完全母乳という言葉を問い直す 28 <国際的な完全母乳『戦略』>

昨年の東日本大震災の初期に、「災害時でも母乳で」「哺乳ビンでなく紙コップで」「母乳だけで授乳しているお母さんにはミルクを配布しないで」というメッセージをよく見聞きしました。


未曾有の非常時にそのメッセージからくる唐突感と違和感は何なのかと思ってネット上で調べていたときに、「災害時における乳幼児の栄養  〜災害救援スタッフと管理者のための活動の手引き〜」(IFEコアグループ、2007)の存在を知りました。
(直接リンクはできないようなので、お手数ですが上記名で検索してみてください)


IFEコアメンバーというのは、UNICEF、WHO、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)、WFP(国連世界食糧計画)という国連機関とIBFAN-GIFA、CARE USA、Eondation Terre des hommesおよびENNという団体がメンバーのようです。


<IFEコアメンバー


任務の中には以下のように書かれています。

この文書は、(中略)「災害時の乳児の栄養に関する方針と戦略の声明」(ENN21)「母乳代替用品のマーケティングに関する国際基準とそれに関連するその後の保健総会(WHA)の決議」を実際に適用するためのものです。

また政策決定者、立案者、経済援助の提供者が、UNICEF/WHOの「乳児の栄養に関する世界的な運動戦略」と、「子どもの権利条約第24条」および、2006年の世界保健総会において満場一致で歓迎された「乳幼児の栄養に関するイノチェンティ宣言2005年版」に含まれた乳児の栄養に関する呼びかけによって科された責任を全うするという目的に寄与するものでもあります。


<イノチェンティ宣言2005年版とは>


その目指すところは何か、以下のように書かれています。

人権の原則、とりわけ「子どもの権利条約」に具体化されている事柄が受け入れられることにより、私たちの目指すところは、次のような環境を整えることで実現されます。
すなわち、母親は家族、その他の養育者が最適な栄養法についての情報を与えられた上での選択ができるような環境です。

では、その「最適な栄養法」とはどのように定義されているのでしょうか。

最適な栄養法とは、生後6ヵ月間は完全に母乳だけで育て、その後、適切な補完食を与えながら2歳かそれ以上まで母乳育児を続けることと定義されます。

さらに、「母乳だけ」の部分には以下の注がついています。

母乳だけで育てることは、母乳以外の食べ物も飲み物も与えないということで、乳児は回数を制限せずに頻繁に授乳されなければなりません。


そして最後に以下のように書かれています。

女性をエンパワーし、自分の権利を行使できるようにしましょう。また女性としてエンパワーし、他の女性にも母乳育児に関する情報や支援を提供できるようにしましょう。

そのような定義の「最適な栄養法」つまり完全母乳による授乳が乳児の権利であり、それができることが「女性の権利」でエンパワーすべきだという宣言です。


<完全母乳のための戦略>


一部の母乳支援団体ではなく、世界中のすべての人の健康について考える立場のWHOまでが、「生後6ヵ月間は母乳以外は与えず、その後は補完食を与えながら2歳まで授乳すること」を「最適の栄養」と定義していることは驚くべきことだと私は思います。


WHOは、実際にミルクが必要な母親や赤ちゃんの存在をどのようにとらえているのでしょうか。
WHOはすべての女性がこどもが2歳になるまで母乳を吸わせることを勧めるのでしょうか。
それは現実的に可能あるいは意味のあることだと勧めるのでしょうか。



母乳推進運動の始まりや調整粉乳反対キャンペーンの時代背景について、http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120516から5月20日までの記事で書きましたが、その「最適な授乳方法」を妨げる粉ミルクや哺乳ビンの流通を厳しく監視すべきものとしているのが、「母乳代替用品のマーケティングに関する国際基準」です。



そしてそれはとうとう災害時の授乳にまで監視の体制を強めたことに、わたしは「脅威」という表現以外に言葉が見つかりません。
欧米のNGO(非政府団体)によくみられる、我こそは正義という押しの強さのようなものに脅威を感じるのです。


世界中の貧困地域や戦争で難民の出ているような危険な地域にも出かけて、貧しい人、生命の危険にある人々の救援に向かう欧米のNGOの行動力はすばらしいものです。
でも現地で感じたことは、その貧困や戦争で混乱している地域がもとは彼らの植民地であったことや、貧困の原因である搾取といった政治的な力学にはいたって無関心であることでした。
「劣った民族を助けてやらなければならない」という視線を感じていました。
個人的な感想ですけれど。


母乳は善、粉ミルクは悪のような考え方が広がれば、それはそれで息苦しい社会だと思います。
また「女性は母乳を続けられるように教育されるべき存在」のような視線はうっとおしいものです。
自分のことは自分で決める、それこそがエンパワーメントだと思うのですが。
まして完全母乳が乳児の権利のように言われてしまっては、それができない状況のお母さんたちには何と悲しい社会でしょうか。


次回は「災害時における乳幼児の栄養」(IFEコアグループ、2007年)について具体的にみていこうと思います。




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