新生児にとって「吸う」ということはどういうことか 2 <「吸啜」と「哺乳」>

<吸啜(キュウテツ)とは>


新生児の吸啜について書かれたものを長い間探し続けているのですが、あまり目にすることがありません。
その中でも、日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC, Japanese Association Lactation Consultants)から出版されている「母乳支援スタンダード」(医学書院)を参考にしてみます。


1.正常な吸啜パターン
 Woolridgeは、直接乳房から哺乳する(直接哺乳)際の吸啜を詳細に研究した。上手に哺乳している乳児は乳頭を口腔内の硬口蓋と軟口蓋の境目まで吸い寄せており、いわゆる「乳管洞」(*筆者注:現在では乳管洞は存在しないといわれている)は口腔内にある。正常な吸啜は次のように進む。
a:吸い口(teat)は乳頭と乳輪部の軟部組織(乳頭乳輪体nipple-aeola comples)で形成され、口腔内に吸い寄せられている。軟口蓋は弛緩し、鼻咽腔は呼吸できるよう開いている。舌は安静位をとり、乳頭の周囲を支えている。
b:吸啜サイクルは舌の先端の挙上ではじまる。同時に下顎が一瞬さがったのち、乳頭の基部を圧迫するために挙上する。こうして、乳汁が圧出される。
c:舌による圧迫の波は口蓋を押し上げながら前から後ろに波状に動く。このロール状の動き(著者注:蠕動様運動)は乳頭から乳汁を圧搾する。舌の後方が下がり、乳汁がたまる。
d.e:圧迫の波は後方に移動し軟口蓋を挙上して鼻腔を閉鎖する。乳汁は口腔咽頭に押し出され、十分な量に達していたら嚥下される。
f:一連の圧迫は舌の後方の付着部まで続く。舌の背部が下がり、陰圧ができ、さらに乳頭を引き寄せるので乳汁が乳頭に逆流する。
 このように適切に吸着したあとの吸い口は約2倍に伸びることがわかっており、成熟児では女性の人差し指第2関節ぐらいまでの長さ(約4cm)になる。舌は児の下の歯茎より前に出ており、吸啜の最後まで同じ位置にある。つまり舌が上から歯茎を覆っているので授乳しても痛くない。
 最近の研究によると、以上のような新生児期の「下の蠕動様運動」による哺乳は生後3ヶ月前後に消失し、それ以降は「舌の上下運動」による哺乳に変化すると言われている。

何が書かれているかさっぱり理解できない方が、ほとんどではないかと思います。
ご安心ください。毎日、新生児の哺乳の様子を見ている私も読んでいるだけで頭がくらくらします。
それほどに、赤ちゃんの「吸う」という行動ひとつも複雑で表現は簡単ではないということだと思います。


尚、赤字で強調する部分は後で必要になってくるので自分の覚書のためです。


JALCでは、続いて吸啜を2種類に分類した記述があります。

2.栄養的吸啜(nutritive sucking)と非栄養的吸啜(non-nutrive sucking)
 乳児の吸啜には2つの型がある。栄養的吸啜は乳汁移行を伴い、非栄養的吸啜は、乳児が睡眠中に見られるような自発的な吸啜と、乳汁を与えずおしゃぶりや指をを口に入れることで起こる吸啜とがある。低出生体重児では、非栄養的吸啜は消化液の分泌や蠕動を促進し、情緒を安定させる効果があるといわれている。


