産科診療所から  14  <診療所で働く人たち・・・食事>

私の勤務先に入院する方々が楽しみにして、たくさんの感謝の声を残していかれるのが、なんといっても毎日の食事です。


特別なことをしているわけではないのですが、小規模な施設ならではの「家庭的な味」が喜んでいただける理由なのかもしれません。


総合病院から診療所に移って驚いたのは、この入院食を作ってくれている方々が近隣に住む主婦だということでした。
「料理を作るのが好き」ということで、雇用されていました。
調理師や栄養士の免許も問われていませんでした。


現在に至るまで、こうした医療機関での調理は初めてという方々が担っています。
他の産科診療所ではどうなのでしょうか?
そういう資料もないので、全体像はよくわかりません。


<大変だったこと>


世の中には、特に習ったわけでもないのに、本当に料理が好きでさまざまな工夫をして作られる方がいらっしゃるのだと感動するほど、毎日すばらしい食事を作ってくださっています。


ただ、減塩食や術後食、あるいはつわり食のような治療食に関する基本的な知識がなかったので、「おいしいものをたくさん食べさせてあげたい!」という熱意が上まわってしまうことがままあります。


また、最近は食物アレルギーがある方が増えています。
調理器具を別にする必要があるほど過敏な方や、複数の食品でアナフィラキシーショックを起こしたことがある方は、できるだけ総合病院での出産を勧めています。
食物アレルギーに対しても基本的な知識がなかったので、アレルギーがある方の入院時には細かく注意事項を伝達するようにしています。



おそらく彼女達にとって大変だったのは、突然の入院と入院数の大きな変動に対応することではないかと思います。


産科の場合、いつ入院が入るかわかりません。
夕食の準備ができてホッとしたときにお産の入院があって急遽もう一食作ることになったり、入院数が少ないと思っていたら一日で数人増えたりします。
材料を無駄にしないように仕入れて、無駄にしないように使い切ることも要求されます。


こうした状況の変化に対応すること、しかも時間通りにきっちりと仕事をすることなど、慣れるまでにはやはり1年ほどはかかるようです。


<とても助かっていること>


皆、孫がいるくらいの年齢の方々ですので、家庭で作れるような料理を基本として献立を考えてくれています。


特に野菜を使った料理では、「こんな使い方があるのか」とこちらも勉強になります。
あきさせずに、目先の変わった調理方法でたくさん食べさせる。
そんな経験が生かされています。


ですから入院した産婦さんたちも、「今まで苦手だったものが食べられるようになった」「家で作ってみようと思った」という声がたくさんあります。


妊娠して初めて、自分の食べているものや栄養に関心を持つ人も多いのではないかと思います。
そして出産して半年もすれば、今度は離乳食として赤ちゃんに食事が始ります。


ですから栄養に関心がなかったり料理が苦手な人でも、この産後の数日間の食事で何かを感じてもらえたらよいと思っています。


また小規模施設のよさとして、作る人と食べる人の距離が近いこともあります。
たとえばつわりで何ものどを通らない方と直接話をして食べられそうなものを工夫してくれたり、切迫早産で長期に入院している方の希望をきいてくれています。


食事というのは生活の基本であり、また看護の基本でもあります。
おいしく食べられることが人を元気にさせることを実感しています。


「料理が好き」が動機で働き始めた方々も、1年2年とたつうちに診療所で大事な仕事をしているという責任を持った顔になります。
積極的に自分で栄養や衛生面について勉強をしたり、仕入れや食品管理を工夫されたり、本当に頭がさがります。


できれば、こうした小規模産科診療所で調理を担う人たち向けの系統的な知識の研修を、産婦人科医会などで開いてくださらないかなと願っています。






「産科診療所から」まとめはこちら