞと思いたくなるのですが、それも根拠のない自信にすぎないと思うこの頃です。



前回のパソコンのトラブルにしても、あるいは原発事故などのように社会に大きな不安をもたらす状況でも、自分の知識というのはたかが知れています。


付け焼刃の知識では対応できないほどの専門分野に支えられた社会では、いつでもわからない、知らないが故の思い込みに取り込まれていく可能性があります。


そして安易に人に「あれは毒だよ」あるいは反対に「それは効果があるよ」と伝えてしまう可能性もあります。


その人物を実際に知っている周囲の人が「あんなことを言って」とその思い込みが広がることを阻止できていた時代から、ネットで瞬時に「すごいことを教えてくれる人」と崇める人が集まってしまう時代になりました。


自分自身が妄想の広がりの被害者にも加害者にもなりうることを心しておくことが大事だとつくづく思います。





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医療介入とは 93 <「医療を使わない助産」のようなものの幻想と幻滅>

「写真でわかる助産技術」
(監修 平澤恵美子、村上睦子、インターメディカ、2012年3月)
サブタイトルが「・・・妊産婦の主体性を大切にしたケア、安全で母子に優しい助産のわざ・・・」とあります。


「医療介入とは」の記事を書くために書店で見つけたもので、こちらこちらの記事などで引用しました。


たしかに写真が多く、特に初学者にはわかりやすいと思います。


日本赤十字看護大学、大学院の教授が監修しているので、おそらく撮影場所は新築の日本赤十字医療センターかと思います。
分娩時の緊急対応から新生児の蘇生法まで、最新の設備や方法がわかりやすく書かれています。


ところが、「妊産婦に対する基本的な助産技術」「分娩時の助産技術」「新生児期の助産技術」の3部構成のうち、なぜか「妊産婦に対する基本的な助産技術」だけは助産院での撮影、開業助産師による説明になっています。


「問診」は和室の診察室で行われていて、お腹の大きい妊婦さんが正座をしている写真に、窮屈そうな姿勢だなぁという違和感を感じました。
そしてトラウベでの胎児心音聴取の写真が・・・。


まぁいいですけれど、問題は助産技術と代替療法が混然とした内容であることです。
ある意味「自律した助産師」という屈折した職業像が見えてくるようなテキストといえるかもしれません。


<手技療法と医業類似行為>


「レオポルド」「ザイツ法」といった腹部の触診法の説明までは、写真とともにわかりやすい構成ではあると思います。


ところが「全身の触診」では、「マッサージの技法を取り入れながら全身に触れることで、各部の凝りの有無を確認し、日常生活の見直しを行い、改善への気づきをする」という説明になっています。


そして「1.足の裏全体を大まかに指圧する」「2.足首の内回転・外回転を行う」「3.下肢後面の触診・マッサージ」「4.下肢内側・外側の触診・マッサージ」「5.手掌の指圧」「6.上肢内側の触診・マッサージ」「7.両肩の押し開き」「7.両下肢開脚の左右差を観察」(7がダブっているのは原文どおり)「8.頭全体の触診・マッサージ」「9.耳介の触診・マッサージ」「10.胸鎖乳突筋の停止部、顎間接、頚部の触診・マッサージ」「11.軽く頚部を牽引してストレッチ」「12.背部の触診・マッサージ」とあります。


妊婦さんは大きなお腹を支えるので、肩や背中が凝るし、足もつりやすいので適度な圧でさすってもらうと気持ちがよいことでしょう。


ただし、その行為に「触診」をしてなんらかの医学的な判断をして日常生活へのアドバイスを行うとなると、それはあきらかに助産師の業を越えたものになります。
特に「指圧、マッサージ」という表現は、医業類似行為のあはき法に抵触する可能性もあります。


その具体的な「日常生活の見直し」「改善への気づき」という部分をいくつかあげてみます。

3.下肢後面の触診・マッサージ
⇒足首を固定し、軽く牽引しながら、足首から臀部に向かって行う。膝の裏に凝り、痛みがある場合は、腰痛との関連を聞き、妊娠後期の姿勢や立ち振る舞い、冷えを改善する。

5.手掌の指圧
⇒温冷・乾湿などを確認する。足は冷たくても、手は温かい人が多い。
冷たい場合は、日常生活を確認し、冷えの解消につながる提案をする。

POINT 唾液腺の部分が硬い場合
・咀嚼回数が少ないと、唾液腺の分泌不足により、硬く触れる
・一口ずつを味わいながら、30回はかんでみるように勧める。

触っただけで、そんなにわかるものでしょうか?
現在のところ、このような所見と対応法は科学的根拠があるというほどには検証もされていないということしかいえないと思います。


