医療介入とは 27 <分娩監視装置で広がった世界>

トラウベや携帯用ドップラーで心拍数を確認するだけではわからなかった胎児の世界が、分娩監視装置のグラフ化された記録から見えるようになったと思います。


たとえば前回の記事に書いた私の体験のような場合には、入院時にトラウベやドップラーだけで胎児心拍数を確認しただけでは「心拍数140代で元気」としかわからないケースです。
基線の変動が少なくて赤ちゃんの元気さがなくなってきていることがわかるのは、何分間も連続した記録がない限りはわかりません。


あるいは、わずかに120代に下降しても「120代だから(徐脈ではないから)大丈夫」と判断してしまうことでしょう。
連続した胎児心拍と、それが陣痛とどのような関係にあるかという視点で見ることができて、さらに連続した記録用紙を確認することで初めて危険なサインであることがわかります。


こればかりは、人の耳などの感覚だけでは正確にその状況を把握することに限界もありますし、再現性ということでも機械には足元も及ばないものです。


日頃から分娩監視装置の記録用紙を見慣れている人であれば、産婦さんのお腹に手を当てて陣痛を感じながらドップラーで心拍数を聴くだけでも、自然と頭の中にグラフを描いて判断できている可能性はあります。
「あれ?陣痛が終わるころから少し心拍数が下がっているような気がする」と遅発性一過性徐脈を「直感で察知」することもあるかもしれません。


ただ、その場合にもグラフ化されて記録したものが残らない限り、第三者に遅発性一過性徐脈であったことを客観的に証明することはできません。


「機械に頼り過ぎない」
そういう精神論は産婦さんの快適性には寄与するかもしれませんが、胎児の安全性や快適性を守ると言うことには意味がないことなのです。


<分娩監視装置からわかること、胎児の日常>


分娩監視装置は分娩の時だけでなく、妊婦健診や切迫早産で入院中にも装着します。
陣痛や子宮収縮がない状態で分娩監視装置をつけることで、胎児の日常のパターンが見えてきたことを、2012年3月28日の記事「新生児にとって哺乳行動とは何か8 <赤ちゃんの眠りと行動2>」で書きました。
http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120328


心拍数の変動が少なくなる「基線細変動の消失」のように見えても、胎児が眠っていることを表している場合があります。
胎児は1時間に2〜3回ぐらいの周期で眠ったり起きたりしていることがわかります。


また夕方ぐらいからノンストップでほとんど眠ることもなく活動している時間帯があったり、夜中過ぎに急に深い眠りのように長く1時間以上も眠りのパターンが続くこともあります。


まるで、生まれてきたばかりの頃の新生児と同じですね。


そして胎児が活発な時間帯というのは、お母さんも眠れません。
胎動が静かになると、お母さんもいつの間にか深い眠りになっていることが多いです。


ところで、私が勤務しているクリニックは、分娩で入院したら分娩1期から基本的に持続モニタリングをします。
もちろん、途中で助産師の判断で一旦、分娩監視装置をはずすこともできます。
また基本的にかならず分娩進行中は助産師がマンツーマンで付き添いますから、機械をつけていても自由に動けるように配慮しています。


それまで勤務したすべての病院では、入院時に分娩監視装置をつけて問題がなければ分娩1期はドップラーで15分から30分毎に心拍数を確認、分娩2期は分娩監視装置で持続モニタリングという方法でした。


ですから最初は、分娩1期からの持続モニタリングには正直、抵抗感がありました。
産婦さんに負担をかけてしまっているのではないか、という気持ちの方が強かったのです。


ところが、分娩1期の胎児心拍の変動を連続してみる経験ができたことは、私にとって、もっと分娩の進行状況を多角的に見る経験となりました。


<分娩進行中のCTGモニタリングでわかること>


多角的とは具体的にどういうことでしょうか?


