助産師の「開業権」とは何か 10  <母乳相談の功罪>

助産婦学校を卒業した当時は開業することもいいなと思っていましたが、たくさんの妊産婦さんや新生児と接するうちに独立して開業することはあり得ないと思うようになりました。
心のどこかにはまだ開業への思いは残っていたのだとは思いますが、分娩で開業することはあり得ないと思うようになりました。


そんな私にも、「開業するかどうか」が現実味を持った時があります。
それは知人の保健師さんから母乳相談での開業届けを出すことを勧められた時でした。
1990年代半ば、病院勤務ですでに10年ぐらいの経験の中で、母乳支援の方法もそれなりに対応できるようになってきた頃でした。



なぜその保健師が私に開業を勧めたかというと、保健センターの保健師が対応に苦慮するような母乳に悩むお母さんをフォローして欲しいということだったようです。


時代はそれまでの母子別室、ミルクを足しての規則授乳から、母子同室で母乳を中心にした自律授乳の時代へと変りだした時代で、産院での母乳支援もまだまだ今以上に混乱し、方法も確立していない時代でした。


退院後のフォローを十分にできていない病院・産院も多く、退院後に母乳の授乳や育児に悩むお母さんたちは、雑誌や口コミでの情報で地域の開業助産所を訪れていました。
もちろん、そこで適切な方法を受けて良かった方がたくさんいらっしゃると思います。病院・産院でフォローし切れていいなかったお母さんたちの受け入れ皿としての機能は大きいものがあります。


ところが問題点もたくさんありました。
厳しい食事指導や授乳方法、それは「自然な育児」「母乳だけ」ということに価値観が強いためにお母さんたちを追い詰めることもありました。
保健師が対応に苦慮するような」というのは、そのような追い詰められたお母さんたちが主でした。


<開業助産師による母乳相談の「功」の部分>


地域の開業助産師による母乳相談の「功罪」については、病院に勤務していても感じるところはありました。
「功」の部分としては、以下のようなことがあると思います。
1.現実に多くの病院や診療所では全ての母乳相談に応じきれていないので、実際には地域に受け皿として大事な仕事をしていると思います。
2.病院や診療所での母乳相談は専任のスタッフを確保することが難しく、他の業務の合間に行われていることが多い傾向があるのではないかと思います。その点、たとえひとりあたり30分ぐらいだとしても開業助産所では予約制で、ゆっくりとかかわることができてよいと思います。


<開業助産師による「罪」の部分>


「罪」と書くと言葉が過ぎるように思いますので、デメリットぐらいに置き換えて読んでいただければと思います。


1.助産師の中で方法論が議論も検証もされるシステムがないままに、それぞれの考え方が広がりやすい。


「乳房マッサージは不要」という声はずっとあるし、実際にマッサージをしなくても問題解決している施設もあると思いますが、そのこと自体を議論しようとする姿勢が助産師の中にさえない状態です。
さらに「○○式」と一見理論化体系化されているようでも未検証の方法が、独自の認定資格制度とともに助産師の中に広がってしまったことです。
そうした母乳相談の中での「権威化」が、助産師同士の中で方法論を議論し一般化、標準化することを妨げてきたといえます。


2.根拠のない方法やアドバイスが未検証のままに広がりやすい。


20年以上にわたって小児科学会が「舌小帯切除は不要」としてきているのに、いまだに一部の開業助産師が勧めています。
「よいおっぱい」あるいは「アレルギー予防」のためにと根拠のない授乳中の厳しい食事指導が、今も続けられています。
ハーブティその他「母乳分泌に効果がある」と勧められているもののほとんどが効果が未検証の健康食品や民間療法にすぎないものですが、助産師が勧めてしまっています。
あるいは「母乳で育てればいい子になる」それに対して「ミルクで育った子は・・・」という根拠のない比較をすることで、母乳相談に通い続けるお母さんたちを産み出しているのも現実です。
対応に苦慮するような追い詰められたお母さんたちが、現実にいらっしゃいます。
多くの方は少しのアドバイスと手助けで授乳のトラブルや悩みを解決できるので、こうした少数のケースはなかなか表面だった問題になりにくいのですが、この全体から見たら極々少数でも追い詰められるお母さんたちこそ助産師が責任を持って対応しなければいけないことだと思います。
そういうお母さんたちが病院や保健センターにSOSを出している事実を、開業助産師さんたちは問題として認識されているのでしょうか?


