ダナ・ラファエル氏の「母親の英知 母乳哺育の医療人類学」(小林登監訳、医学書院、1991年)の本に戻ります。
最終章「8章 母なる英知」では、ラファエル氏はフィールドワークを通して以下のようにまとめています。
適切な支援、十分な食糧、母乳が強制されないこと、この3条件が備われば母親がどんな文化圏にいようと、母乳哺育が可能なのです。
またさらに、母乳哺育の成功の鍵は、授乳時間にあまりこだわらないことだということも観察を通してわかりました。
そしてこの場合の「母乳哺育の成功」というのは、「母乳以外に何も与えないで育てること」を意味しているということではないことも調査を通して見えてきたことを書いています。
これはとても大事なことだと思いますので、引用部分が多くなりますが紹介します。
母乳哺育をする場合は短くて半年、長くて1年、母乳だけで十分で何も補充食をあげなくてもよいという見解が、最近に至るまで医療関係者の間で信じられてきましたが、これが間違いであることは明らかです。
私たちはまだまだ母親を完全に理解しているわけではないし、ましてあれやこれや指示できるはずがありません。
当局も2派に分かれていて、一方は赤ちゃんを丈夫にするには、生後3ヵ月で補充食を食べさせなければと言い(Ghosh 1981, Waterlow 1981)、他方は丈夫にすることはともかく、環境汚染や下痢から守る意味で大事をとって、生後6ヵ月までは母乳だけのほうが良いといいます(Habte 19829)。
日本では、2007年に厚生労働省から「授乳・離乳の支援ガイド」がだされて、それまで離乳準備として3ヶ月頃から果汁などを与えていたことはやめて「半年ぐらいまでは母乳かミルクだけでよい」という方向になりました。
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/03/dl/s0314-17.pdf
ところが、私たちが調査に着手し、調査員がノートを取り始めた頃のことです。
伝統的文化社会に生きる母親が母乳を飲ませると同時に、わずか生後2週間という早い時期からいろんな食物を少しずつ子どもに食べさせ始めているのを知って、私たちは大変驚きました。
子どもが3〜4ヶ月ともなるとほとんどの村でとうもろこしや米、その他手に入るものは何でも使って、半がゆを作り食べさせていたのです。私たちの常識では、これはもっと後で与えるべきものと思っていたのです。
ここでは、生後1ヵ月から半年の赤ちゃんには母乳哺育をしながら補充食を食べさせる混合哺育が、普通でごく日常的な哺乳体制であるようです。
WHOとUNICEF(ユニセフ)が5年後に行った調査でも、ほとんどの文化圏で普通に見られるパターンはこれであるという報告がありました。
私のみるところ、世界の女性たちは生後何ヵ月になったらこれをしてという具合に暦通りにしたり、有名なカウンセラーの指示に従うことなどないようです。
彼女たちが至極当たり前のように母乳を飲ませ赤ちゃんが欲しがるままに母乳以外の食物も食べさせているうちに生後3ヵ月ともなると、赤ちゃんはどんどん食物を欲しがるようになります。
実際には3ヶ月に満たなくても母親の体調、情緒問題、活動レベル、時には水の摂取量、食欲の増減、子どもの急激な成長などを考慮して補充食をとりいれた方がよい場合はたくさんあります。
生後2〜3ヵ月になると早い赤ちゃんはよだれをたくさん出し始めて、親が食事をしていると身を乗り出して関心を示したりします。
そんな時に、ちょっとまだ早いかもしれないけれどと思いつつ自分の食べているものを細かくして与えた経験がある人もけっこういるのではないかと思います。
また3ヶ月ごろまでは母乳だったのに、急に母乳は嫌がりミルクなら好んで飲むようなることもあります。
<常時離乳している(Weaning is always)>
完全母乳ということばが出始めてから、私たちの多くは授乳期から離乳期というと母乳だけの時期が何ヶ月か続いて、それから少しずつミルクや他の食べ物を食べさせ始めるととらえていると思います。
もちろん、アレルギーの研究も進んできたのでその個人や月齢相応の消化能力にあった食品を与えることも大事だと思います。
ところが母乳だけを与える授乳期からある月齢になったら離乳期でというイメージが強いと、母乳だけで授乳をしていることろに、糖水であれ、Vk2シロップであれ母乳以外のものを与えるのは、まるで真っ白なキャンパスに何か色を落としてしまったかのように感じてしまいやすいのではないのでしょうか。
ましてや粉ミルクを与えることは、真っ白なキャンパスを黒で汚してしまったかのように・・・。
ところがさまざまな社会での母乳哺育の調査を通して、ラファエル氏は以下の結論に至ります。
問題の核心は調査を行う人々が母乳哺育をしている母親の実情をつかんでいないために、的外れの決定を下すことが多い点にあります。
「常時離乳している(Weaning is always)」こと、したがって実際に行われているのは母乳と補充食の混合哺育であることを知っていたのは当の母親だけだったわけです。
ラファエル氏は離乳の定義の難しさについて第2章で触れています。
辞書には、離乳とは人や動物の子が母親の乳から少しずつ他の食物に慣らせる行為とあります。
でも離乳というと、母親が母乳をやめさせようと決意した時にはじまる、と思っている人がけっこう多いのは残念なことです。
そこには徐々に始められるという観念はないわけです。
あるいは、母乳から粉ミルクに切り替える時に使う言葉だといったり、粉ミルクから固型食に替えるときに使うといったり、きわめてまちまちに使われています。
実際、離乳という言葉はひどく複雑であるとわかって、私たちは、母乳哺育研究センターの研究をしている間何度も定義のやりなおしをしなければなりませんでした。
この「離乳は常時行われている(Weaning is always)」というのは、粉ミルクが手に入らない社会であれば食物であって、日本であれば粉ミルクであったともいえると思います。
人類は完全母乳で育ててきた、あるいは完全母乳に近い形で育ててきたというのは、もしかしたら想像上のものでしかないのではないでしょうか。
だとすれば、実行可能かどうか根拠もないままに「完全母乳」を勧めていることになります。
離乳は常時行われてきたのではないか、そのような母親の選択はまさに英知あるものであることをラファエル氏は伝えたかったのだろうと思います。
「完全母乳という言葉を問い直す」まとめはこちら。