完全母乳という言葉を問い直す 18 <ミルクを足すことへのとまどい>

本の題名は忘れてしまったのですが、昔から多くの国で出生直後から数日ぐらいの新生児のぐずりをなんとかしようとしていたことを読んだ記憶があります。


砂糖水を布に染み込ませてしゃぶらせたり、ある国では胎便を早く出させることがよいものとして下剤の効果がある薬草を煮出したものを飲ませていたりしたようです。


「哺乳瓶のトリビアhttp://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120221では、江戸時代末期には哺乳瓶の原型に近いものが作られていたことを紹介しました。


生まれた瞬間から、新生児はひとりひとり泣き方も眠り方も、訴えることも皆違います。
おっぱいを吸って静かになる新生児もいれば、ずっと泣きっぱなしだったり浅い眠りでエネルギッシュに育っていく新生児もいます。
あるいはぐんぐん成長する日は赤ちゃんも不眠不休の夜もあるようです。


前者であれば、比較的育てやすく初産婦さんでも母乳だけでいけることも多いでしょう。
でも後者のような元気な赤ちゃんに一晩つきあっただけでも、本当に疲労困憊することでしょう。


おそらく、「足りない」だけではなく新生児や赤ちゃんというのはぐずり、あやす人の手をたくさん必要とすることにいつの時代も大人としては「なんとかしたい」と思わせる存在だったのかもしれません。
そしておっぱいさえも受けつけずにぐずることもあるから、それに代わるものを工夫してきたのではないでしょうか。


ミルクを少しでも足したら新生児に明らかに何か害があるのであれば、私たち産科関係者もできるかぎり母乳だけの授乳を勧める必要があります。
でも現在のところ、ミルクのメリットもありデメリットもあるぐらいのことではないかと思います。


「何も足さない」「哺乳ビンは使わない」にこだわらせることのほうが、母子双方への弊害がもしかすると大きいのではないかと心配です。



今日は私が十年ほど前に自治体の新生児訪問でであったお母さんのお話です。


<体重減少−13%>


そのお母さんは完全母子同室、母乳のみの方針の病院で出産されました。
退院時には赤ちゃんの体重減少は−10%以上でしたが、病院からは一日にミルクを20ml程度までにしてあとは頻回授乳をするように言われていました。


私が訪問したのは生後2週間ごろでしたが、体重は増えるどころか−13%にまでなっていました。
幸い赤ちゃんは何とか元気で、排尿回数もありました。


驚いたのは、そのお母さんは出産した病院の母乳外来に3〜4日ごとに通って「授乳指導」を受けていらっしゃるのです。
病院側からは頻回授乳と、相変わらず一日にミルクを20mlぐらいまでと言われていたそうです。
お母さんは、母乳が良く出るようになるというハーブティーを横に置いて、一日中おっぱいを吸わせている状況でした。
しかも産後の手伝いもない中で。


そのお母さんのそれまでの想いを受け止めつつ、やんわりとこの時期に体重が−13%で増加傾向にも入っていないのは赤ちゃんにとってはとても負担なのでもう少しミルクを足しましょうと説明しました。
そして、次回の母乳外来では新生児訪問でそのように言われたことも話してみてくださいね、とお伝えしました。


1週間後に再訪問しました。
体重は横ばいのままです。
お母さんはハーブティを横に、一日中赤ちゃんにおっぱいを吸わせていました。


新生児訪問というのは、お母さんにしてみればそれまで全く面識のない助産師が突然訪問するので、自分がしてきたことを否定されるような説明をされれば深く傷つきます。
まして出産した病院で授乳指導を受け続けているのであれば、混乱もします。
ですから、どんなに問題があるとわかっていても介入のタイミングも必要です。


「お母さんの体力も大変だから、もう少しミルクを使ってみてもいいかもしれませんね」ぐらいのことをお話して、その後のフォローを保健師さんにお願いしました。


当時は、まだ完全母乳による脱水、高ナトリウム血症についてのケース報告さえありませんでした。
今思い出しても、あの赤ちゃんは危険な状況だったと冷や汗が出ます。


そして、ミルクを使わないことにこだわりを持たせられたあのお母さんの気持ちは、その後どうなっているのでしょうか。
だれか、その気持ちを解きほぐしてくれる人に出会っていることを心から祈っています。


厳しすぎる授乳指導の弊害があるのではないかということについて、全国的な調査が必要ではないかと思います。



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