<「哺乳」とは>


つぎに「周産期医学 Vol.40 増刊号/2010」(東京医学社)の中の、「哺乳」「吸啜」について書かれた部分を抜き出してみます。

18 哺乳障害
<はじめに>
 哺乳は、出生直後の新生児が最初に行う複雑で緻密な行動で、生命を維持し、発育するために不可欠なものである。
<哺乳の概念と発達>
 哺乳は、乳首を探索(rooting)し、くわえる(laching)ことにより始まり、吸啜、嚥下、呼吸運動が協調して生じる一連の高度な反射運動である。嚥下運動は胎児でも在胎16週には確認されるが、出生後の有効な哺乳には吸啜、嚥下、呼吸運動の強調が必要であり、在胎32週頃より未熟な吸啜運動に嚥下、呼吸運動との協調が進み、在胎33〜36週頃に成熟化する。
<1.正常の哺乳運動>
 効果的な哺乳のためには、引き込まれた乳首が口唇、舌、口腔により効率よく密閉されることが必要であり、口蓋中央の陥没(吸啜窩)や頬部内側の脂肪床などにより乳首が適合して密閉されやすいような形態的特徴を有している。
 吸啜運動は、乳首を舌で吸啜窩に押しけつつ、舌尖から舌根部にかけての波動様の動きにより口腔後方部に陰圧が生じ、乳汁が射出される。続いて舌根部が軟口蓋までせり上がり鼻腔を閉じ咽頭後壁の筋を挙上させることで乳汁を食道に送り嚥下が生じる。呼吸運動は吸啜・嚥下運動と同時に出現し、妨げられない。だたし、正期産児でも生後48時間以内は嚥下と呼吸の調和がとれず、哺乳時には呼吸が不規則になるが、その後、吸気ー嚥下ー呼気のサイクルが確立される。

こちらの文献の方がもう少しどのような口の動かし方をしているかイメージできる内容ですが、それでもまだ表現しきれていないと感じます。


もうひとつ、「ベッドサイドの新生児の診かた」(南山堂)から、「哺乳反射」の部分を抜き出してみます。

1)哺乳反射
(1)追いかけ反射(十字反射、rooting reflex)
 児の口角、口唇などを指で触れると、口を開き指を捕らえようと指の方向へ顔を向け追いかけていく反射である。この反射により母親の乳首を探し口に含む。満腹時、睡眠時にはみられない。1ヶ月までに消失する。
(2)吸啜反射(sucking reflex)
 乳首や検者の指を口に入れると規則的な吸啜運動がみられる。生後1〜2日はあまり強くない。また満腹時には認められない。反射がみられないときは中枢神経の障害を疑う。


<新生児の「吸啜」について日々感じているあれこれ>


「吸う」という行動は、ストローで飲み物を吸い上げるようなイメージがあると思います。「啜る(すする)」だと、お茶をすすったり、おかゆをすするのように使うでしょうか。

新生児の場合の「吸う」は全く別の動きです。
新生児が口をあけると、舌の両端がせり上がってUの字のようになります。これで母親の乳首とかつっこまれた「検者の指」とかをくるっと巻いて口の中に引っ張り込みます。
それは力強く巻きつきます。一旦巻きつくと、簡単にははずれないほどです。


授乳の場合にはさらに、母親の乳輪や哺乳瓶の乳首に口唇を密着させます。
いったんこうして「吸いついた」ら最後それをはずすのは大変であることは、母乳であれ哺乳瓶であれ授乳を体験した全ての人が感じると言っても言い過ぎではないと思います。


おっぱいを吸いながらうつらうつらしている赤ちゃんの口から乳首を離そうとすると、急にあわてて深く巻き込みます。
一見眠っているのかと思うのに、赤ちゃんの舌と口だけは決して眠っていないのです。
舌で物を巻き込むことも眠りそうになりながらも離さないでいられることも、大人にはとてもマネのできないことですね。
生まれて間もない新生児に、そんな能力と力があることにいつも感動します。
エコーなど子宮内の胎児の様子を知る機会が増えて、胎内で赤ちゃんが指を吸ったりしている様子も知られるようになりました。時々、出生直後の新生児の指や手の甲などに水ぶくれを見つけることがあります。これも胎内で何かを「吸う」練習のあとのようです。


また、胎内では酸素・二酸化炭素の交換は臍帯・胎盤を通してお母さんにしてもらっていたわけですが、出生直後からは自分の肺で呼吸をし始めます。それだけでも劇的な変化なのに、「吸う」という酸素消費量の多い運動をすぐに始められることは感動を超えて畏敬の念という思いです。
呼吸をしながら、吸啜をする。
それもすごいことだと思います。
生まれた直後に呼吸が十分に安定していない赤ちゃんや異常呼吸がある赤ちゃんは呼吸を整えることが最優先ですから、「吸う」ことをしないでじっと呼吸が落ち着くのを耐えて待っています。


「吸う」。
その一言では表しつくせない新生児の不思議な世界、まだまだ続きます。




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