このわかりやすさが、ニセ科学的な道へまっしぐらという感じがあるのですが。


<妊娠中の助産技術と代替療法


「冷え」という表現も医学的に明確な定義がないことは、このあたりから書きました。
どういう状態が「冷え」なのか。
「冷え」と感じる人はいると思いますが、それは本当にデメリットだけなのか。
よくわかっていない表現だと思います。


その「触診」のページでは、「冷えを解消する工夫」が書かれています。
いくつか当たり障りのない内容とともに、以下の一文が。

・自分の土地で採れたもの(身土不ニ)を食べる


これでは、とても根拠のある助産技術という内容ではないものです。
これはマクロビオティックからきている考え方ですね。


ちなみにこの助産院は首都圏のど真ん中にあります。
妊産婦さんに、身土不ニを実践されているのでしょうか?
その冷えに対する効果は、どのように検証されているのでしょうか?


この本の中では、この妊娠中の部分だけ代替療法的な考え方が「助産技術」として取上げられています。


妊婦さんには気休め的な代替療法でも「よかった」と思ってもらえるかもしれないけれど、分娩中と新生児に対して、特に救命救急的なことには代替療法は使いようもないから妊娠中限定の「助産技術」にならざるを得ないのでしょう。


助産師教育はどこへいくのか>


さて、この本でおおいにがっかり、というより絶望的な気分にさせられたことがふたつあります。


ひとつは、上記の助産院はホメオパシー助産師に広げた故鴫原助産師が働いてきたところであったにもかかわらず、あのビタミンK2レメディの事件後も社会的な責任が問われることがないままであったことです。


にもかかわらず、あの事件後わずか2年半後には「助産技術」のテキストに採用される、しかも今度はマクロビを取り入れて。


助産師の世界では、禊(みそぎ)が済んでもっと活躍してくださいという立場の人なのかもしれません。


そしてもうひとつがっかりしたのは、今までなんどか客観的記述で感銘を受けたと紹介してきた、私の助産婦学校時代の教科書を書かれた方々が編者であったことです。
特にこちらの記事では救急処置に関して以下のように書き、学生を育ててきた人たちです。

助産婦として救急に応じた優先度を決め、医師への報告、救急処置をするためには、理論に基づく観察、判断と正確な看護技術が要求される

日本の助産師教育はどこへいくのだろう。

助産師と自然療法そして「お手当て」47  <左右非対称は自然ではないか>

胎児と新生児の左右のあれこれを書いてきました。


こちらの記事までで紹介してきたように、整体的な考えの中には左右対称がよいことという考え方が強いように感じられるのですが、人の体はそもそも左右非対称が『自然』なのではないかと考えてみたくなったからです。


胎児の時代からそして生まれた後も、さまざまな左右非対称の状況はそれなりに理由があり、必然性を伴うのではないでしょうか。


それを左右対称にしなければならないと考えるのは、むしろ『不自然』ではないかと思えるのです。


<ゆがみ>


人の体の左右非対称を「ゆがみ」と表現することで、人は大きな不安をもつことでしょう。
何か「直さなければならないのではないか」と。


話は変りますが、クロールで泳ぐときの息継ぎは私はほとんど右側です。


競泳の選手を見ていると、左右どちらでも息継ぎができる人が多いようです。


左右ともに自由自在に体のバランスを取れたほうが、より早く泳げるようになるかと思い、しばらく左での息継ぎも練習してみました。


やっぱり、なかなかできないものです。なにか泳ぎがぎこちなくて、左側へ顔を向けようとしただけで手足のバランスが崩れてしまうのです。
あきらめて最近では右での息継ぎだけになりました。
あ、これは「もっと若かったら・・・」の話かもしれませんね。


では、息継ぎのいらない、一見左右対称の動きをしている背泳はどうでしょうか。

私が一番得意なのが背泳ですが、やはり泳いでいるときの動きは左右非対称です。


というのも、私の場合、入水する手がまず右手から入って水を大きくかき、そして左手を入水させて進行方向にバランスをとりながら水をかいています。
同じように手を水の中に入れても、左右では違う働きをしています。


また、もともと握力や腕力も左右差があるので、微妙に左右のバランスをとりながら進んでいます。


さらに体幹部も内臓の左右差があるのでその重みに対しても、微妙なバランスをとりながら泳いでいるのではないかと思います。


抵抗のない早い泳ぎは左右対称の泳ぎでは得られないことは、トップスイマーの水中映像をみてもわかります。
「くせ」があるのですね。
陸上であれば、「ゆがみ」ということになるのでしょうか。


