新生児の哺乳行動とは 5 <移行便〜母乳便>

<いつまでが胎便なのか>

胎便から母乳やミルクを消化したものが混じるようになると移行便、そして胎便が混じらなくなった便は母乳便、ミルク便、乳便あるいはただの便と呼ばれるようになります。


「周産期医学」の2004年増刊号「周産期ケア エビデンスを求めて」の中の「新生児の便の正常な色、回数、硬さ、臭いは?」(p.788〜)には以下のように書かれています。

新生児の便の色は日齢や栄養法によって変化する。生まれて1ないし2日のうちに排泄する黒色の便は胎便であり、胎児期に飲み込まれた羊水の成分(細胞の残屑、産毛、胎脂など)と腸管から分泌された胆汁や膵液などの消化液で構成されている。
胎便の最初の排出は97%の新生児が24時間以内であり、99.8%の新生児は遅くても36時間以内に排出した。胎便が黒色ないし緑褐色を呈するのは、暗緑色のビリベルジンが大量に含まれているためである。胎便が完全に出尽くすまでは胎便と乳便が混在した移行便となる。


生まれた当日の新生児の胎便を観察をしていると、その変化がわかっておもしろいです。
最初は何も混じっていない黒い粘性の便ですが、次第に色も深緑に変化しその中に白い塊が混じるようになります。
36〜37週頃までの胎児は胎脂というバターのような脂で全身を覆われています。その胎脂が羊水中にはがれて浮遊していたものを飲み込んだのか、指や手についている胎脂をなめて飲み込んだのか、それが胎便に混じり始めます。
20週後半になると胎脂の分泌が盛んになるようですから、この時期以降に飲んだ羊水ということでしょう。
時にはすごく大きな胎脂の塊が混じっていることもあって、さぞかし飲み込むのも排泄するのも大変だったのではないかと想像してしまいます。


胎便から移行便・乳便の変化は、案外とわかりにくいものがあります。
初産婦さんの場合、母乳分泌の始まりもゆっくりなので、生後2日から3日頃にかけて一旦便の排泄量や回数がパタリと減って、その後ようやく母乳やミルクが消化されたものが混じり始めることが多いようです。色も茶色っぽくなったり、その中にミルクの脂肪分の塊が混じったりさまざまです。


経産婦さんの場合、初乳の分泌量も多いのか、だいたい生後1日から2日には見た目はまだ黒っぽい胎便でも水溶性の母乳便に近い便に変化し、量や回数も増えていることが多いです。
初産婦さんと経産婦さんでは、新生児のこの便の性状や量の変化に1〜2日ぐらいの差があるような印象です。


まだすこし色が黒っぽい部分がある移行便が何回か続くと、あるところから突然鮮やかなレモン色から橙色の母乳便やミルク便に変化していきます。
こんなに鮮やかな色彩の便がどこから出てくるのだろうと、まるで手品を見ているようです。


生理的黄疸がやや長引いている新生児だと、まだ退院までに少し緑がかった母乳便のことがあります。
また、ミルクを補足した場合には緑色っぽい便が出ることもあります。
便の色に関して、上記の文献では以下のように書かれています。

便の色の由来は、胆汁内に排泄された抱合ビリルビンが腸内細菌のβーグルクロニダーゼにより脱抱合を受けて非抱合ビリルビンとなり、ついで自己酸化でウロビリンとなることによる。ウロビリノーゲンは無色であるが、l-ウロビリンは橙黄色の色調を呈する。新生児では一部ビリルビンが、腸内細菌によるウロビリノーゲンへの還元を受けることなくそのまま下部腸管に至り、自家酸化されるとビリベルジンとなる。ビリベルジンは少量で強い緑色調を発する。人工栄養児では、未吸収で大腸に達した塩鉄と乳清蛋白質由来成分との反応が緑便形成に関与していると考えられている。同じ鉄塩でも現在添加されているピロリン酸第2鉄は硫酸第1鉄に比較して人工栄養における緑便傾向を弱める働きがある。以上より人工栄養児の緑便は、育児用粉乳の添加物、排便回数の少なさによって腸内で酸化をうけやすいことに起因するもので、病的な意義はないと思われる。


