助産師の「開業権」とは何か 9  <更年期相談>

時代の変化、医療の進歩によって看護業務の内容も範疇も格段に増えました。
看護職としてどこまでが業務として許されているのか、法的根拠というのはなかなか明確にできない部分があります。


たとえば、ちょうど10年前の2002年(平成14年)、厚労省医政局長通知によって「看護師等による静脈注射は診療補助行為の範疇である」という法的解釈の変更がありました。


それまでは1951年(昭和26年)の通達の「静脈注射は医師が行うべきであるから、看護職が行った場合、医師法第17条に違反する」という法的解釈が表向きにはありましたが、実際の臨床の現場、特に国公立病院や大学病院を除く一般の市中病院では看護師が静脈注射を行うのは常態化していました。
そうしなければ臨床では医師も看護師も、患者さんへの治療を完遂できないほどに静脈注射による与薬が増えたからです。


このように医療の現場では、法的にはグレーあるいは黒だけれども現実の必要性から法的解釈があとで遅れて変更されていくことがあります。


前置きが長くなりましたが、最近の開業の助産業務に含まれている「更年期相談」の法的解釈、現実的な必要性はどうか、考えてみたいと思います。


<更年期相談の法的根拠は?>


日本助産師会のHPに「子育て女性健康支援センター」についての説明があります。
http://www.midwife.or.jp/general/consultation.html

少子化核家族化、そして家族や近隣の人間関係の希薄化に関連する母親の育児不安、子どもの虐待などが日本の母子保健をめぐる社会問題として取り上げられている。
このような状況の中、主にお産や子育てについての相談を必要とする女性の支援のため、社団法人日本助産師会では平成10年に、社会福祉・医療事業団の「子育て支援基金」の助成を受けて、子育て不安解消、虐待防止のためのモデル事業として本会支部10ヶ所に「子育て・女性健康支援センター」を開設しました。以来、暫時支援センターを増設し、現在47ヶ所で無料電話相談を実施しています。
相談内容も、お産や子育てに関することだけではなく、不妊や家族計画、婦人科の病気のことなども含む、思春期から更年期にいたるまでの女性の健康全般にわたる相談に対応しています。


お産や子育て、そして家族計画は助産師の保健指導の業務です。
けれども、「不妊、婦人科の病気などを含む思春期から更年期にいたるまでの女性の健康全般にわたる健康相談」は、医師の指示の下以外には、日本の助産師に許された単独でできる業務ではないはずです。
なぜそれが含まれているのでしょうか。


助産師教育ニュースレター 3 <世界に追いつけ> - ふぃっしゅ in the waterで、助産師の一部で「医師のいない場での分娩介助」を強く推し進めようとしている理由にICM(国際助産師連盟)の動きを重視しているからではないかということを書きましたが、
突如として「思春期」「更年期」を助産師の業務に組み込もうとするこの動きもまたICMの動きを意識したのではないかと思います。


ICM(国際助産師連盟)が2005年に改訂した「助産師の定義」を抜粋します。
(「助産師業務要覧」p.3)

助産師は、女性のためだけではなく、家族及び地域に対しても健康に関する相談と教育に重要な役割を持っている。この業務は、産前教育、親になる準備を含み、さらに、女性の健康、性と生殖に関する健康、育児におよぶ。

そしてこの2005年の定義の改訂における主要な5項目のうちのひとつとして、「家族やコミュニティを対象とした助産師の業務は、女性の健康、セクシャルヘルス、リプロダクティブヘルスへと拡大している。」としています。


けれども「助産師の定義」の冒頭には、以下のように書かれています。

助産師とは、その国において正規に認可された助産師教育課程に正規に入学し、助産学の所定の科目を履修したもので、助産業務を行うために登録され、また/あるいは法律に基づく免許を得るために必要な資格を取得したものである。

何度も書きますが、日本の助産師に法的に認められている業務は「助産又は妊婦、じょく婦若しくは新生児の保健指導を行うことを業とする」です。
日本ではそれ以上でもそれ以下でもないのです。
専門職が少なくて助産師がコミュニティの健康全般まで責任を持つ途上国などとは状況が異なるのです。