助産師の勧める整体的ケアの危うさ>


これまでにも胎内でゆがんだ体を直すためと出生直後に新生児を「逆さづり」にしたり、新生児〜幼児期に向き癖をつくらないようにと「新生児〜幼児期のフィジカルケア」を勧めている助産師について書いてきました。


その考え方のもとをたどっていくと、「人の体は左右対称になるとよい」という思い込みから始まっているように思われます。
そして、それは「左右対称でないと何か不調がおきるのではないか」という不安を与えてしまいます。


本来は不安に思う必要もないようなことでも、その不安に対して何かをしてくれる助産師の方が、一見親切であり、物事を深く考えているようにみえるかもしれません。


最近、妊産婦さんの中で母子手帳の母親学級受講記録に「骨盤ケア」のスタンプが押されているのを目にするようになりました。


母子フィジカルケア研究会で「資格」をとった助産師が、開業のいちスタイルとして講座を開いているのだと思います。


こういう講座に出席して、本当は必要のないような物品も購入したり一生懸命になっている妊産婦さんに、どういう説明が受け入れられるのだろうと心を痛めています。




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助産師と自然療法そして「お手当て」 46 <母子整体の『仮説』は何か>

私からみるとトコちゃんベルトは「腰痛や恥骨痛のある妊婦さんにとって締めやすそうな骨盤ベルト」のひとつにすぎないものですが、パンフレットやHPを読むとベルトの装着・操体法と合わせた「骨盤ケア」でさまざまな効果があることが書かれています。


母子フィジカルサポート研究会の設立趣意書の中では、腰痛以外にも次のようなことが書かれています。

切迫早産・排尿障害・低出生児出生(*)・回旋異常・分娩時異常出血・マタニティブルー、子宮下垂、子宮脱などの減少が各医療機関から報告されている。


(*)低出生体重児のことだと思いますが、原文のまま。

「報告されている」というだけで、その中には観察や結果の導き方が確証バイアスを伴ったものもあると思います。


骨盤ベルトをしたり体操をすることでなぜマタニティブルーまで効果が得られるのか、その仮説はどのような観察に基づいてたてられたのか、ちょっと理解できません。
それでも、効果のメカニズムはわからなくても、実際に効果が認められれば治療法として認められる可能性があります


現時点で信憑性が得られる方法が、無作為化比較対象試験というもののようです。
引用先名が不明ですが、わかりやすい説明を引用します。

無作為化比較対象試験 RCT


予防・治療の効果を科学的に評価するための介入研究。対象者を無作為に介入群(検診など、決められた方法での予防・治療を実施)と対象群(従来どおりまたはなにもしないこと)とに割り付け、その後の健康現象(罹患率・死亡率)を両群比較するもの。プログラム割付比較試験とも呼ばれる。
日本語の用語は統一されていないので、Randomaized Controlled Trialという英語を略したRCTという用語が使われることが多い。
ttp://canscreen.ncc.go.jp/yougo/49.html (hをはずしてあります)

トコちゃんベルトを装着した妊婦さんと何もしない妊婦さんで、比較試験をしてみれば効果の有無がわかる可能性があります。
それで効果があるのなら、標準的な保健指導として認められることでしょう。


<母子整体の「仮説」はどこから出てきたのか>


骨盤ベルトで外部から固定することで腰痛や恥骨痛が和らいだり、腰痛体操などのようにある種の体操やストレッチをすることで腰痛の緩和や予防になることは理解できます。


トコちゃんベルトのパンフレットには以下のように書かれています。

丸ナス型の子宮の中で、赤ちゃんがあぐらを組んで両手を舐められる姿勢にしましょう!
そのためには・・・妊娠9週までに骨盤ケアをするのが理想的

こういう「仮説」にいたったのは、どういう観察に基づいたものなのだろうと気になりました。


ヒントは、母子整体研究会を設立した渡部信子氏の「健美サロン渡部」というサイトのコラムにありました。


ご自身の次男の出産・育児の時の経験とその後であった小児科医師の話からきているようです。
少し長いのですが、一部を紹介させていただきます。

次男が12才になった頃でしょうか、小児科の神経グループで、中でも発達を専門にしておられる有名な先生が、私が働いている産科病棟に来られたことがありました。その時教えてもらったことを簡単にまとめます。
1.お乳を上手に飲める子で、神経発達上の問題のある子はいない。
2.神経発達に問題のある子で、お乳が上手に飲める子はいない。
3.お乳を上手に飲めない子は、両方の手をしっかりなめられるように働きかけることにより、お乳の飲み方も神経発達も改善する。
4.手足を自由に動かせないような分厚い掛け布団を赤ちゃんに着せると、子どもの発達が後れる。
5.左右非対称な窮屈なゆがんだ姿勢を続けるより、左右非対称のリラックスした姿勢を意識的にとらせてあげることにより、発達が促進される

