医療介入とは 16 <点滴、血管確保、子宮収縮剤、その5>

延々と分娩時の血管確保についての記事が続きますが、もう少しお付き合いくださいませ。


日々分娩に関わる私たちにとって出血とは本当に怖いものであり、その母子、家族の運命に大きな影響を与えることでもあるのです。


2010年4月に日本産婦人科学会など5学会合同で策定された「産科危機的出血への対応ガイドライン」が掲載されている「分娩時異常の出血量の新しい考え方」(日本産婦人科学会、2010年9月)という資料がネット上で公開されています。
http://www.jsog.or.jp/PDF/62/6209-121.pdf



その中の<分娩時の緊急輸血を巡る今後の問題点>から引用します。

妊産婦死亡も含めた妊産婦重症管理例は分娩250人に1人も発生し、その9割が産科大量出血に関係していた。
即ち、約300人に1人の分娩時大量出血が発生することを意味するが、このことは一般の妊婦にはほとんど知られておらず、妊娠・分娩の危険性、出血・輸血を行うことが多いことについて周知させることが重要であろう。


「お産は病気ではない」「7割のお産は正常に終わる」などという言葉と、「300人に1人は輸血が必要になるほどの出血が起こりうるのがお産」という言葉、どちらが皆さんの心に残るものなのでしょうか?


<分娩時出血が起きた時にどのように対応するか>


私は今、二交代制の夜勤のあるクリニックに勤務しています。
看護師さんとペアで夜勤に入ります。
夜間の分娩は、産科医、看護師さん、そして私の3人で対応しています。


赤ちゃんが生まれた直後に、分娩前から血管確保してあった点滴内に看護師さんが子宮収縮剤を入れます。


もし、あらかじめ血管確保をしていなかったら?
あるいはルティーンで子宮収縮剤を点滴しなかったら?
出血が多い時点で、初めて血管確保をして子宮収縮剤を投与して効果がでてくるまでにおそらく少なくとも2〜3分の遅れがでることでしょう。
その間に、多い場合にはすでに数百gぐらいの出血になることもあります。


子宮収縮が悪い場合には、ドバッドバッという感じで出血しますし、頚管裂傷などで動脈性の出血があればピューッと吹き出てきます。



点滴を始める前に、当たり前のことですが、まず点滴のボトルに輸液セットを準備する必要があります。
輸液セットを開いて、緊急時にはそのラインから薬剤を入れられるように3方活栓を付けます。
輸液セットを点滴ボトルに刺したあと、輸液セット内に点滴液を満たす必要があります。
子宮収縮剤のアンプルをカットし、注射器に吸い上げます。


ここまでの準備を、よどみなく、慣れているスタッフが実施しても1分以上はかかることでしょう。


点滴がセットできたら、血管確保をします。
その間に、お母さんの意識状態を確認し不安を軽減できるように状況を説明しながら血圧・脈などの測定もします。
出血が多くなると末梢の血管が収縮して、それまではっきり見えていた血管も見えにくくなったり、18G(ゲージ)の輸血用の針を入れにくくなっていきます。


この先、出血性ショックになる可能性も考えて、一発で太い静脈に確実に血管確保をする。
日ごろから血管確保に慣れているスタッフでも、針を刺すだけでも少なくとも1〜2分はかかってしまいます。


点滴を準備し始めて、実際に子宮収縮剤が投与されるまで、最低でも3分程度の時間のロスができてしまうのです。


その間、産科医は出血の原因を診察しながら出血を止める処置を同時にしていきますから、その介助者も必要です。


生まれた赤ちゃんが元気であればインファントウォマー上で保温しつつそのまま置いておいて、一旦、お母さんの処置を優先しなければならなくなることでしょう。
スタッフは二人しかいないので。


あらかじめ血管確保ができていれば、その3分程度の時間のロスによる出血量の増加と血管確保のために生まれた直後の新生児を放置するリスクを防ぐことができます。


<産科的危機的出血への対応の実際>


あらかじめ血管確保をして子宮収縮剤を早めに投与していても、出血が収まらない場合もあります。


その場合、出血性ショックの可能性を考えて、もう1本、点滴ルートを確保する必要が出てきます。つまり、左右の両手に点滴をします。
末梢の血管はさらに収縮していますから、こういう状況での血管確保は経験と技量が要求されます。


そして全身状態を観察するために、心電図モニター、自動血圧計、サチュレーションモニターを装着します。
尿量を確認するために、留置カテーテルも入れます。


こうした処置と同時進行で、助産師・看護師の大事な業務が、できるだけ正確に出血量を測定し医師に報告することと、指示の輸液・薬剤の投与をすること、そしてそれを記録することです。


緊急時の対応は日ごろから頭の中に入れておくことはもちろん大事ですが、やはり何度も遭遇する中で身につけるしかないと思います。


こうした緊急時の経験が多ければ多いほど、あらかじめ血管確保をしておくことで3分程度の時間のロスがなくなることの重要性が理解できるのではないかと思います。


もしあらかじめ血管確保をしないことが推奨されれば、分娩時大量出血の割合は確実に増えるのではないかと思います。





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