助産師は看護師資格もあるので助産だけでなく広く産婦人科看護の知識や経験があったとしても、その場合に思春期や不妊、更年期の女性に対する相談や保健指導というのは「医師の指示のもと」に行われるものです。
助産師が医師の監督下にない組織の中で、このような相談事業を行うことは認められないのではないかと思います。


<どのような「相談」が実際に行われているのか>


日本助産師会のHPには「Happy いきいきLife 更年期女性のための講座」というのがありました。
それ以外の助産所でどのような「更年期相談」が行われているのか見てみました。

「女性のライフサイクルにあった看護の提供を行い、保健指導を実施する」
「講演 いきいき更年期、更年期のマイナートラブル」
「思春期〜更年期の悩み」
「更年期を迎える方などの心と身体の健康度を高めるためのワークショップ」
「専門医の受診の前に話を聞いてもらいたいという方の更年期相談」
「おんなのからだ」の専門家である助産師(による相談)

具体的な内容はほとんどわかりませんでしたが、精神論的なものやアロマ、ハーブティ、サプリメントの販売などもありました。
また桶谷式乳房マッサージでは「更年期症状の緩和」を掲げていました。


相談料は個人開業でも無料のところから3,000円ぐらいまでとさまざまでした。



<更年期に対する看護教育の実際>


更年期の女性に対する看護や保健指導に関する教育というのは、まだまだ体系化されていないのが現状です。

「更年期相談室における更年期のヘルスケア」(静岡県立大学短期学部 看護教授 河端恵美子、2009)という論文の中にも以下のように書かれています。
http://www.menopause-aging.org/reading/2009/2009vol8_05.pdf

しかし、更年期女性が、更年期に関する正しい情報が得られ、相談者に応じた対処法が得られる相談場所を探しても、そのような施設や相談できるところは、現在のところは少ないのが現状である。それは、医療専門職であっても、その教育カリキュラムにおける更年期領域の占める割合はわずかで、基本的な更年期の教育がなされておらず、さらに卒後においても、更年期分野に関心を持つ専門家は少ないためである。


<開業助産所での更年期相談事業の問題点>


「自然なお産」「医療介入の少ないお産」をうたっている助産所が更年期にどのように関わるのかといえば、結果は見えています。
代替療法を勧めている助産所も実際にあります。


更年期の症状には、早期発見早期治療が必要な重大な疾患が隠れていることもあります。
代替療法や精神論を勧めることで、適切な受診の機会を遅らせる可能性もあります。
根拠のない方法で対応したことの責任はとれるでしょうか?


冒頭の看護職の業務と法的解釈のように、現在は助産師の業務の法的な範囲を超えてでも早急に更年期女性に対する相談事業を進めていくような社会の必要性が本当にあるのでしょうか?
あったとしても、婦人科で働く看護師さんのほうがよほど実務経験があります。


更年期相談に関して専門的に教育を受けているわけでもなく相談事業のための研修システムもない現段階で、助産師が単独でおこなうような事業ではなく、更年期相談は医師、薬剤師、保健師、看護師などチーム医療の中で進める必要があることでしょう。
日本助産師会は、このような連携の準備をしてきたのでしょうか?



また分娩に関しては「正常」にこだわり「助産師には看護師の資格は必要がないからダイレクトエントリーを」と強調してきたのに、なぜ更年期に関しては「助産師」を全面にだして関わろうとするのでしょうか?
全ての女性を対象にするのであれば、全ての異常経過の妊娠・分娩時のケアも助産師にとっては大切な仕事です。
でも病院ですべての妊産婦さんを対象に働く助産師を、「自律していない」「医師の指示のもとに働くサラリーマン」と批判してきた姿勢との整合性はあるのでしょうか。


より専門的な知識が求められているこの時代に、あえて手を広げようとする助産師の世界、というより一部の助産師たちは何を求めているのでしょうか。
ここにもまた、開業を死守しようとする姿勢が優先されているのではないでしょうか。





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