新生児が哺乳瓶で「飲む」行動に伴うリスクとは何か 1 <「哺乳瓶による弊害」というイメージ>

哺乳瓶での授乳は、何か赤ちゃんに大きな弊害をもたらすことがあるのでしょうか?


私が助産師になってから、ミルクによる授乳、哺乳瓶による授乳についてさまざまな言説があり、耳にするたびに私自身もこころがざわついて「そんな良くないものはできるだけ避けるようにお母さんたちに支援しなければいけない」と思っていました。


どんなことが言われていたでしょうか。
「簡単に飲めるので、母乳に比べて飲みすぎやすい」「飲みすぎによって肥満になりやすい」「簡単に飲めるので、顎や歯列の発達によくない」「母乳で育っている赤ちゃんはこめかみの辺りがふっくらとしている」などから、はては「哺乳瓶で育てられた子は我慢強くない」「自己中心的」とか「キレやすい」「社会的問題を起こす」までありました。


それほどの害があるのであれば、もう少し研究でエビデンスが明確になってもよさそうです。
完全な人工栄養群と完全な母乳栄養群で比較対照すれば良いのですから、それほど複雑な調査はいらないことでしょう。
ところが、新生児や周産期関係の本で「哺乳瓶での授乳による弊害」が明確に書かれたものはほとんどありません。
あるとすれば人工栄養の補足の際の注意点として記載される必要がありますが、そういう情報はありません。


たとえば「小児内科」という東京医学社から小児科医向けに出している医学雑誌が、2010年10月に「特集 母乳育児のすべて」という特集を組んでいます。
その中にも哺乳瓶による授乳の弊害についての記事はありませんでした。
また、これまでの記事でたびたび引用してきた日本ラクテーション・コンサルタントの「母乳育児支援スタンダード」でも、「いわゆる乳頭混乱」以外は具体的な哺乳瓶の弊害の記述はみつかりませんでした。
「母乳育児支援スタンダード」で唯一明確に記載されていたのは、「開発途上国における"哺乳びん病"の悲劇」という部分です。長くなりますが、書き出してみます。

1960年代のアフリカは独立したばかりの新興国家が多く、政府の機関は体制が貧弱なため、乳幼児や健康問題に対応できる能力も余裕もなかった。缶入りの粉ミルクと哺乳びんは開発途上国の人々にとっては"近代化・西洋化の象徴"で憧れの的であり、これらの国々に対する多国籍人工乳メーカーの進出を阻むものは何もなかった。ラジオ放送などのマスメディアによる大量宣伝が行われ、医療機関を巻き込んだ巧みな販売戦略が功を奏し、開発途上国の人々は人工乳のほうが優れていると信じ、唯々諾々として母乳育児をやめた。
その結果、それらの開発途上国で起こったのが「哺乳びん病の悲劇」と呼ばれる惨劇であった。すなわち、人工栄養が原因となり、乳幼児の下痢などの感染症と栄養障害が広がり、それによる乳幼児死亡が激増したのである。劣悪な衛生環境に加え、安全な水の確保や哺乳びんの消毒などもままならない生活環境において、乳幼児用人工乳の使用が危険なのは日の目を見るより明らかであった。また、人工栄養の増大すなわち母乳栄養の衰退の被害者は乳幼児だけではなかった。授乳性無月経による自然な避妊の恩恵が失われたため、衛生・栄養環境が貧困な場合、妊娠が度重なると母体の健康は著しく損なわれる結果となった。


この部分こそが、その後のWHOや母乳推進団体の動きにつながっていく部分なので全文引用しました。
本当に開発途上国の人々は人工乳のほうが優れていると信じて母乳栄養をやめたのでしょうか?これに関しては、別の資料から後日書きたいと思います。


「哺乳びん病」おそろしい名前ですが、清潔な水や清潔な調乳の環境が整えられれば解決できる問題ですし、実際に「恵まれた国」では問題にもならないことです。
ただし当時貧困国での無秩序ともいえる人工乳販売促進活動を規制することは必要だったので、1981年WHOの「母乳代用品のマーケティングに関する国際基準」が採択されました。
そしてその第5条「一般消費者に対する宣伝」では、

母乳代用品の使用を促進する無料のプレゼント(哺乳びんやさまざまな製品)の禁止

があげられ、第6条「保健医療機関」では、

無料の支給品(人工乳、他の母乳代用品、哺乳びん、人工乳首など)を受け取ってはならない

としています。
ちなみに日本は採択に反対しました。その点については、私自身も政府の対応は納得していません。


このあたりの時代の流れは、当時私も開発途上国の母子保健に関わっていたので理解しています。
でもそれは、「不適切なあるいは不衛生な調乳による乳児死亡をなくす」ためであり「母乳栄養と人工栄養に対する正しい知識の普及が大切」であるためと理解していました。


ところがここ数年、「哺乳瓶や人工乳首を使用してはいけない」「ミルクを補足するためには新生児にもスプーンやコップで授乳する」という考えをしばしば耳にするようになって、「哺乳びんや人工乳首」を使用すること自体を規制する必要性とその根拠は何か、腑に落ちない思いをずっと抱いています。


哺乳びんと人工乳首の使用が、母乳の直接授乳に比べて健康や発達に大きな影響をもたらすのであれば、危険な物として注意する情報を提供する責任が私たちにはあります。
ところが、探しても探しても、哺乳びんと人工乳首の使用を規制する根拠になるような情報が見つからないのです。


そんなに哺乳びんと人工乳首での授乳は、乳児にとって直接授乳と大きな違いがあるのでしょうか。
その点を次に書いてみます。




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