完全母乳という言葉を問い直す 30 <災害時の母乳代用品の監視行動>

「監視行動」というのもとてもものものしいのですが、なぜ東日本大震災の時に突然「紙コップの授乳方法」が良いものとして広められたかというのも、前回までの記事で書いたような「母乳代用品、哺乳びん、人工乳首の寄付ははたとえ善意であっても、誤った援助です」(「災害時における乳幼児の栄養」)という考えに基き、監視を行っている人たちがいるからと言えるでしょう。


おそらく「紙コップの授乳方法」を初めて知った方は、「もし哺乳びんが使えない状況でもこうやって飲ませられるのかという日頃考えもしなかった便利な知識に感動!」ぐらいの受け止め方で、メッセージを広めたのではないかと思います。


そのメッセージには「被災地に粉ミルクや哺乳ビンを送ることは善意でも誤った行動」というもうひとつの強力なメッセージがこめられていたことに気づいた方は、どれくらいいたことでしょうか。


東日本大震災での監視行動>


http://d,hatena.ne.jp/fish-b/20120608で、新生児医療学会から2011年3月20日に出された2つのメッセージを紹介しました。
「災害時の乳児栄養について」
http://www.jnanet.gr.jp/kan/infantnutrition20110320-1.pdf
「災害時の乳児栄養&カップ授乳について」
http://www.jnanet.gr.jp/kan/infantnutrition20110320-2.pdf


前回までの災害時の母乳代用品の国際基準に関する監視行動を考えていくと、こういうメッセージもその流れであることがわかります。


さらに、NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC)学術委員会というところから2011年6月7日付けで「緊急用物資としての液状乳と使い捨て哺乳びんの取り扱いについての提言」が出されています。
(直接リンクできないので、お手数ですが上記名で検索してみてください)


このメッセージも「災害時における乳幼児の栄養」に基いた監視行動の一つであるといえるでしょう。


この提言の内容を具体的にみていく前に、東日本大震災で調乳済みミルクを送ろうと活動をされた方と受け取った方の様子をまずはご紹介したいと思います。
たくさんの方々の勇気ある行動のごく一部しかご紹介できないのですが。


<調乳済みミルク・使い捨て哺乳ビンの反応>


フィンランドから調乳済みミルクを送る活動の広報を担当された方のブログ「TERVE!!」からです。

一番大切なのは被災地の1日も早い復興です。フィンランドからのミルクが必要なくなる日が来ることです。
そして長い目でみて、今後の災害の為にも、日本のミルク企業がTutteliと同じようなミルクを研究、開発、販売して欲しいです。
[http://suomi.exblog.jp/16113639/

ミルクの箱に貼る日本語説明ステッカーも、工場から空港への配送もフィンエアの空輸代も、通関業務も、被災地までの運送も全て無償で行われました。
http://suomi.exblog.jp/16122160/

フィンラドからのミルクを日本側で受け取ることに協力されていた方の「国境を越えて切磋琢磨」というブログには、被災地で調乳済みミルクを受け取った方の声が掲載されています。

ミルクの反応については、届けてから2日で乳幼児や子どもたちはおいしいと反応は良く、喜んでいます。
(牛乳が無く、2才児が飲みましたがとてもおいしく良かった!と感想が来ました)
こちらは石巻で水道が通って無く、被災地では電気が入っていない地区はまだ多いです。その中で調乳済みで安心して飲めるミルクは手間がかからず助かりますとお母さんの反応はいいです。
今、子供達のストレスは大きく、少しでも親が離れると泣いたり不安定になっているので、手間がかからないミルクは被災地には最適と思われます。
またパックで小さくなっていますので、哺乳瓶にすべて入るので、使い切りになるのもよいですね
http://blythelovespei.at.webry.info/201103/article_22.html

またイギリスから使い捨て哺乳ビンを送る活動をされた方々のブログ「Japan Disaster Appeal for Babies」では、被災地で受け取った石巻赤十字病院気仙沼市立病院の反応が書かれています。

水が出ない地域や制限されている地域では哺乳ビンが十分消毒できず、胃腸炎で受診する患者が急増していますので、大変助かります。
これから受診にきた患者さんたちに配ります。
今水が出ても水が汚かったり、容器が汚れていたりするので、使い捨ては本当に役に立ちます
http://jpa4babies.jugem.jp/?=37

<JALCの提言を読み直す>


提言が出されたのは、「今回の災害では、援助物資として調整液状乳(液体人工乳、液体ミルク)や使い捨て哺乳びんといった、従来日本では使用されていなかった物資が届いています。」という理由からだと思われます。


提言の中では、調乳液状乳の特徴として「調乳の必要がなく常温で保存可能な点で、緊急時の備蓄としてはきわめて有用である」としつつ以下のような注意点を挙げています。

・海外の製品には開封後に冷蔵庫保存が必要な大容量のものや薄めて使用するような災害時には適さない製品もある。日本国内で販売されていないため、製品情報が不十分である。
・不適切かつ衛生的でない使用方法によって、乳幼児が重症の下痢を起こすなどのリスクがある。
・母乳育児中に使用すると、母乳分泌量が減少して母乳育児が中止に至る可能性がある。


