新生児の哺乳行動とは 4 <胎便>

わたしの勤務先では、赤ちゃんの人生最初の胎便は必ずお母さんに見せるようにしています。
面会に来られたお父さんや祖父母にも見せています。
だって、わが子の人生最初のうんちですものね。


最初は「えーっ、うんちですかぁ」と引いていても、この胎便ができるまでと最初に排泄するまでのことを説明すると皆感動してくれます。


胎便、真っ黒で粘っこくて、においもほとんどないうんちです。
無臭でもなく、どことなく香ばしい香りだと思います。
そんな胎便は、いつからどのように作られてきたのか。
また前日と同じ「周産期医学必修知識」を参考文献にしたお勉強ノートです。


<新生児の便>
新生児が出生後1,2日の間に排出する粘稠な暗緑色の便を胎便といい、羊水や腸管上皮、分泌物、胆汁などを含んでいる。正常新生児において初回排便は、90%が24時間以内に認められる。


胎児の消化管はいつ頃からどのようにつくられているのでしょうか。

<表 消化管発生の経過より>
胚胞の壁が陥入し原腸形成         3週
消化管および肝・脾臓の起源の発生     4週
小腸の成長と臍帯への陥入         7週
小腸の絨毛形成              8週
腹腔内への小腸収納            10週
内臓形成の完成              12週
胃壁細胞、膵島細胞、消化酵素の出現    12週
嚥下運動の出現             16〜17週
消化管運動の成熟             35週


3週というと受精直後ですが、そんな時期から準備が始まっていることにあらためて驚きです。
市販の妊娠判定薬で妊娠を確認して4〜5週で来院される方が増えてきましたが、そのころには消化管の原型が形成されてどんどんと成長していくようです。
そして哺乳行動につながる吸啜と嚥下運動が始まります。


<消化管運動の発達>
吸啜および嚥下運動は胎児期より認め、嚥下は胎生17週頃から発達し、羊水量を調節している。胎生18週では約18〜50ml/kg/日の羊水を嚥下し、妊娠末期には150ml/kg/日の羊水を嚥下する。胃蠕動運動胎生14週には存在し、成人と同じ周期の蠕動波を認める。胎生24週以降ではグループ化した蠕動波が出現し、蠕動運動の持続性も長くなる。また胃面積の最大値と最小値の差を胃の収縮能力の指標とすると、胎生24週以降に有意に増加している。
腸管の蠕動は33〜35週に収縮運動パターンとして認められ、吸啜能を獲得するに伴い発達する。大腸は妊娠後期になると胎便が蓄積し、拡張してくる。


胎動を感じる頃には、すでに人生最初のうんちに備えて羊水を飲み始めているということですね。
ヒトが胎外に出て初めてうんちをするということは、この段階のどこかでひとつうまくいかなかっただけでも達成できないことだと思うと、気が遠くなるような思いにいつもなります。
消化管の一部が閉塞していたり肛門周囲の複雑な神経叢に異常があれば、胎便は準備できていても、自力で排泄することもできません。


生まれてしばらくしてから激しく泣き、ゲボッと吐いて腸がぐっと動き、いきんで・・・と何回か繰り返すと、新生児は目を輝かせながら(と私には見えるのですが)上手にうんちをします。
うんちをした後は、ほっとした表情でにこっと笑います。
すごい達成感なのだろうと思います。「これで人生大丈夫だ!」みたいな。


新生児は飲むことよりも先に、とってもすごいことをしているのですよ。
そんなことを伝えたくなります。


<胎便について考えたあれこれ>

少し前までは、胎児は子宮内では胎便を出さないというのが定説でした。胎便が混じった羊水は、羊水混濁といって「子宮の中で胎児が苦しかったサイン」と捉えられていました。
最近は、成熟した児であれば腸蠕動運動も始まっているので、羊水混濁がすべて胎児ジストレスの兆候ではないという考え方になってきているようです。
たしかに、胎児心拍も臍帯血ガスも胎児ジストレスを示すような分娩ではなかったのに、羊水が深緑色のどろどろの時があります。
臍帯とか児の爪も胎便が染み込んだ色になって分娩開始前にすでに胎便の排泄があったと推測されるような場合もあるのですが、元気に生まれてきます。


ただ、分娩中に本当に苦しかった赤ちゃんは、産道の途中でうんちをしながらでてくることが多いですね。
また最近は骨盤位(逆子)の経膣分娩を見る機会が少なくなりましたが、逆子の場合には児の臀部が先進してくるので腹部を圧迫されて胎便を出しながら進んできます。


分娩時にかなりの胎便を出し切ったような新生児でも、その後1〜2日、どこにこんなに胎便が残っていたのかと思うほど出す赤ちゃんもいます。
通常でも生後2日間ぐらいの間に、総量200g以上は出るのではないかと思います(このあたりいい加減な数値です)
腸内で「胎便の素」に体内の水分を混ぜて胎便にでもしているのかなと、考えたくなるほど、新生児の腹部の大きさと胎便総量はどうみても釣り合いがとれないので、いつも不思議に感じています。
でも胎便に関する文献は、本当に少ないのです。もっと研究が進むとおもしろいと思うのですが。


以前、「カンガルーケアを考える11」にショコラさんがくださったコメントの中で気になっていた部分があります。
http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120130/1327886071#c1328048860
このコメントの中の「生後2時間の間は、赤ちゃんはそういう『胎便排泄欲求』がなく」という点ですが、私にとっては初めて耳にした内容でした。
もしショコラさんがまだブログを読んでくださっていたら、どのような文献で知ったのか教えていただけると幸いです。また他の方でも、ご存知の方がいらっしゃったら是非教えてください。


というのも、出生直後から胎便との闘いが始まっている新生児をしばしば体験するからです。
こういう新生児は分娩直後におっぱいを吸わせてみようとしてもガンとしてくわえません。
抱っこしても激しく泣いたりします。時には異常呼吸と同じような呻吟(しんぎん)といううなり声を出すことがあります。呼吸状態が安定していないのかと調べてもそうではなくて、そのうちまだ生まれて2時間もたたないうちに胎便を出します。
「あれはいきんでいたのか」と。


そういう赤ちゃんはうんちとの闘いがすでに出生直後から始まっているので、分娩台でのおっぱいもカンガルーケアも本人にしたら必要なくて、抱っこしてあやしてくれればいいよと言っているのではないかと思っています。


胎便を出す。
本当に奇跡の積み重ねの結果なのですね。