助産師の歴史 2  <幻の「助産師法案」 1>

幻の「助産師法案」、現在の助産師に関する何か法案があったのでしょうか?
いえいえ、昭和12年(1937年)に出された法案のようです。


まずはその「助産師法」第十一条を引用します。

助産師法>
第十一条
助産師ハ妊婦、産婦、褥婦又ハ胎児、初生児ニ対シ外科手術ヲ行ヒ産科機械ヲ用ヰ薬品ヲ授与シ又ハ之ガ指示ヲ成スコトヲ得ズ、但シ消毒ヲ行ヒ臍帯ヲ切リ浣腸ヲ施ス類ハ此ノ限リニ在ラズ。
助産師ニシテ命令ノ定ムル所ニ拠リ特別ノ講習ヲ受ケ地方長官ノ認定ヲ得タル者ハ救急ノ手当テトシテ助産ニ必要ナル皮下注射(強心剤、止血剤、陣痛促進剤ノ注射)側方切開術及ビ初生児仮死蘇生剤注射ヲ施スコトヲ得
[日本助産医学会]


当時の「助産師法」についてはまた改めて考えてみたいと思いますが、今回上記の部分を目にしたのは、2010年10月に発行された「産科と婦人科」(診断と治療社)の「特集 産科医と助産師との連携はどこまでできる」の中でした。


助産師の歴史を振り返るという文脈ではなく、あくまでも現在の助産師のためにこの幻の法案を紹介したいという意図のようです。


日本助産師会の岡本喜代子氏の寄稿文の中に以下のように書かれています。

4.幻の「助産師法案」
昭和6年頃から昭和13年頃に産婆と産科医との業務分担を明確にし、産婆の業務を拡大していこうとする時期があった。
特に、昭和12年に日本助産医学会は議員立法としてこの「助産師法案」が提案した、内容的に表1(*)のように業務拡大につながる画期的なものであった。数次にわたって衆議院を通過しながら成立せず、幻の法案として消えていった。
 あれから73年が経つが、いまだに業務拡大はなされておらず、分娩時の緊急時の対応等の助産師業務の拡大は、現在の助産師にとって大きな課題である

「表1(*)」とは、一番最初に引用した助産師法案第十一条のこと。


さらに、最後の部分では以下のように書かれています。

一口メモ
 幻の助産師法案が70年前にすでに業務拡大に触れられ(検討され)ていたことが、70年後の現在も、まだこれからの将来に向かっての課題であることに大きなとまどいを覚えた。緊急時の臨時応急の手当ては当然、医師の指示なく実施しなければならない事項と考える。
この他、ビタミンK2投与、(新生児)点眼剤の投与、先天代謝検査、貧血等の血液検査も、今後指示なく実施できる項目と考えられる。


<誰にとっての大きな課題なのか>


いやはや、こちらこそこの記事を読んで大きなとまどいを覚えました。



「臨時応急の手当て」は当然、医師のいない場所での処置になるわけですから、幻の法案としてあえて現代のこの時期に持ち出してくることは誰のためなのでしょうか。
「現在の助産師の課題」ではなく、「現在の開業助産師の課題」ときちんと明確にして欲しいものです。


自らの資格の限界、自らの能力の限界をわきまえていれば、医師の診断・治療の知識や技術に対する尊敬は当然のことだと思います。
主従の関係では決してなく、目の前の緊急の対応が必要な産婦さんや新生児にとって何が一番良いか、考えたら当然のことです。


産科救急を日常的に経験している助産師なら、とてもとても自分ひとりで「臨時応急の手当て」をしたいとは考えないことでしょう。
たとえ自立していないとどこからか言われようと、産科救急時には診療の補助役に徹して、的確な技術で、スタッフ全員の力で救命にあたることこそ現代の助産師の仕事だと考えています。


70年前に比べて、救命救急の技術も、緊急時の医療へのアクセスも天と地の差ほどになりました。
病院や診療所でも対応しきれないほどの救命救急には、高次の周産期医療センターへの搬送も可能になりました。
そんな現代に、助産師が自らの判断で「強心剤、止血剤、陣痛促進剤を注射」したり、「側切開」や「新生児に蘇生のための注射」をすることを前提として働くことは無謀すぎる話です。


それを産科医不足の今、助産師の活用こそ大事と「幻の法案」として持ち出し、「開業を守りたい一部、しかも助産師の中ではごくごく一部の助産師」であることは出さずに助産師全体の話にすりかえるのはおかしいと思います。


それにしても、助産師会がホメオパシーの研修を開催してきたことで起きたビタミンK2シロップ未投与の「事件」が起きた直後に、その同じ年の雑誌にさらっと「ビタミンK2投与、・・・・今後指示なく実施できる項目と考えられる。」と業務拡大に話をすりかえて書いてしまうところが何とも。


助産師の業界の動きに「品がない」と感じるのは、そんなところです。




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