それまでの病院でも分娩1期にはできるだけ側について観察をしていたので、産婦さんの表情、陣痛時の表情、息づかい、いろいろな状況を総合的に「体で感じて、直感的に」分娩の進行を判断する力を養ってきたつもりでした。


分娩の観察経験を積んだ助産師あるいは看護師さんであれば、内診をしなくても、陣痛の間隔や強さ、お腹をさわった感じや産婦さんの様子でだいたい分娩のどのあたりに来ているかわかるようになるのではないかと思います。


ただそれだけでは、陣痛がやや遠のいたりすると「陣痛が弱くなった」あるいは「分娩が進まなくなった」とだけ判断しがちです。
場合によっては入浴させたり散歩をさせて、「陣痛を強くしなければならない」と助産師側も頑張ってしまうことがあります。


「陣痛が自然と強くなる時間帯があるから、それまで待とう」という判断ができれば、かなりモニターの観測値に近いものを感覚的に得られているのではないかと思います。


ただし、そこに欠けているのが「陣痛が弱くなった時、胎児はどういう状態なのか」という点です。


分娩1期に連続でモニターするクリニックに勤務して、初めて、「陣痛が遠のく時は胎児が眠っている可能性がある」と推測できるようになりました。
陣痛というのは、当たり前ですが教科書的にコンスタントに強くなっているわけではなく、分娩進行中にも強弱があります。
そして弱くなっている時には、胎児も眠っているような心拍の基線変動が少ない状態になっていることをグラフを見て視覚的に理解できるようになりました。


もちろん、それ以外に原因があって「微弱陣痛」になっていることもあります。


それでも以前は、進行中の陣痛と胎児心拍の変動をグラフで継続してみる機会がなかったので、少し陣痛が弱くなると「何かしなければ」と自分の方が不安になっていました。


今は、「少し陣痛が弱くなったけれど赤ちゃんも眠っているみたいだから、お母さんもきっと眠れますよ」と説明しています。
そしてしばらくして、また胎児が活発になり始めるとぐんと陣痛が強くなっていきます。
産婦さんも焦ることなく、休息が取れるようです。
私も以前のように、「座ってみましょう」「歩いてみましょう」「そのほうが陣痛が強くなるから」と勧めることはなくなりました。


それこそ胎児のペースに合わせて、自然な成り行きにまかせましょうという感じです。


これはあくまでも私個人の経験にすぎないので、正解かどうかはわかりません。
でも分娩1期の連続モニターを体験できたことで、分娩進行中の胎児の様子を推測する視点がとても広がったと感じています。


<産婦さんの快適性は損なわれるのか?>


勤務先では外測だけでなく内測法も実施しています。
どちらにしても、産婦さんにとっては「全くの自由」ではなくなります。


「いつでもはずしますよ。遠慮なく言ってくださいね」と声をかけていますが、はずして欲しいと希望される方のほうが少数です。
一旦はずすと、かえって「赤ちゃんは元気ですか?」と心配されます。
心拍音を聞いていると安心されるようです。


身体的には多少の不自由はあるけれど、精神的には安心感という大きなメリットがあるのだと思います。


<分娩監視装置、そのほかのメリット>


クリニック内の陣痛室・分娩室だけでなく病室で分娩監視装置をつけても、外来中の産科医やナースステーションにいるスタッフがいつでも無線で送られてくるモニターを見ることができるようになっています。


分娩進行中の方がいると、波形をみて「そろそろ分娩室に手伝いに行ったほうがよさそうかもしれない」と判断できます。


外来を滞らせないように、モニター画面を見ながら業務の優先順位を判断していくことができます。

分娩室の外回りに手伝いにいくことで病棟が手薄になりそうであれば、あらかじめ他の入院している方に必要なケアをしておいてばたばたしなくて済むように備えることも、ケアの質を落とさない大事な配慮です。


あるいは急に心拍が下がってマンパワーが必要な状況をモニター画面から判断して、すぐに駆けつけることができます。


こうした安全性を高めることができるのも、グラフ化された分娩進行状況を同時に複数のスタッフが確認できるからと言えます。


分娩監視装置は、広い意味で妊婦健診に来院した方や入院中の褥婦さんの快適性にも間接的に貢献しているのだと思います。