助産師の「開業権」とは何か 3  <全国の助産所数と分娩件数>

<全国にどれくらいの助産所があるのか>


数年前に琴子ちゃんのお母さんのブログ「助産院は安全?」に出会ってから、自分自身が助産師でも助産所がどのくらいあるのか実際にどのような業務を行っているのかよく知らないことが多かったので、助産所について調べ始めるようになりました。
(助産院と呼ぶこともありますが、医療法での正式名称は「助産所」です。)


案外と大変だったのが、有床助産所と出張助産所を合わせてどこにどれくらいの数の助産所が実際に分娩をおこなっているのかという基本的な情報を得ることでした。


2006年に日本産婦人科学会から出された「全国周産期データーベースに関する実態報告」の中では、「助産所数については一都一県から回答がありませんでした。」と書かれ、無回答の自治体を除いて全国で分娩を取り扱う助産所は263ヶ所とのことでした。
http://www.jsog.or.jp/news/html/datashuuseiannai_26JUN2006.html


日本助産師会のHPでも助産所数はわからず、2009年11月に発行された日本助産師会の機関紙「助産師Vol.63, No.4」を知人に見せてもらって初めて全国の分娩を取り扱う助産所数と分娩件数、また転院数などの統計を見ることができました。


これは私の検索能力の問題だけではなかったようです。
日本看護協会の「助産師基礎教育テキスト 第3巻 周産期における医療の質と安全」(2009年12月)では以下のように書かれています。

助産所数は、2006年12月末現在、開設者683、出張によるもの586と報告されている。後述するように助産所には母乳支援のみで開業している場合もあり、分娩介助を行っている開業助産所数の把握はかなり難しい。2009年より開始された産科医療補償制度ホームページの記載では、433施設(2009年10月1日現在)であり、届出数よりはかなり少ない施設となっている。


その産科医療補償制度のホームページには、2012年4月3日現在の日本助産師会からの報告に基づいた加入数が掲載されています。
http://www.sanka-hp.jcqhc.or.jp/search/kanyujokyo.php
加入分娩機関の助産所数は、440ヶ所ということです。
「加入率100%」とありますが、これは必ずしも分娩を請け負っている助産所が100%把握されているという意味かどうかはわかりません。
それでも今後は、この産科医療補償制度のホームページで分娩を取り扱う助産所のおおよその数は把握できるようになりました。


ただし、分娩を取り扱わない助産所数を合わせた正確な統計は、どこで見ることができるのか確認できていません。


<各都道府県別の分娩を取り扱う助産所数>


上記の産科医療補償制度のホームページには、都道府県別の分娩を取り扱う助産所数が掲載されています。
分娩を取り扱う助産所(出張も含めて)がゼロの県が3県あります。
それに対して、埼玉(33)、東京(54)、神奈川(39)と首都圏のこの1都2県だけで全国の分娩を取り扱う助産所の28%を占めています。


また分娩を取り扱う助産所が10ヶ所以上ある府県は、北海道(10)、千葉(21)、長野(17)、静岡(19)、愛知(21)、京都(11)、大阪(28)、兵庫(21)、和歌山(10)、福岡(16)の1道2府6県で、全国の37%を占めています。


分娩を取り扱う助産所が10ヶ所以上ある自治体は12都道府県しかなく、分娩を取り扱う助産所全体の55%が主に首都圏や政令都市などのある自治体に偏在しているようです。


助産所の分娩数>


では実際に、どれくらいの分娩が有床助産所や出張による自宅分娩で行われているのでしょうか。
手元にある日本助産師会が2009年に集計した「平成20年1月〜12月 全国分娩件数および転院件数集計について」を参照します。
2008年の統計ですが、この時点での助産所数は427ヶ所なので、産科医療補償制度のホームページに掲載されている全国の加入助産所数と大きな差はないという前提で、見ていきたいと思います。


