完全母乳という言葉を問い直す 23 <非常時と粉ミルク要望書>

東京医学社から出版されている「周産期医学」2012年3月号は、「東日本大震災と周産期」という特集号でした。


昨年の3月11日の東日本大震災と翌日の福島第一原子力発電所の事故は、被災地域の規模、地震津波そして原子力事故という被災状況の複雑かつ深刻さはまさに日本社会にとって未曾有の災害でした。


私の勤務する南関東でも、頻発する余震に緊急地震速報が鳴るたびに保育器を押さえ、入院中の方のベッドサイドへと駆けつけ、常に過緊張といってよい状況で働いていました。また、食糧・水の確保の心配、計画停電の可能性、周産期センターへの搬送はどうなるのだろうと心配が尽きませんでした。


津波陸の孤島と化した地域での出産や育児はどうなっているのだろう、緊急搬送はどうなっているのだろう、NICUの赤ちゃんたちはどうなっているのだろう。
なんとか日常生活を送ることができている私の地域でさえこんなに大変なのに、被災地の周産期医療はどうなっているのだろうと気になっていました。


特集では各県の状況がまとめられていましたが、NICUで激しい余震の中、人工呼吸器使用中の赤ちゃんの口元をおさえて保育器を支え、非常電源に切り替え、調乳用の水を確保したり、本当に読むだけでその場の緊迫した状況に息詰まる内容でした。
何十件もの緊急搬送や緊急帝王切開が行われていました。
そしてあの状況で、妊産婦さんや新生児は守られていました。


詳細な報告はないのですが、あの未曾有の大震災で少なくとも病院に入院していた新生児や、避難していた乳児が飢餓や脱水で死亡することはなかったのではないかと思います。


本当に、あの大震災で救援のために力を尽くされた方々には感謝の思いでいっぱいです。
そしてまた、あの状況で子どもたちを育ててくださった親御さんの智恵もすばらしいものだと思いました。


<被災時のミルク要望書>


この「周産期医学」の特集号で、少し気になる文章がありました。
日本未熟児新生児学会の報告の中に以下のように書かれています。

「新生児医療を担う医師から育児用調整粉乳配布をお願いします」という文章は、日頃母乳育児を推進している立場からはいかにもおかしな文章であったが、その時は全く気づかなかった。
少し出遅れたが、日本ラクテーション・コンサルタント協会のご尽力で、先進国における災害時の乳児栄養〜特に粉ミルク配布時の注意点について〜の広報も行うことができた。


「要望書 新生児医療を担う医師からのお願いです」は日本未熟児新生児学会と新生児医療連絡会から2011年3月17日付けで農林水産省宛に出されています。
http://jnanet.gr.jp/announce/announce20110317-1.pdf
「おかしな文章」とは何を指すのでしょうか?

本来、乳児は母親の母乳で育児するものです。しかし、このような有事において、母親の栄養環境、精神状態が著しく阻害された状態、あるいはそもそも母親との離別を余儀なくされた乳児にとって、ミルク(育児用粉乳、衛生的な飲料水、哺乳瓶もしくはカップを含む)は唯一の食糧です。
容易に栄養不良、脱水に陥る乳児にとってその不足は生命の危機に直結します。
16日現在、資料によりますと配布されたのは宮城県のみです。
被災地域全域に、至急配布をお願いいたします。


巨大地震津波原発事故で被災地の全貌を把握することが難しいことは、ニュースからも伝わってきました。道路も寸断され、インフラの復旧の見通しもたっていない時期だったと思います。


NICUに入院中の児のために冷凍搾乳のストックが使用されていたのだと思いますが、停電の不安、母親が搾乳を通常通りには持って来れない状況の中で、粉ミルクを周産期施設が確保したいと考えるのは当然のことではないかと思います。


非常時の未熟児・新生児の食糧としての粉ミルク確保と、日ごろの母乳育児推進とはなんら矛盾するものではない内容だと、私は思いましたが。


非常時の支援物資要望にまで、母乳育児推進を後退させているのではないかと思う小児科の先生方がいらっしゃる世の中になってしまったのかということが驚きであり、そういう流れは少し行き過ぎではないかと感じました。


次回からは、その日本ラクテーション・コンサルタント協会が出したメッセージも含めて、災害時あるいは非常時の乳児の食糧とはどう考えたらよいかについてしばらく書いてみようと思います。





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