完全母乳という言葉を問い直す 31 <母乳は万能か?>

WHO/UNICEF「生後6ヵ月間は母乳だけで育てること、その後栄養的に十分で安全な補完食を与えながら2年かそれ以上母乳育児を続けること」を「最適の乳幼児栄養」(Optimal infant and young child feeding)と位置づけていることは以前に記事でも書きました。http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120612


素朴な疑問なのですが、人類の歴史の中で、ある時代にあるいはどこかの地域でこの授乳を完全に遂行できた事実があるのでしょうか?
そして乳幼児死亡率も低かったという事実も。


それとも、このようにできるはずという可能性の仮説に基いた壮大な実験なのでしょうか?


でもいつの間にか、母乳は完全で、母親は十分な支援があればほとんど(中には99%という数字も)の場合母乳だけで育てられるという話が、科学的言説を装って広がっているように思います。


そして人類は母乳だけで育てられていたのにそれができなくなったあるいは女性が母乳だけで育てようとしなくなったのは、乳業会社の販売促進や、医療化された出産で自然な育児方法が伝わっていないとか、女性が自分の人生を優先するフェミニズムの考え方の影響だとかが原因とされたりします。


もともと、人類が皆母乳だけで育てていたという正確な統計さえもないのに関わらず。


<「粉ミルクは間違った選択である」>


小見出しの通りの主張を市民科学研究室という団体がしています。
その団体についてはよく知らないのでリンクは張らないでおきますが、その「海外情報翻訳シリーズ」がネット上で公開されていて、タイトルだけで大変驚きました。


「これを吸いなさい」
パット・トーマス(『エコロジスト』2006年5月)
http://archives.shiminkagaku.org/archives/risk_010.pdf


http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120521http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120523で紹介した「よき母親とは母乳を与える母親である」と「母乳の十戒」を連想させるタイトルです。


読んでみると、この世は母乳育児を妨げようとする悪意に満ちた世界が広がっているかのようです。


今回は内容について具体的に何かを書くのはやめておこうと思います。


<母乳は何にでも効く?>


母乳が人工乳にはない免疫などを持っていることは否定しようのないメリットです。
ところが乳児への免疫のメリットを超えた、母乳への万能感の話が広がっていることは驚きでした。


「医師の一分」というブログの2009年5月30日に、大腸がんを治すために娘の母乳を飲んでいるイギリスの男性の話が紹介されています。
「娘の母乳を飲んでガンを治療」
http://kurie.at.webry.info/200905/article_52.html
アメリカには成人用の母乳銀行もあるというのはびっくりです。
もちろん、効果は検証されていません。


当時この記事を読んだ時には、代替療法というのは本当に何でもありだと驚いた記憶があります。
日本にもそのうち広がるのだろうかと心配していましたが、今のところ話題は耳にしていません。


ところが、日本でも異なる母乳万能感が広がっているようです。
母乳点眼です。


自然とか母乳推進というところだけでなく、一部の小児科でも勧めているようです。
リンクは張りませんが、どのような説明がされているか書き出してみます。

母乳中には多くの抗菌物質が含まれており、消毒、殺菌作用が十分にあるのです。
私はすでに多くのお母さんたちに、乳児の結膜炎(目やにを伴う結膜の炎症に対して母乳点眼(1日数回)をすすめており、お母さんからの話から有効であると確信しています。

中にはその効果自体は否定していないけれど、

小児科へ行って(母乳点眼について)伝えたら爆笑されました。
「初乳しか意味ないんだよ」

と言われたお母さんもいるようです。


新生児期の赤ちゃんは涙が鼻へ通じる鼻涙管(びるいかん)が細かったり十分に開通していないために涙がたまり、そこにばい菌がついてべっとりと目やにがつくことがしばしばあります。


涙は栄養分がありますから、細菌の培地になってしまうのでしょう。
涙がたまりやすい赤ちゃんは、きれいな布やティッシュでこまめに涙を拭いてあげることで目やにの予防になります。
それでも目やにで目が開かないぐらいの感染を起こした場合には、抗生物質の点眼を2〜3回するだけでよくなります。
成長とともに鼻涙管が開通してくれば自然と治りますし、目やにを繰り返す赤ちゃんは眼科のフォローを勧めています。


「昔は赤ちゃんの目やにには母乳をたらして良くなった」という話が伝わって、母乳点眼がひそかに広がっているのでしょう。


でもたとえ抗菌作用があるとしても、母乳にはそれ以外に蛋白質や脂質、ビタミンなどさまざまな物質が入っています。眼球というデリケートな部分に影響しないのかどうか、きちんと検証された話を聞いたこともありません。


「でも実際に効いた」とおっしゃるかたもいらっしゃるでしょう。
その体験は否定しないのですが、もしかすると何もしなくてもよくなる時期だったり、お母さんがいつも以上にこまめに目を拭いて涙が溜まらないように気をつけていたことが効果につながったのかもしれません。


こうした「効果があった」という判断は、個人的体験談では効果を証明したことにはならないということは医療従事者であれば常識としなければいけない時代だと思います。


母乳がそんなにばい菌に効果があるのなら、なぜ化膿性乳腺炎がおこるのでしょうか?


いずれにしてもあまり母乳の力を過信しすぎるのも危ないなと思います。





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