3.子育て中の家族にとって高額の相談料


1回の乳房マッサージ、あるいは母乳相談が初回6,000円、次回から3,000〜5,000円などの料金設定の基準はどのように判断されているのかわかりませんが、病院での母乳外来(無料〜3,000円ぐらいまで)と比較しても高額だと思います。
この点、開業助産師の中ではどのように認識されているのでしょうか。


4.「通い続ける」「依存する」傾向をうみやすい


時々、地域の母乳相談室に通いつつ、うちのクリニックにも相談にいらっしゃる方がいます。
1歳近くになっても毎週のように乳房マッサージに通っている方もいます。
そこそこ母乳も問題ないのに、通わないと不安になるようです。あるいは、卒乳まで「きちんと専門家に見てもらわないと母乳栄養はつづけられないもの」と自らハードルを高くして通い続けていらっしゃるような印象です。


何よりも、目の前の赤ちゃんはすでに日々どんどんと新たな行動に挑戦して世界を広げているのに、お母さん自身が母乳のことを考え続けて時間を費やしてしまっているのはもったいないなぁと、個人的には思います。


また初産の時はいろいろとトラブルも出やすいのですが、経産婦さんは最初から順調にいくことがほとんどです。
でも初産の時に母乳相談に通っていた方は、退院時に全然問題がなくても母乳相談に通い始める方がいらっしゃいます。


たとえば私のクリニックでの対応方法では、「ミルクを減らしていきたい」という相談に対しても1〜2回ぐらいの来院、電話相談ぐらいで済むことが多いです。
その理由は「完全母乳」をゴールにしていないからです。
もちろん母乳だけにできる方もいますので、その場合にはサポートしています。
また月齢によっては急にミルクを受け付けなくなって、結果的に母乳だけになることもあります。
でも、ミルクを使用することに対して罪悪感を感じないようなアドバイスを大事にしています。

お母さんたちが自分で考え、悩み、自分で生活のペースにあった方法を選択すればそれを尊重する、というスタンスは大事だと思います。
「産む人のお産の主体性」と助産師はよくいうのに、なぜ「育てる人の授乳方法の主体性」を強調しないのでしょうか。


助産師のかかわり方次第でも、母乳相談の需要を減らすことは可能だと考えています。


5.病院批判をすることで自らの正当性を確保しようとする傾向がある


「功」の部分で書いたように、母乳外来のような体制が遅れているのは事実です。
ただし、実際にどれくらいの病院・診療所でフォローできていないのか、具体的な統計というのを見たことがないので私にもわかりません。
私自身は今まで働いてきた全ての施設はそれほど規模の大きい病院ではなかったですが、必ずフォローをしていました。


でも母乳相談をしている開業助産所のHPを読むと、「病院ではみてくれない」「ミルクを足して母乳のあげ方を教えてあげない」などけっこう批判が掲載されているところがあるので悲しくなります。
病院での分娩に対する批判と同じですね。


出生直後から退院までの数日間というのは新生児もどんどん変化するし、お母さんのおっぱいも張りやすい時期なのでなかなか順調にいかない時期です。
だいたい2〜3週間ぐらいで、赤ちゃんも安定してよく吸うようになったり、おっぱいも張りが取れてトラブルも少なくなる時期です。
それまでは母乳だけで足りないわけではないけれど、ミルクも足しながら無理をしないで待つことも必要になります。


退院後に母乳で悩んだお母さんたちが母乳相談にたどり着くのは、だいたいそういう時期なのです。


だからこそ、お母さんと赤ちゃんにとってより効果的な授乳支援のために助産師として言えることは、病院批判ではなく、生後2〜3週間頃に出産した施設で授乳相談をフォローできるような体制を作りましょう!そのためのスタッフを確保しましょう!ということではないかと思うのです。
しかも経済的負担もできるだけ少なく、全国の助産師の経験と技術をできるだけ一般化した共通の方法を提供しましょう!ということが大事ではないでしょうか?


地域の母乳相談や新生児訪問でいろいろな病院の指導方法を見る機会があると、効果的な方法も見えるし、逆にそこまでしなくても大丈夫なのにということも見えてくるはずです。
そうした逆方向からのアドバイスを病院へとフィードバックしてくれたら、お母さんたちにとってよりよい授乳支援のシステム作りになることでしょう。


でも、どうしても「手の内は見せずに病院批判をする」ように見えてしまいます。
病院での母乳外来のフォロー体制が充実したら、助産師の開業は再び死活問題になる、そこに理由があるように思えてなりません。


<なぜ開業を選ばなかったか>


病院勤務をしながらでも開業届けを出して、すぐにでも母乳相談をすることができます。
なぜ開業をしなかったか。
それは、助産師内部でもほとんどといってよいほど母乳相談の部分は一般化が遅れている部分だからです。
私自身の経験の積み重ねによってそこそこのアドバイスは可能です。
最初は直接吸いつけなかったような場合でも、1ヶ月前後で直母にできるようにもサポートしています。
(なので「乳頭混乱」ではないと考えています)
痛くないように搾乳介助し、初期の乳腺炎にも勤務先では対応しています。
でもそれは、私自身の「個人的体験」に基づく方法でしかないわけです。
本当に有効であったのか、よりよい方法がほかにあったのではないかなど、検証できていません。


さらにお産が一人一人違うように、母乳栄養や授乳方法の経過もひとりひとりのお母さん、そして赤ちゃんによっても違います。
いまだに「これが正解」といえるアドバイスはなく、「一緒に考えていきましょう」の姿勢以外にはないと思っています。


だから私は、母乳相談で1回数千円もの相談料をいただくことはできないと思ったことが一番の理由です。





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