新生児のあれこれ 59 <新生児中毒性紅斑>

助産師になってからかれこれ30年、ずっと気になりつつもこれといった納得のいく説明にまだ出会わないもののひとつが、新生児中毒性紅斑です。


出生後しばらくすると、全身に虫刺されのような赤いボチボチが出始める赤ちゃんがいます。
中毒疹があった場所が数時間もするとまた別の場所に移ったり、時に白や黄色い膿疱を伴うこともあります。
赤ちゃんの変化に全身の神経を向けて緊張して観察をしている初産婦さんたちが、「大丈夫ですか?」とまず発見することの一つです。
たいがいは、「中毒疹で大丈夫ですよ」というスタッフ側のあっさりしたひと言で終わることでしょう。
周産期のスタッフにすれば、新生児の正常と異常の境界でいえば、正常なあるいは生理的なもので問題ないという認識です。


でも、「なぜ中毒疹という名前がつけられたのだろう」「なぜ中毒疹が出てくるのだろう」「あの白あるいは黄色い膿のような部分は、何か治療した方が良い場合と放置して良い場合の判断はどうやってきまるのだろう」と、ずっと疑問が続いています。
新生児の疾患や治療など目覚ましい進歩のかたわらで、新生児中毒性紅斑についてはどこまで研究されているのでしょうか。


いくつかの分娩施設に勤務して、時代によってもあるいは小児科の先生がたによっても対応の判断がいろいろとあるようです。
ある施設では、中毒疹の先端にできる白や黄色い膿疹を医師に報告したら、「そんなことはほっておけばよいのだから」と言われたこともあります。ある施設では、とびひに近いものだからと抗生物質の軟膏を処方する考え方もあります。
全国であるいは全世界で、どのような判断や対応があるのだろうと気になって、新生児関連の新しい書籍が出るたびにこの新生児中毒性紅斑についての新しい記述があることを楽しみにしているのですが、相変わらず1〜2行とか数行で内容も30年前とほとんど変わらないようです。


自分の忘備録として、手元にある学生時代からの記述を記録しておこうと思いました。


まず、助産婦学生時代に使用していた「最新産科学ー正常編ー」(文光堂、昭和62年)の説明です。

新生児中毒性紅斑・・・生後2〜3日中に全身に出る蕁麻疹様発疹、2〜3日で治癒、アレルギー性と考えられる。

「アレルギー性と考えられる」という説明は私は中毒疹ではほとんど聞いたことがなかったのですが、そう説明されていたのかと改めて読み直しました。こちらの記事に書いたように、1970年代から80年代はアレルギーについて次第に解明されてトレンドな言葉だった背景もあるのでしょうか。
いずれにしても、「正常編」の中で説明されています。


次は、「小児科学新生児学テキスト 第3版」(診断と治療社、2000年)です。

新生児中毒性紅斑 (erythema toxicum neonatorum)
 正期産児の30%前後に見られる。後発部位は体幹部で、鶏卵大までの境界不鮮明な紅斑が数個ないしは多数散在し癒合することもある。後半のほぼ中央に直径1〜3mmの白色ないし黄色の丘疹または膿疱を認めることが特徴である。膿疱の内容は好酸球である。
 生後3日以内に出現し、2〜4日程度で消退する。生後1週間頃に出現する場合もある。全身症状はなく、治療の必要もない。

「中毒疹」は英語をそのまま翻訳したものなのでしょうか。
私が「(膿疹なんて)ほっておけばよい」と言われたのも90年代から2000年代ごろだったので、当時の考え方はそうだったのかもしれませんね。
発疹が出る割合や経過などが詳しくなっているので、観察が積み重ねられていたのでしょうか。



「ベッドサイドの新生児の診かた 改訂2版」(南山堂、2009年)では、簡単な説明だけでした。

新生児中毒性紅斑
 成熟児で生後2〜3日に出現する後半で、中央部に1〜2mmの黄色の丘疹あるいは水疱が存在する。自然に消失する。水疱には多数の好酸球が認められる。

素朴な疑問なのですが、「小児科学新生児学テキスト」では「正期産児」、そしてこの本では「成熟児」と限定されています。ということは、早産児には出にくいのでしょうか?


同じ時期に出版された「周産期相談318 お母さんへの回答マニュアル 第2版」(東京医学社、2009年)では、「生まれた翌日から全身あちこちに赤い発疹がみられますが?」に対しての「回答のポイント」が書かれています。

1)早期新生児期には、皮膚の未熟性からいろいろな発疹がみられることがある。
2)全身に散在する赤い発疹には、生理的すなわち治療や検査を全く必要としないものと、検査を必要とするものがあり、その鑑別が必要である。
3)前者には中毒性紅斑、その他の斑状あるいは点状紅斑がある。
4)後者には、ウイルスあるいは細菌感染症によるもの、体温異常を伴う原因不明の早期新生児期の発疹症がある。

新生児中毒性紅斑についての説明は、以下の通り。

 出生翌日から全身に散在する赤い発疹の代表的なものは新生児中毒性紅斑である。この紅斑は、新生児にみられる非常に頻度の高い皮膚の変化で、通常は2〜4日に発症することが多いが、48時間以内に認められることもある。発症してから2〜3日続いて、1週間以内に消える。
 しかし、生後3週間〜1ヶ月半で再び発症することがある。したがって1ヶ月健診でも皮膚の変化としてしばしば認められる。好発部位は、胸、背、臀部で、顔面や四肢はあっても少ない。形は大小ふどうで、境界不鮮明な鮮紅色紅斑で、数は数個ないし十数個から、多発する時は融合することもある。
 紅斑の特徴は、中心に直径1〜2mmの白色ないし黄色の丘疹あるいは膿疱様のものが散在性に認められ、内容を塗抹し、染色すると好酸球が認められる。
 原因不明の一過性皮膚病変で、治療を全く必要とせず、自然に消失する。


おそらく、誰かが地道に観察していたからこそ、2009年にはここまで詳しい内容になったのだと思います。
決して、新生児には当たり前のことと観察されていなかった訳ではなさそうです。


そして、「周産期医学必修知識 第8版」(東京医学社、2016年)では、以下の説明です。

新生児中毒性紅斑
 生後1〜3頃に体幹、四肢、顔面に大小の紅斑が現れ、その中央に丘疹・小膿疱を認める。数日の経過で自然消退する。


30年ほどのあいだに、ようやく「中毒疹とはどのようなものか」という観察からここまで表現されるようになったという感じでしょうか。


でも、なぜ中毒疹が出るのでしょうか。
出生後からの劇的な腸内細菌叢の変化と同じように、皮膚細菌叢の形成と関係があるのかな。
「なぜ中毒疹ができるのか」が明らかになるまでには、まだまだ時間がかかるのかもしれないのですが、仮説にはどんなものがあるのだろう。



新生児の皮膚の変化ひとつをとっても、本当に奥が深いものです。



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