この提言は2011年6月7日づけです。
先に紹介した調乳済みミルクを送る側と受け取った側の声は、いずれも震災直後の3月下旬から4月上旬の記事です。


送った方々は最初200mlと500mlを送ったようですが、現地のニーズに合わせて200mlに切り替えています。また日本語説明ステッカーも準備されています。
ブログの中でも書かれていましたが、日本向けに乳児用ミルクを送ること自体が規制されているので、どこのどのような製品かわからないものや日本語での説明がないものがいきなり被災地に配布されることはありえないわけです。


また母乳推進運動の中では常にミルクや哺乳ビンの不適切な取り扱いが乳児の感染症を起こすことを強調しています。
http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120513で書いたように、WHO/FAOの乳児用調製粉乳の安全な調乳、保存及び取り扱いに関するガイドラインの中でも「滅菌した液状乳児用ミルクには病原菌が存在せず感染のリスクがない」と書かれています。


水がない、あるいは水が汚染されている可能性が高い被災地だからこそ、水のいらない調乳済みミルクが一番乳児の感染リスクが低い飲み物になる、と考えるのは常識的だと思います。
しかも、国内メーカーで作られ、日本語で説明が書かれているものであれば最も安全な緊急用物資であると思います。
なぜ、それを認めようとしないのか不思議です。


使い捨て哺乳びんについては、以下の注意点が書かれています。

・調乳に使用する場合、70℃以上の熱湯で調乳できないような材質のものは製品として不適当であるが、日本では品質に関する情報が不十分である。
・供給が不安定な場合、複数回使用するなど不適切かつ衛生的でない方法で使用する可能性がある。
・母乳育児中に使用する、いわゆる「乳頭混乱」が起きて、児が直接授乳を嫌がるようになることがある。

粉ミルクの場合は熱湯での調乳が必要ですが、調乳済みミルクであれば常温に対応できる材質であればよいわけです。


「哺乳びんや乳首は災害時にはきれいに洗えないから不衛生」、さらに哺乳びんを使うことで「乳頭混乱の原因になる」からと紙コップでの授乳を勧めています。
紙コップなら、被災地でも必ず皆さん使い捨てにするのでしょうか?
やはり物資の乏しい中では、紙コップでさえも洗って使いまわそうと思うのではないでしょうか?
であれば、哺乳びんであれ紙コップであれ、感染リスクは同じではないかと思います。

被災地でもし哺乳びんや乳首を清潔に洗うことができない状況なら、調乳済みミルクのパックを少しだけ切って紙コップと同じように直接パックから飲ませる方法が、最も感染リスクは少ないのではないでしょうか?


「乳頭混乱」については、http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120218に書いたように、JALCも「まだ医学的コンセンサスはない」と書いています。
よくわかっていないのに、それを理由に被災地での使い捨て哺乳びん、乳首を「好ましくない波及効果」ととらえるのは行き過ぎと言えるのではないかと思います。
新生児期や乳児各期に哺乳びんの使用が「乳頭混乱」をおこしやすいのであれば、なぜ40%以上のお母さんたちが混合栄養を可能なのでしょうか?おっぱいを受けつけなくなって、ミルクだけになる赤ちゃんの割合がもっと増えてもおかしくないと思います。


震災から3ヶ月ほどたって乳児栄養の専門家集団が日本に従来なかった調乳済みミルクや使い捨て哺乳びんの影響について提言をするのであれば、現地の状況や反応を調べた上で事実に基いた内容であることが大事だと思います。

・海外から送られてきた調乳済みミルク、使い捨て哺乳びん、乳首などのメーカーに製品の詳細を確認する。
・輸送段階、配布段階で製品の品質に影響するような状況はなかったか。
・使い捨て哺乳びん、乳首、そして紙コップも、適切に使用されていたか。
・使い捨てにされずに複数回使用されたのであれば、どのような背景があったか。実際にどのような感染リスクが増加したか。
・その感染リスクを減らすためには、どのような洗浄方法が実際的に良いのか。
・製品自体は滅菌である調乳済みミルクで下痢などの消化器感染を起こしたと考えられる人数はどれくらいか、またそれはどのような「不適切な」状況が原因だったか。


そういう全体像を捉えて提言できるのが専門家の位置にいる人たちではないかと思います。
現場だってそういう現実的な情報は、のどから手がでるほど欲しいものでしょう。


今回、被災地に調乳済みミルクや使い捨て哺乳びんを送ろうと行動した方々も、そしてそれを現地で配布するために行動した方たちも、皆、けっして乳児栄養の専門家ではありません。
でも、より安全によりよい方法で必要な人のもとに届けられるように奔走された様子がブログを読んでいてわかります。


「母乳代用品、哺乳びん、人工乳首の寄付はたとえ善意であっても、誤った援助です」(「災害時における乳幼児の栄養」)
本当にそうですか?




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