新生児にとって「吸う」ということはどういうことか 6 <「吸わない」ための行動もある>

新生児の視力やものの見え方についてはまた改めて書きたいと思っていますが、普段新生児と接して感じるのは、人の黒目や母親の乳首など色の黒いものに反応しているように見えます。
哺乳行動の中で、吸おうとする吸啜反射も「今はいらないよ」という回避行動も、「その黒いものが近づいてきた」ことを感じて行っているように見えることは、口でくわえる]に書きました。


また前回哺乳における探索行動に書いた口唇口蓋裂の赤ちゃんたちのように、新生児はたとえ生得的な吸啜反射を阻害することがあっても繰り返し繰り返し試みて、その生きる力を発揮するのではないかと考えています。
ですからもし視力に障害があっても、全身の皮膚感覚を駆使して吸いつくことを覚えていくのではないかと推測しています。



<新生児が「吸えない」ことと「吸わない」こと>


ところが母乳推進の動きの中に、新生児には初めから母親の乳首以外を吸わせると母乳の確立ができないという考え方があります。
NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会出版の「母乳育児支援スタンダード」から、該当する部分を引用します。

ステップ:9 乳頭混乱(nipple confusion)とおしゃぶり
 ステップ9は人工乳首(哺乳びん)とおしゃぶりの使用を禁止したものであるが、これは出生直後から哺乳びんを使用した場合、児が乳房を吸わなくなる「いわゆる乳頭混乱」と呼ばれる現象があるためである。「いわゆる乳頭混乱」という言葉を使ったのは、乳頭混乱の概念や成因についてはさまざまな説があり、いまだ医学的なコンセンサスが得られていないからである。しかしながら、はっきりとした機序は不明であっても、出生直後から哺乳びんで人工乳を飲ませることで、児が乳房を吸えなくなり母乳の確立が阻害される例があるのも間違いないことであり、補足が必要な場合は可能な限りカップフィーディングなどの方法を試みるべきであろう。
 また、哺乳びんと同様におしゃぶりも母乳育児を妨げることが示されている(表4-5)。その理由としては、おしゃぶりによって授乳間隔が空き吸啜刺激が減少することや、適切なラッチ・オンができなくなるなどが推測されている。


たしかに、最初のころからなかなかお母さんのおっぱいを吸わないで泣いてばかりの赤ちゃんがいます。目が覚めて泣きはじめてもおっぱいを近づけるだけで大泣き。20分も30分も泣いて、というより泣き叫んでなかなか吸いついてくれないのです、そういう赤ちゃんは。あまりに毎回のことで、お母さんもスタッフも切なくなりミルクを足して・・・そのうちに、1ヶ月ごろにはお母さんのおっぱいには全く吸いつかなくなってしまうのです。
特に初産婦さんのお母さんと赤ちゃんに、こういう場合があります。


私も「できるだけ母乳で」と一生懸命だった頃、こういう新生児と母の側で、必死に吸いつかせようと頑張っていました。
乳輪を柔らかくし母乳の分泌を減らさないようにと、毎回必ず搾乳をしてもらっていました。
お母さんにとっては、赤ちゃんが起き出すと授乳の時間がさぞかし苦痛だっただろうと思い返しています。


ある時いつものように私が必死でお母さんのおっぱいに吸いつかせようと介助していたら、ひとりのお母さんが「赤ちゃんは今おっぱいを吸いたいのではないと思います」とおっしゃられました。
たしかにぎゃん泣きの赤ちゃんも、おっぱいから離して抱っこだけで静かになりお母さんの腕の中で落ち着いているのです。
「あ、ほんとうだ」と。
私がそれまでしてきた「授乳指導」がもしかして間違っていたのではないかと気づかされた日でした。


かれこれ10年ほど前のことです。試行錯誤の中にも自分なりの母乳支援の方法に自信がついてきた時期でした。
私は今でも、あのお母さんが勇気を出していってくださったことに本当に感謝しています。
新生児が泣いていること、新生児が吸わないことにも、新生児なりの理由がある。おっぱいだけが答えではないという、当たり前のことに気づかされました。


また、たしかに対応に注意しないと本当に母乳を吸わなくなってしまう赤ちゃんがいるので、その点は今も試行錯誤しながら方法を考えています。
ただし、そういうケースは少ないです。
ちょっと周りを見渡しただけでも、母乳と哺乳びんどちらもうまく吸っている赤ちゃんがたくさんいます。


出生直後に母親の乳首以外を吸わせてはいけないのでしょうか?
母乳だけでいきたい、他のものを与えたくないと思われるお母さんの選択は尊重します。
けれどもWHOの「母乳育児成功のための10か条」の「母乳育児の赤ちゃんには、ゴム乳首やおしゃぶりを与えない」というのは、禁止というニュアンスが感じられるほどの厳しさをもってお母さんたちに説明しなければいけないものなのでしょうか?


そうしなければいけないほどには「乳頭混乱」「哺乳困難」などの言葉自体が、何をしめすのか明確にさえなっていないということではないかと思います。
それなのに「完全母乳」を目指して、助産師がその言葉を疑問に思うだけの体験もないままに勧めてしまっているとしたら・・・。
いままで産科で働いてきた助産師・看護師の中にも、なにもそこまでしなくても大丈夫なのにと感じている人も多いと思います。
そうした体験の積み重ねも言語化されないままに「新しい考え」に乗り遅れまいとすれば、新生児に多少の寄り道をも許さないような厳しい方法になっていきます。


新生児は、本当に求めていることなのでしょうか?

次回は、その言葉について考えてみたいと思います。




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