助産師と自然療法そして「お手当て」8 <マクロビでお産は痛くない?>

マクロビオティックのブログを検索していて驚いたことのひとつに、「マクロビオティックを実践したので、陣痛はまったく痛くなくて安産でした」とご自身の体験を書かれたものがあったことでした。
それもひとつだけでなく、いくつか。


今日は、そのあたりを考えてみようと思います。


<薬剤を用いない無痛分娩>


「○○をしたから、お産は痛くなかった」というのは、産科的には別におかしいことでもないのだと思います。


無痛分娩法はこのあたりから書いてきた硬膜外麻酔による無痛分娩だけではなく、いろいろな方法があります。


「無痛分娩の基礎と臨床」(角倉弘行著、国立成育医療センター手術集中治療部産科麻酔部門主任、真興交易(株)医書出版部、2011年)を参考にして紹介してみます。


薬剤を用いない無痛分娩の方法を心理学的方法と生理学的方法に大別し、それぞれの代表的なものをまとめると以下のようになります。(説明部分は私補足)

心理学的方法
・精神予防法・・・いわゆるラマーズ法
催眠療法

生理学的方法
・水中分娩・・・ただし「水中で産む」ことが主目的ではなく、分娩経過中をお湯の中で過ごすこと
・経皮的電気刺激
・鍼療法
リフレクソロジー
アロマセラピー

上記の本では、国立成育医療センターで使用しているバランスボールが写真で紹介されていたので、それも新しい生理学的方法に含まれるということかもしれません。


<精神予防性無痛分娩とラマーズ法>


ラマーズ法を日本に広める活動をした「お産の学校」の主宰者杉山次子氏とその著書「自然なお産を求めて  産む側からみた日本ラマーズ小史」(勁草書房、1996年)については、こちらの記事あたりから何度が引用しました。


杉山次子氏は、1978年当時、朝日新聞で連載されていた「お産の革命」(藤田真一記者)の最終記事の中で、ラマーズ法を実践していた三森孔子(みもりよしこ)助産婦が紹介されていたことで関心を持ち、それからラマーズ法の普及に力をいれるようになったようです。
その様子が、以下のように書かれています。

ラマーズ法については後述するが、要するに(旧)ソ連の精神予防性無痛分娩をフランスのラマーズ医師が取り入れて改良したもの。大きな改良点は腹式呼吸を胸式呼吸に変えたことだ。それがアメリカに伝わって、夫が出産介助をするという形が加わって日本に入ってきている。この方法を知って以来、私は『精神予防性無痛分娩』に代わる出産法はラマーズ法だ」と思って関心を寄せていたのだ。(同書、p16)

杉山次子氏自身が、ラマーズ法の前に日本に入ってきた「精神予防無痛分娩」で次男を出産していたようです。

1953年に菅井正朝医師が(旧)ソ連で考案された精神予防性無痛分娩を中国経由で日本に持ち帰っている。(中略)簡単にいえば、産前教育でお産に対する不安や恐怖を取り除き、呼吸法と補助動作によって産痛を緩和する方法である。

杉山次子氏が次男を出産した三楽病院で、この精神予防性無痛分娩を勉強した助産婦がたまたま担当になりとても楽な出産をした感想が書かれています。

経産でもあったが、おかげで最初に比べると非常に楽で快適なお産ができたし、生まれた子も元気で血色がよかった。「楽だった」というのは、具体的にいえば「陣痛に合わせて呼吸法をすると和痛効果がある」ということだ。

ご本人が認めているように、おそらく初産の時であればまた別の感想になった可能性もありますが、「陣痛に合わせて呼吸法をすると和痛効果がある」というところは確かで、この1950年代以降は精神予防性無痛分娩が広がり、そして1980年代にはラマーズ法が一般的になります。


1970年代終りに私が看護学生の頃は、母性看護でラマーズ法を聞いた記憶がないのですが(当時は産科に関心がなくて授業をきちんと聞いていなかった可能性もありますが)、1980年代終り頃に助産婦学校に進学した時は、ラマーズ法に重点を置いて学びましたから、わずか10年ほどで広く社会に認められる無痛分娩方法になったわけです。


<ラマーズ法>


ラマーズ法というのは、分娩の進行状況に合わせて、「フーフー」「ヒッヒッフー」のように呼吸方法を変えたり、腰やお腹のマッサージによる補助動作で陣痛を乗り越えていく方法です。


卒後、私自身もラマーズ法を基本にしながら介助していましたが、ある時期からは修行のように「ヒッヒッフー」といい続けるのも変に感じて、基本的には産婦さんの好きなようにしてもらう自分なりのやり方に落ち着いています。


今日の記事を書くために改めてラマーズ法について見直して、少し驚きました。
けっこう信念の強いものだったことに。


「無痛分娩の基礎と臨床」に、アメリカのLamaze Internationalという組織が出しているラマーズ法に関する情報と声明の日本語訳が掲載されています。
少し、今日のエントリーからは横道にそれますが、引用します。

Lamaze Philosorhy of birth


1.出産は正常かつ自然で健康的な営みである
2.出産の経験は、母親と家族のあり方に深遠な影響を与える
3.分娩中の女性は、女性の内なる知性により導かれる
4.分娩を補助する人の存在と分娩を行う場所の選択は、女性が分娩を完遂するための自信と能力に大きく影響する
5.女性は医療の介入を受けることなく出産する権利を有する
6.出産は出産センターや自宅でも安全に行うことができる
7.出産教育を受けることにより、女性は自らの意思で医療を選択し、健康に対する責任を自覚し、自らの潜在的な能力を信用することができるようになる。

うーーん、すごい信念の団体だと思いますね。


助産師の仕事というのはたとえば「母乳で頑張りたいと思うお母さんをうまくサポートしたい」という単純な動機がいつのまにか完全母乳という価値観に巻き込まれていくように、ある一部の信念や価値観からいかに自由になるかが大事なことだと本当に痛感するこの頃です。


<「代替医療による無痛分娩」>


さて今日のエントリーの主題に戻りますが、「陣痛をできるだけ痛く感じない方法」として、麻酔分娩だけでなく呼吸法や瞑想などのように精神的な方法も実際にあります。


たとえば「私は妊娠中によい食事療法を実践したので、お産は絶対に軽くなる」と自分を励ますことで、お産が軽くて済んだと思えることもあると思います。


「無痛分娩の基礎と臨床」の中の「代替医療による無痛分娩」でも以下のように書かれています。

分娩はそもそも女性にとって個人的に重要な体験であり、産婦の分娩に対する満足度を調べた調査でも満足度を規定するのは決して鎮痛の程度ではなく、産婦が自ら分娩スタイルを選択しそれを実現できたどうかが重要である。したがって、代替医療による無痛分娩の利点と欠点を十分に理解し、自らの意思でそれを選択した産婦では、たとえ十分な鎮痛が達成されなかったとしても満足度は高くなる。


ですから「代替医療」を「マクロビ的な分娩」(と言ってよいかわからないのですが)に置き換えた時、ご本人が「マクロビを実践したら陣痛もほとんど感じず安産だった」と満足されたのであれば、それは他者がとやかくいうことではないと思います。


ただし、その欠点を十分に理解されていたのかというところが気になるわけですね。


マクロビでお産は痛くないのか、もう少し続きます。




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