医療介入とは 2  <初産と経産>

医療介入の具体的な内容をひとつひとつ考えていく前に、妊娠・出産そして育児も含めて初産婦と経産婦の違いが大事なポイントではないかと思っています。


というのも、出産における「医療介入」の議論の中では、案外この「初産と経産」の分娩経過の差と医療介入の必要性の差が考慮されないままのことが多い印象を受けるからです。


たとえば院内助産助産院・自宅分娩の賛否両論の議論の中でも、初産と経産の医療介入の必要度がやんわりとぼやかされたまま、病院で産んだから医療介入が多く、院内助産助産院などで産めば医療介入が少ないという認識を持っていらっしゃる方が少なからずいることがわかります。


たとえば「ひとり目の出産は、お腹を押されて吸引分娩で産まされたつらいお産だった」が、「今回はからだ作りをして、助産院で自然に安産でいいお産ができた」といった感想を目にします。


私からすれば初産と経産の分娩の違いは天と地の差ぐらいあると思うほど、分娩の進み方も違うので介助していても気持ちの楽さが違います。
たとえば経産婦さんの場合は、分娩2期で多少胎児心拍が下がろうと回旋が悪かろうと、多くが吸引分娩をしなくても無事に生まれてくるほどです。


ですから上記のような感想を目にすると、「初産のお産は医療の力が必要になる場合が多いこと」「そして妊娠中普通に生活をしていれば、特別なことをしなくても経産婦さんのお産は複雑にはならないことが多い」ということを本来助産師がきちんと説明してあげるものなのにと残念に思ってしまいます。



<初産と経産の分娩経過の差に関する記述>


周産期関係者にとってもこの初産と経産の差はあまりにも自明すぎるのか、案外とその詳細を説明した文献はみつからないものです。


日頃産科知識のアップデートに利用している「周産期医学必修知識」(東京医学社)を見ても、初産・経産の差はわかりにくいものです。
たとえば吸引分娩についての説明では、その寄稿している病院では「全分娩中吸引分娩が6〜8%」とは書かれていますが、初産・経産の割合がどうかまではわかりません。


私自身の経験では、総合病院でも経産婦さんに吸引分娩が必要になることはたまにあるぐらいでほとんどが初産婦さんでした。


助産婦学生の頃の教科書を引っ張り出してみてどのように初産と経産の差を学んだのか見てみましたが、初産婦の平均分娩所要時間が12〜15.5時間に対して経産婦が5〜8時間であることと、分娩室入室の目安が初産婦は子宮口全開大の頃に対して経産婦は5〜6cmぐらいでという程度のものでした。


計算上は初産婦さんの半分の時間で終了する経産婦さんの分娩の特殊性というのは、実際に分娩介助して驚かされながら学んだと言ってよいかもしれません。


どんなに違うのでしょうか?


<初産と経産の違い>


経産婦さんの分娩所要時間のうち、陣痛を「痛み」として感じる時間がまず短いことです。


軽い張りぐらいでどんどんと子宮口が開いていきます。「ちょっと痛くなってきたからそろそろ病院に」と来院されると、すでに3〜4cmぐらい開いていてご本人も驚かれます。
入院してからも上のお子さんと話をしていると気がまぎれる程度の陣痛で、お産は進んでいきます。
そのうちに陣痛に気持ちが集中し始めた様子になると、たとえ子宮口が5〜6cm程度でも急激に子宮口が開きながら児頭も下降してきます。
早い方だとこのあたりで急に1〜2分間歇の陣痛になって30分とか1時間で分娩になります。


初産婦さんの場合、子宮口が全開して、しばらくしていきみたい感じが出ても赤ちゃんが生まれるまで平均して1〜2時間程度はかかります。
いきんでもいきんでも、ゆっくりしか進んできません。
ところが経産婦さんの場合は肛門が押される感じが出始めると、早い場合は数回の陣痛で赤ちゃんの頭が見え始めてくるときがあるほどです。
赤ちゃんもジェットコースターで降りてくるような気分ではないかと思ってしまいます。


経産婦さんの場合、表情だけみて「痛そうではないからまだまだ」とか「陣痛の間隔がまだあるから」と油断していると、わずか5分とか10分目を離しただけでもそのあいだに急にいきみがきて一気に分娩になることもあります。
あるいは「子宮口が6cmだし陣痛も弱いから、まだ大丈夫」と判断してトイレに行ってもらったら、トイレで破水してあわや墜落分娩ということもあります。


また複雑な分娩にもなりにくいこともしばしば体験します。
通常、胎児はお母さんの背骨側に顔を向ける姿勢(前方後頂位)で骨盤内を下降してきます。
初産婦さんの場合には、少し回旋がわるいだけでも分娩停止で帝王切開や吸引分娩が必要になります。


ところが経産婦さんの場合には、胎児が母体の背骨と反対に向いていてもお母さんの自力のいきみだけで赤ちゃんを押し出せることがけっこうあります。
産道自体が初産婦さんに比べて柔らかくより伸展しやすいようです。


会陰切開しなくても多少の傷ぐらいで済むことが多いですし、不思議なことに切開でも裂傷でも、初産の時に比べると痛みが楽で動きやすさも違うようです。


母乳も退院の頃には「初産の2〜3ヵ月目からのスタート」という感じで出始める方が多いですし、ひとり目の時に直接吸い付かなくて搾乳や保護器を使用しての授乳だったかたもほとんどトラブルなく授乳を始められます。


一度出産を体験すると、ここまで女性の体というのは出産や授乳に適応するものなのかと驚かされます。


そしてその事実は世界中で共通したものであり、出産する場所に関係なく同じだと思います。


人類の歴史の中で、初めての出産で命を失ったり生命の危機に直面した母子はどれくらいいたのでしょうか。


<ローリスクの初産婦という認識ではなく>


お産ひとつをとってみても、妊娠経過が問題なければ「ローリスクの初産婦」という認識はもしかして違うのではないだろうかとつくづく思います。


女性が初めて出産するあるいは授乳する状況というのは、分娩経過自体を考えても、経産婦さんに比べても母子共に相当リスクを負ったものだと思います。

初産ということ自体がハイリスクと言ってもよいのではないかと。


無事に出産を終えて、さらに赤ちゃんの世話に少し慣れて退院されるまでに、初産婦さんに対しては経産婦さんとは比較にならないぐらい医療リソースが必要であるということがもうすこしわかりやすい方法で説明されれば、「不要な医療介入」というとらえかたも変るかもしれないと思っています。



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