<新生児のうんちとの闘い>


この新生児の便の性状が変化する生後2日頃までを、私は「うんちとの闘いの日」と呼んでお母さんたちに説明しています。
あの粘っこい胎便を出すだけでも相当激しい腸蠕動で、さぞかし新生児は大変だろうと思います。
胎便が何回かでてからも、泣く割にはおっぱいもミルクも飲まない。
でもこれだけ腸内での変化がおきているのですから、新生児は何か別のことを伝えようとしているのだと思うのです。


母乳育児成功のために、出生直後からの頻回授乳「24時間で7〜8回以上は吸わせる」ことが勧められているのをよく耳にします。
その根拠としてあげられるのが母親の母乳分泌ホルモン、プロラクチンに関する研究です。
「小児内科」2010年10月号、「特集 母乳栄養のすべて」の「母乳分泌の生理」から引用します。(p.1588〜)

授乳中の母親のプロラクチン濃度については、以下のようなことが報告されている。
・日内変動があって、夜間(睡眠中)のほうが高い。
・喫煙によりプロラクチン濃度は低下する。
・授乳期間を通じてゆっくり低下する。しかし授乳している限り(たとえ数年間授乳していても)、一過性の上昇がみられる。
・吸啜により上昇する。授乳回数が多いほうが血清中のプロラクチン濃度が高くなる。24時間に8回以上授乳していると、次の授乳までに濃度が低下するのを防げる。
・乳汁分泌が確立した後では、乳汁生産量とは必ずしも相関しない。
以下略。

*プロラクチン受容体理論について
de Calvalhoらは、早期に頻回の授乳をしたほうが母乳生産量がより早く増加することを報告している。その理由としては、吸啜が乳腺のプロラクチン受容体の発現を促すからと考えられる。また、プロラクチン受容体の数は乳汁生成の初期に増加し、その後は一定であると報告されている。

1.乳汁分泌の開始を早めるために
赤ちゃんが分娩早期から頻回吸啜するということは、オキシトシンやプロラクチンのパルス状の上昇の頻度を増加させ、血中濃度の基礎値を高めるとともにこれらのホルモンの血中濃度の低下を予防する。また、乳腺細胞のプロラクチン・レセプターの数を増加させ、乳汁産生能力を高める。乳汁中にはFIL(乳汁産生抑制因子)が含まれているので、乳房内に乳汁を溜めたままにしておくと、乳汁産生は低下する。したがって、単に「頻回に授乳する」ということだけではなく、「有効に吸啜する」ということが重要である。

母乳分泌は、初期(分娩後3〜8日)にはホルモン(主にプロラクチンとオキシトシン)によって調節されるが、分泌が確立され維持される時期(分娩後9日以降)になると、オートクリン・コントロールが主な調節機構になっていく。そこで、赤ちゃんが効果的に乳房から乳汁を飲み取ること、それができない場合には搾乳をすることが大切であることが理解できる。また、乳汁を溜めておくと分泌が抑制されるのは、乳汁中のFILのためであることもわかってきた。母乳育児を支援する専門家は常に最新の知見を探索し、その時々で最善と考えられている援助をするように心がけたいものである。

Key Points
1.母乳育児支援には、母乳分泌の生理を理解しておくことが重要。
2.プロラクチン受容体を増加させるには、産後早期の頻繁な授乳が重要
3.母乳産生を維持するには母乳を溜めないことが重要


理論的にはそうかもしれない、でもやはり目の前の新生児が生まれた早期から「吸おうとしない」のには何か理由があるのだろうと考えます。
実際に出産後早期の頻回授乳をしなくても、だいたい産後3日頃から母乳分泌が始まります。
新生児の変化に合わせて、母乳分泌も変化していくと捉えるほうがより自然だと私は思うのです。


「常に最新の知見を探索し」という点には同意しますが、まだまだ十分に観察されているとはいえない新生児のことがわからないうちは仮説にすぎないと考えないと、厳しい「母乳指導」が科学的根拠に基づくものとして広がっていきます。
少し前の時代は、3時間毎に授乳しミルクを足して体重を増やすこともその時代の最新の知見として取り入れられていました。
やはり、まだまだ私たちにはわからないことがたくさんあると「母乳育児を支援する専門家」が、もうすこしゆるやかな対応をしたほうが良いのではないかと思います。


そんなことを考えながら、新生児の便の変化についてもう少し書いてみたいと思います。




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