助産師の「開業権」とは何か  7  <乳房マッサージの歴史>

<乳房マッサージはいつから開業助産所で行われているのか>


タイトルに「乳房マッサージの歴史」と大仰な表現を入れましたが、正直なところいつからどのように助産師の中で行われているのかは勉強不足でよくわかりません。


1980年代に出版された桶谷式乳房マッサージの創始者桶谷そとみ氏の自叙伝の中で、戦後母乳不足のお母さんたちのために痛くない乳房マッサージを考え広げようとしたときに、あん摩マッサージ師から「マッサージという名称を用いてはならない」と抗議されたこと、そのため彼女自身がマッサージ師の資格をとって桶谷式の乳房マッサージを始めたことが書かれていたと記憶しています。


乳房マッサージで検索すると、開業助産所だけでなく鍼灸師あん摩マッサージ指圧師のサイトで乳房マッサージを掲げているところもあります。
何の本で読んだかも記憶にないのですが、昔は乳房マッサージというと男性のマッサージ師に依頼したという話を読んだこともあります。


法的には、助産師よりもこうしたあん摩マッサージ師のほうが正統性があるということになります。


前回の記事の中で紹介した「助産婦が乳房マッサージを業とすることについて」の通達が昭和35年に出されているのは、あん摩マッサージ師と開業助産婦間の業務をめぐる議論に法的な決着をつけたということではないかと理解しています。


<開業助産所と乳房マッサージ>


助産師の乳房マッサージにはいろいろな方法がありますが、一般的には桶谷式のマッサージが有名かと思います。
その桶谷式乳房マッサージを全国に広げたとして、武田一子氏という助産師の自費出版の自叙伝の内容紹介を引用します。


「おっぱい先生から100万人のお母さんへ」
武田一子著
幻冬社ルネッサンス
http://www.gentosha-r.com/products/9784779005138

「どんなおっぱいでも母乳は出る」と断言するカリスマ・助産師武田一子の半生を綴った自叙伝。
愛知県江南市助産師の母親とともに助産院を開業し、妊産婦の絶大の信頼を得ていた武田は、戦後のベビーブームをピークに、将来的には開業助産院での出産から病院での出産に切り替わるであろうことをいち早く予見した。助産師の仕事がなくなることへの危機感を持った武田は全国の助産師のために立ち上がり、遂に決め手を見つける
桶谷式乳房マッサージを助産師のひとつに加えれば、お母さんたちは助産師のもとを訪れるにちがいない。その桶谷式手技の創始者の方法とは、どんなに母乳が出ない乳房であっても、やさしくしかも痛みを伴わずに母乳を出すことができた。
これならお母さんたちを救うことができ、助産師の活路にもできると確信を得た武田は25年やっていた助産院を廃業し、桶谷式手技の普及に専念することに決める。母乳育児で母と子の絆を堅固なものとするため、助産師の未来のために、ここから武田の新たな闘いが始まった。


本は購入していませんが、今回はこの内容紹介の部分で考えてみたいと思います。


前述の助産師の乳房マッサージに関する通達が出された昭和35年、1960年というとちょうどこの武田氏が当時開業助産婦の存続の危機を強く感じた時期と重なります。
おそらく、全国の開業助産婦にとってはこの時期急激に分娩が医療機関で行われるようになり、開業の危機をどうするか本当に死活問題であったことでしょう。

その時代の助産婦は、戦後の保健婦助産婦看護婦法(当時)によって看護婦資格を有する新しい助産婦が次々と働き始める中で、旧法による産婆助産婦の資格だけの助産婦もいました。


開業での分娩が少なくなる中で、病院で働くことを選択する助産婦もいたでしょうが、「助産婦は医師の指示の下に働く看護婦とは違う」という意識が現代以上に強く助産婦の中にあったことは想像に難くないので、なんとか開業助産所を継続させようという動きが、乳房マッサージに「活路」を見出し、助産師による乳房マッサージの法的根拠のための通達が出されるまでに至ったのだと推測します。


つまり上記の内容紹介の文中の「助産師」の部分はすべて、「開業助産師」に置き換えることが可能です。
分娩が病院で行われるようになっても、「助産師の仕事がなくなる」わけではありませんし、ちゃんと「未来」もあります。


助産師が開業することはもちろん法的に認められていることですし、乳房管理に関して独自の方法を試みる自由ももちろん守られるべきだと思っています。
そして、開業助産所の母乳相談で「救われた」お母さんたちがいらっしゃることも否定しません。


ただし、やはり上記のような「開業へのこだわり」や独自の理論を不十分な検証のままに有効性だけを主張することは、社会全体をみるとデメリットや弊害の部分もあります。
その意味で、乳房マッサージに対しては「代替療法」のタグをつけました。


特に、産褥2ヶ月以降の授乳をしている女性に対する乳房マッサージの効果は何か、マッサージをしなくても授乳相談や育児相談は可能ではないかなど、助産師の中での検証や一般化が進んでいない部分だと思います。
また医療機関での「母乳外来」を推進すれば、そうした知識や技術をお母さんたちへより安い経済的負担で提供することができるのではないかと考えています。「異常」である乳腺炎にも、医療機関なら医師と共に対応できます。


もちろんそれは、現在の母乳相談という開業助産所の業務は再度、死活問題に直面することになります。
けれども助産師の最終的な受益者は誰であり、業務の目的というのは何でしょうか。
それはお母さんや赤ちゃんたちであって、自分たちの生業を死守することではないはずです。


助産師の開業へのこだわりや未検証の独自の理論や方法論の多さの社会的弊害について、徐々に考えていきたいと思います。






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