院内助産とは 30 <院内助産と政治、安心って?>

院内助産を調べていると、すでにこの言葉が政治の世界に深く取り込まれていることを痛感します。


たとえば、共産党が2009年に出している政策の中には以下のように書かれています。
http://www.jcp.or.jp/web_policy/2009/07/post-86.html

2.社会保障
[助産師・助産院への公的支援]
自公政権は、2006年「医療改革」の一環として、嘱託医・嘱託医療機関を確保できない助産院の開業は認められないとする医療法改訂を強行し、多くの助産院を廃業に追い込みかねない、重大事態を引き起こしました。
日本共産党は、みんなが安心してお産のできる環境を確保し、助産院ならではの「良いお産」を普及・発展させるため、助産師の養成数を増やし、助産院に対する手厚い公的支援をすすめます。
助産院を地域の周産期医療ネットワークに位置づけ、「院内助産所」の設置を進めるなど、助産師と産科医の連携を国の責任で推進します。

社民党は「産声の聞こえる街づくり」の中で以下のような提言をしています。
http://www5.spd.or.jp/policy/policy/other/081006_ubugoe.htm
(うまくリンクできないので、「産声の聞こえる街づくり」で検索してみてください)

提言2 助産師が先頭に立って正常分娩を担えるように、「助産制度」をつくりかえる


そのほかの政党も、県レベルなどで出産場所確保のための打開策かのように院内助産をすすめているようです。


<いいことづくめですか?>


国会議員や自治体の議員がどのように院内助産を認識しているのか、ブログや議会録などで知ることができます。
が、なぜここまで院内助産のリスクを脇に置いていいことづくめになるのかがまず驚きです。


たとえば、今年3月の某県議会での質疑応答では院内助産について以下のような発言がありました。
(その議員を批判する意味ではないので、リンク先も伏せておきます)

視察を通して、院内助産システムは医師の専門性を確保し、ハイリスクの妊娠出産に十分に対処できるメリットがありますし、助産師にとってもみずからの専門性を生かした仕事ができ、満足度を高められるメリットがあります。
それだけでなく、出産する女性にとっても相談しやすく、妊娠初期から出産まで一貫して手厚い看護を受けられるメリットがあると教えられました。
それらのことから、院内助産システムは出産する女性にとって安心して産める環境を整えることにつながると思います。


医師にも助産師にもメリットがあり、出産する女性にもよいのであれば、そんなによいことづくめの助産師による分娩介助の場がなぜ今まで増えなかったのでしょうか?


ちなみにその応答では、助産師の技術不足と分娩の緊急時の医師体制の確保が大事であることと、その県全体での助産師数が226名であり徐々に助産師を増やす対応をしていると説明がありました。
一県226名の助産師で、わずかの正常分娩しか対応できない院内助産をつくることは現実的な問題解決とは思えません。


「安心して産める場所を確保する」というのは政治的にはとても魅力的なスローガンに使われてしまっているのかもしれません。


<安心って何ですか?>


私個人は、民医連系の病院の活動を見聞きして医療政策の考え方には大いに共感するところもあったので、冒頭の共産党の政策の中に書かれている助産所の嘱託医に対する認識には正直失望と驚きがありました。


それまでの助産所の嘱託医は産科医でなくてもかまわなかったし、入院施設を有していなくても嘱託医としてお願いすることができました。
これだけ周産期医療に求められる知識がより専門的になり、また緊急時の対応に万全が求められている時代には、嘱託医は産科医であることは当然だと思います。また、分娩時の搬送は入院治療を必要とする状態なのですから、入院施設のある医療機関を嘱託医として確保するのは、開業助産師に求められる当然の責任だと考えます。


さらに、自宅分娩を取り扱う出張助産所には嘱託医は義務付けられていないと解釈している助産師側の認識は、あまりに無責任だと思います。


社会の求める安全性のレベルを維持してこそ、安心といえるのではないでしょうか?


助産所と院内助産所のどちらも推進する矛盾>


社民党の「産声の聞こえる街づくり」の中では、開業助産所と院内助産所についてそれぞれ以下のように説明されています。

開業助産
リスク管理の徹底と緊急搬送体制の整備により安全性を確保

病院(院内助産院併設)
正常出産は院内助産院で
帝王切開などの時は産婦人科
何かあったときでも安心

助産所には「何かあったときでも安心」と書かないのはなぜでしょうか?
やはり医師がいないこと、医療対応が遅れることへの懸念があるからではないでしょうか。
病院内に助産所のようなものを作れば安心も得られると考えているからでしょう。
そうであれば、まず病院に隣接していない限り助産所の分娩介助を規制することが必要ではないでしょうか。


「緊急搬送体制の整備」をすれば安全性は確保できると考えているとすれば、それはどれくらい早く医療機関に搬送すれば得られるのでしょうか?
15分以内ですか?30分以内ですか?


実際に分娩介助していると、出血や胎児仮死(ジストレス)などの対応は30秒とか1分単位の速さが要求されるものなのです。



病院内にあっても、医師が呼ばれて対応するまでに時間がかかればかかるほど危険性が高くなるのですが、なぜそういうあたりまえのことが理解されずに「安心」の言葉が使われてしまうのでしょうか。


<その政策は誰が求めているものなのか>


私の周囲の助産師は「院内助産」には関心もないし、まして会陰裂傷縫合まで助産師が実施して産科医が出産に立ち会わないことを望む人もいません。


皆、確実に自分に与えられた責任をこなし、もちろん「ここで産んで良かった」と喜んでいただけることを励みにしています。


で、時々ふと頭を上げるとなんだか政治の世界では現場の求めているものとは違う方向に大きく動いていてめまいがしそうになります。


議員さんたちは、誰から情報を得て何のために院内助産を推進しようとしているのでしょうか。
なぜ「院内助産」を地域の産科医療の切り札として、産科医がいないあるいは不足している自治体で院内助産を公立病院に作ることに政治の力を使う議員さんたちが出てくるのでしょうか。
産科医が十分にいない場所で、地域の安心な出産が請け負えると思うのであれば、あまりに勉強不足ではないでしょうか。


議員さんたちを動かすのは、どういう助産師なのでしょうか。




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