2008年の1年間で、有床助産所と出張による自宅分娩を合わせた助産所での分娩総数は10,865件です。
ちなみに2008年の出生数は109万2000人ですから、約1%が助産所で出生しています。


このうちオープンシステム(医療機関の分娩施設を借りて開業助産師が分娩介助すること)を含めた「助産所内分娩」は9,404件、自宅での「出張分娩」いわゆる自宅分娩は1,461件です。


最も多い県は神奈川県で2,032(うち出張分娩は286)、次いで東京1,809(338)、大阪951(81)、愛知747(58)、埼玉642(110)、兵庫462(22)、静岡434(17)、千葉391(62)、福岡324(57)、大分257(10)、茨城272(38)、以上の11都府県が助産所での年間分娩数が200件以上の自治体です。


年間分娩数が100以上200未満の自治体は、和歌山198(8)、長野174(50)、岡山173(14)、奈良163(14)、北海道160(87)、宮崎156(0)、香川153(13)、京都119(8)、宮城117(13)、滋賀110(19)、鹿児島107(1)、以上の11道府県です。


助産所での年間分娩件数が少ない自治体は、佐賀1(出張1)、岩手3(1)、鳥取10(3)、富山11(11)、群馬16(1)、沖縄19(13)、熊本20(20)、長崎21(16)、愛媛28(3)、新潟37(6)、広島41(32)で、年間分娩件数50件未満です。


赤字で強調しているのは、出張分娩が多い印象の自治体です。
富山や熊本では助産所の全分娩が自宅分娩ということと、北海道が意外に自宅分娩が多いことは興味深いです。


助産所での分娩数をどうみるか>


神奈川、東京、埼玉、千葉の1都3県だけで4,972件、全国の助産所での分娩の45%を占めていることになります。


助産所で扱う分娩の割合が全体から見て大きいのか小さいのかは、この記事を読んでもわかりにくいのではないかと思います。
たとえば私の勤務している地域には、年間数百件以上の分娩を取り扱う診療所(ベッド数20床未満の産院)が2ヶ所、年間300件前後の診療所が1ヶ所あります。おおざっぱな計算ですが、この3ヶ所だけで近隣の人口50万人ぐらいの地域の分娩を取り扱っていることになります。


一次施設の診療所ですから、基本はローリスクの妊産婦さんを対象にしています。
分娩途中で医療介入が必要になれば、吸引分娩や帝王切開まで対応しています。それ以上の高度な治療が必要であれば、周産期センターへの搬送、転院になります。
3ヶ所をあわせておよそ年間1,500〜1,600件ぐらいとして、大阪と愛知県の助産所の分娩数をあわせた数に相当する出産に対応していることになります。


大学病院や周産期センターを有するような総合病院であれば何十人もの助産師が勤務していますが、ローリスクを扱う診療所では数人の助産師というところが多いのではないでしょうか。助産師を募集しているところもたくさんあります。
日本全体の周産期医療の中で限られた専門職を有効に活用するためには、開業して分娩を取り扱うことよりも助産師を集約したほうが、より多くの分娩に対応できることは明らかだと思います。


有床助産所と出張助産所での助産師の分娩取り扱い数の全体像を知る情報源がほとんどないのですが、開業助産師のHPなどからの情報からの印象では、ローリスク(しかも経産婦さん)を対象に月2〜3件ぐらいに制限しているところも多いようです。
特に自宅分娩を扱う出張助産所の場合には同時進行の分娩があってはいけないので、分娩時期が重ならないように予約件数を抑える必要があります。
また、最近は原則複数の助産師が対応するようになってきています。
そうなると一人当たりの分娩経験数は、どうしても少なくならざるを得ません。


助産所のメリットはひとりひとりにゆっくりと関われるということでそれは否定しませんが、日本全体の分娩数からのバランスで考えるとゆっくり関わりたいけれどそうはしていられないというのが現状だと思います。


次回は、分娩を扱っていない開業について考えてみたいと思います。




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