1も2も、言い切れるほど単純なことではないと思います。
新生児期に哺乳に問題があっても、その後の発達は問題がない場合がほとんどといえるでしょう。


というよりも、新生児にとって哺乳とは何かで書いたように、新生児の必然的な行動を「問題のある赤ちゃん」ととらえてしまっている場合が多いのではないかと私は考えています。



渡部氏の経歴をみると大学病院で働いていた時期は、「根拠に基づく医療(EBM)」とか「エビデンス」という言葉が取り入れられたばかりの混乱の時期だったともいえます。


「有名な」「権威」のある先生が語ることが正しい時代が終わる時期でもありました。

これらを聞いているうちに、「次男は左手をお腹の中でしゃぶっていたから、お乳は上手に飲めたんや!生まれてすぐから右手をしゃぶらせていたら、もっと右手も使えるようになったかもしれない」と思いましたが、後のまつりでした。

私がなぜこんなことを書いているのかというと、胎内での姿勢や手足の動きが、産まれてからの発達に大きく影響すること、胎内で問題があっても産まれてすぐに対処すれば問題は最小限に食い止められるということを、皆さんに知って欲しいのです。

ここまで読んで、あれ?って思いますよね。
小児科のその先生は出生後の話をしているはずなのに、なぜ胎内での姿勢にまで話が飛躍していまったのでしょうか。


もうひとつヒントになるのが、「へその緒の問題」と股関節脱臼との関係の話です。

意外と知られていないのが、"へその緒"の問題です。
胎内でへその緒が赤ちゃんの手足を縛りつけるようにまいていて、手が口に届かなかったり、膝が伸びたりしていると、生まれてからお乳を上手に飲めないとか、手足が左右同じように動かないとか、リラックスした姿勢がとれず身体が固いとか、股関節脱臼や足首の異常の頻度があがります

「膝が伸びている」「股関節脱臼」と聞けば、通常、分娩に関わっている人であれば「単殿位(たんでんい)」という骨盤位のひとつがピンとくると思います。


骨盤位(さかご)でお尻が先進してくる場合、あぐらをかいたように座っている場合(複殿位)と足をピンとのばしてV字型の姿勢をとっている場合(単殿位)に大きくわけられます。


単殿位の場合、生まれてからしばらくの間、胎内の姿勢の影響があります。
赤ちゃんの産着の襟元から足が出てくるほどのV字型の姿勢が続くので、お母さんたちを驚かせます。


徐々に姿勢は変化して正常になっていきますが、股関節脱臼を起こしやすい姿勢なので注意が必要になります。


この場合でも全員が臍帯巻絡があるわけでもないです。


また「胎内で手が口に届かないほど」の臍帯巻絡って、どんな様子なのでしょうか?


出生直後の新生児で「手が口に届かない」のは一時的な分娩麻痺ぐらいかと思います。
その場合、原因は胎内の姿勢ではなく出産時の損傷ですから、いずれにしても「胎内での姿勢や手足の動きが、産まれてからの発達に大きく影響する」と言えるものではないことは確かです。


胎児がゲンコツをしゃぶったりする様子がエコーでわかる時代になりました。
たしかに胎児はそうして出生後の哺乳行動に備えているのかもしれません。


ただ、渡部氏の御次男が「お乳が上手に飲めた」のは、きっと経産婦さんのおっぱいだったからだろうと私は思いますけれどね。


<仮説を検証するシステムの必要性>


トコちゃんベルトや骨盤ケア、あるいはべびぃケアのうたう効果が「脈絡がない」という印象をうけるのは、失礼な言い方かもしれないですがこうした「思い込み」を検証するシステムがないからではないかと感じます。


もしかしたらその方たちの観察や仮説にも、研究の方法さえ間違えなければ保健指導として生かされる可能性もあるのにおしいなと思います。


どうしたらよいでしょうか。


元田舎の産科医さんのコメントとそれに対しての私の返信にあるように、臨床で働く助産師あるいは看護師の「症例報告」を書く能力をまず高めること、そしてReview、大規模スタディをきちんと行えるような組織を作ることではないかと思います。


いい加減な話が助産師という資格の信用で社会に広まってしまう前に。




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