医療介入とは 13  <点滴、血管確保、子宮収縮剤、その2>

前回、私個人としては分娩時の血管確保はルティーンの処置にしたほうが良いと考えていることを書きました。


私自身、二十数年前に助産師として初めて勤務した総合病院では分娩時には点滴もしていませんでした。


赤ちゃんが生まれた時点で、外回りのスタッフが産婦さんの手を伸ばしてメテルギンという子宮収縮剤を直接、静脈に注射するのです。
採血する時のように肘の真ん中の太い静脈に針をさして、注射器で1mlの薬液を注射するだけでした。
出血が多い時点で、必要があれば静脈留置針をさして点滴を開始していました。


ちなみに、静脈留置針はこんな感じのものです。
テルモ製品案内、サーフロー」
http://www.terumo.co.jp/medical/products/03_yueki-eiyou/yueki-eiyou_08.html


<日本で静脈留置針が一般的になったのはいつか>


当時でも助産婦学校があった大学病院では当然、血管確保をして分娩介助していましたから、もし同期の友人がその病院に就職したらびっくりしたかもしれません。
私が就職先とのギャップに戸惑うことなく適応していたのは、それ以前に難民キャンプで本当に物が何もない中での分娩介助を見ていたからだと思います。


でも、日本の病院で静脈留置針が日常的に使われるようになったのも、それほど遠い昔のことではないと思います。


30年ほど前に看護師として働き始めた頃は、静脈留置針はとても高価でした。
うろ覚えなのですが、1ドル360円の時代に1本250円していた記憶があります。ですから通常の点滴は翼状針で実施して、手術前後の持続点滴など限られた場合にだけ静脈留置針を使用していました。


ちなみに翼状針はこちら。
テルモ製品案内、翼付静注針」
http://www.terumo.co.jp/medical/products/03_yueki-eiyou/yueki-eiyou_11.html


翼状針と静脈留置針の違いは、前者が固い金属性の針に対して後者は柔らかい素材(テルモではフッ素樹脂と書いてあります)です。
翼状針の場合は患者さんが動くことで点滴もれをしやすいのですが、静脈留置針の場合には静脈炎をおこさなければ数日ぐらいはそのままで大丈夫ですし、手を自由に動かすことができます。


当時は、翼状針も高価でした。
以前は輸液セットの先端には必ず普通の注射針がつけられていて、そのまま点滴を行えるようになっていました。
手を少しでも動かすと、翼状針よりさらに点滴もれを起こしやすいので、当時は点滴というと患者さんは2〜3時間、手を動かさずにじっとしている苦行の時間でした。
皆さんが献血をしている時の状態のようなものです。
途中で尿意を催してきたら、本当に大変。看護師が患者さんの点滴をしているところを動かさないように押さえてトイレに付き添っていました。


数年後に助産師として働き出した1980年後半では、以前ほど静脈留置針の高級感はなくなりかなり日常的に使われ始めていました。
90年代に入ると点滴といえば静脈留置針で当然というぐらい、急速に日本の医療の中で使用されることになりました。


<医療製品を日常的に使えるということ>


まだまだ静脈留置針が高価だった頃、点滴に失敗して針を無駄にすると「給料から引くからね」と冗談で言い合っていました。
もちろん給料から引かれるわけではないですし、ましてや資材費として患者さんの負担になるわけではありません。


ところが世界の中には静脈留置針を始め、治療に必要な医療製品を患者さんが購入しなければならない国もあるのです。


1980年代半ばにベトナム難民キャンプで働いていた時のことです。
難民キャンプ内で出産した方が分娩後の出血がとまらず出血性ショックを起こしはじめていたので、地元の病院に搬送することになりました。
日本の救急外来ならすぐにスタッフがわらわらと集まってきて指示の点滴を始めたり、治療がすぐに開始されます。


ところがその病院に到着後、治療をする前に家族がしなければならないことがありました。
出血性ショックを起こしかけている産婦さんをおいて、病院のそばにある薬局に行ってまず点滴液、輸液セットを購入してくることでした。
家族がそれらを買えない場合は、どうなっていたのでしょうか?


「医療介入とは 11 」でWHOの59カ条の背景にある「安全に母になるプロジェクト」として紹介した文をもう一度引用します。

発展途上国の死亡例の大半は「出血が止まらなくなった産婦を20km離れた病院のある街までトラックで運ぶための費用が払えなかった」(中略)など日本では考えられないような状況の中で起こります」。


難民の方々の場合には、病院への搬送もUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の車を使えますし、点滴や治療に関する費用も支払われます。
では、そのキャンプの周囲の地元の人たちはどうしているのでしょうか?
皆、借金をして治療を受けることになるのです。
お金がなければ生き延びられない、本当にシビアな世界でした。


今でも分娩時に血管確保をする時には、あの産婦さんとご家族のことが頭をよぎります。
血管確保を当たり前のようにできる日本でなければ、今頃私は何人の産婦さんの死に遭遇していたことだろうと。


「医療介入とは」まとめはこちら