完全母乳という言葉を問い直す 17  <退院後のフォローがあればできるのか 4>

授乳時の乳頭痛もまた、お母さんたちが授乳がつらいと思う理由のひとつだと思います。


「深く吸いつかせる」というテクニックで改善することもあります。
ところがそういう考え方は、赤ちゃん側が浅く吸いたいことには対応してくれません。


乳頭痛で授乳をやめたいと思う方には、どんなアドバイスが良いのかいまだに悩み中です。


<どのような場合に乳頭痛が起きるのか>


授乳中のお母さんの側で見ていると、乳輪全体を深くくわえられるようにアドバイスするだけで痛みも傷もできなくなる場合もあります。
逆に言えば、そういう方は1〜2回お手伝いするだけで大丈夫な方です。



授乳前に乳輪・乳頭を柔らかくし、抱き方もくわえさせ方も気をつけているのに、毎回の授乳が苦痛になるような痛みがありしょっちゅう傷ができてしまう方がいます。


多くは初産婦さんです。前回書いたように、産後2〜3週間ぐらいで乳輪・乳頭がとても柔らかくなってくるのでそれまで待ってみるのもひとつの方法かと思います。


赤ちゃんのほうも、「退院後のフォローがあればできるのか 2」http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120530/1338333234に書いたような、退院時にまた体重増加期に入らず生後2〜3週間ぐらいまでに増加期に入るゆっくりタイプの赤ちゃんであることが多い印象です。


そういう赤ちゃんは、授乳時の様子をみていてもくちゅくちゅという浅い吸いかたが多く、射乳反射を起こしてぐびぐび飲むことが少ないのです。
射乳反射を起こしているときには、自然と赤ちゃんも乳輪まで巻き込むような吸いかたになり乳頭先端も口腔内の深くまで巻き込まれるため、痛みも傷もほとんどないのです。


ところがくちゅくちゅの浅い吸いかたの時にはどんなに深くくわえさせようと介助しても、赤ちゃんのほうで舌で押し出して浅めにしたり少しのけぞるような姿勢にして深く入れられることに抵抗しようとします。


浅い吸いかたになると乳首の先端が口腔内の途中で止まってしまい圧がかかるのか、とても痛みを感じたりすぐに傷ができてしまいます。


新生児はこの浅い吸いかたで30分でも1時間でもくちゅくちゅ吸っていますから、お母さんにしたら拷問のような時間です。
直接吸われることへの恐怖感がだんだんと強くなっていきます。


皆さん、自分の体のどこかをつねってみてください。
痛いですよね。
その痛みを30分、そして一日に何度も耐えなさいといわれたらどうでしょうか。
乳頭痛を抱えながら吸わせているお母さんというのは、なんと我慢強いのだろうと思います。
たとえ産後2〜3週間頃には改善する可能性があると言われても、気が遠くなるのではないでしょうか。


<精神的な逃げ道をつくること>


こういうお母さんの場合にも退院後は時々搾乳をして2〜3週間待つ方法を試していました。
柔らかくなればきっと痛みは少なくなるし、赤ちゃんも深い吸い方が多くなるからと励まして。


でもやはり痛い方、傷ができやすい方はいらっしゃるのです。
もうちょっと頑張れば、と励ますべきなのでしょうか?
乳房マッサージに定期的に通えば改善するのでしょうか?


週に1〜2回、自宅に伺っておっぱいマッサージをしてみたこともありました。
結果その直後は比較的痛みが少なくなる場合もあるのですが、持続的に効果があるわけでもないのです。


こういう方の場合、励ませば励ますほど、途中で母乳をやめてミルクに切り替えた場合の挫折感が大きくなってしまうのではないかと思うようになりました。
最近では、退院時に1ヶ月頃まで乳頭を柔らかくして授乳を試してみること、いつでも外来でフォローすることをお話した上で、もし痛みのために授乳をやめようと決めたら、その選択に自信をもって欲しいことを伝えておきます。
やってみなければわからないけれど、あまりに授乳が苦痛なほどの痛みであればそれだけで十分に頑張ったということなのだと思います。


そして二人目の出産の時には、早いうちから柔らかくなっていること、赤ちゃんも吸い方が深いことが多いのでトラブルは少ないこともお話しておきます。



<出産年齢が上がるということ>


最近「授乳がこんなに大変なことだとは思いませんでした」「産んだらおっぱいにすぐに吸いつくものだと思っていました」とおっしゃる方が増えてきました。


私が助産師になった1980年代後半は、まだ30歳でも「高年初産」と言われた時代でした。
出産する人の9割以上が20歳台でした。


10年ぐらい前から30代初産のかたがどんどん増えていきました。
それにともなって、授乳がスムーズにいくまで時間がかかる方が増えてきた印象があります。あくまでも印象ですが。



分娩もそうですが、やはり20歳前後の方の体の柔らかさというのはあります。
年齢とともに組織が硬くなっていくのはしかたがないことです。


乳腺も同じなのではないでしょうか。
20代前半の方の出産が大半を占めていた頃は、吸いつかせるのに苦労をした記憶が本当に少ないのです。
一見、短乳頭でもやわらかさが違うのでほとんど問題がありません。


周産期医療者側が「完全母乳」をゴールにすることは、こうした出産年齢の変化に対する現状分析が遅れているということではないかと私は考えています。




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