「早期母子接触」ってなんですか? 2 <裸でなければだめですか?>

出生後早期から母子が直接肌と肌を触れあい互いに五感を通して交流を行うことは、人間性発露の面からみても、親子が育みあうという母子の当然の権利ともいえる。


<裸でなければだめなのか?>


正期産の新生児に対する早期母子接触で、よくわからない点がこの「直接肌と肌を触れ合う」ということです。


「『早期母子接触』実施の留意点」の【参考資料】「1)バースプラン記載資料(例)」では以下のような説明の例が書かれています。
http://www.jspnm.com/sbsv12_1.pdf

*出産後すぐに肌と肌の触れあい(早期母子接触)について
 出産後、母子は共に過ごすことは自然であり、母子関係に良い影響を及ぼします。特に出産後早期の肌と肌の接触は、母乳育児、お子さんとお母さんの心身の安定に効果があります。


それは新生児を全裸で母の皮膚に密着させないと得られない効果なのでしょうか?


服を着せてバスタオルなどでくるんで保温した上で、お母さんが抱っこして頬ずりしたり授乳を試みるだけではダメなのでしょうか?
あくまでも素朴な疑問です。


おそらく「母親由来の正常な常在菌の定着」が理由のひとつなのだと思いますが、早期母子接触を推進される方々はその点について検証されてきたでしょうか?


2012年9月8日の記事「医療介入とは 10」で紹介した、「科学的根拠に基く快適で安全な妊娠出産のためのガイドライン」の中にも早期母子接触が含まれています。
RQ14:「早期母子接触をすすめるか?」
http://sahswww.med.osaka-u.ac.jp/~osanguid/RQ14saisyuu.pdf


その根拠に示されている研究文献の中にも、新生児の皮膚常在菌に関して有効性を示したものはひとつもありません。


出生直後に裸で皮膚を密着させなければだめですか?


<出生直後でなければだめなのか?>


早期母子接触の有効性の根拠として「コクランのシステマティック・レビュー」が示されています。
2012年1月28日の「カンガルーケアを考える9 <科学的なものと科学的でないもの>」http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20120128で紹介した資料の中にそのコクランのシステマティック・レビューについて具体的に書かれています。


「出生直後の子どもの死亡減少に効果的な介入についての検討」(永井 周子氏、平成20年)
http://www.fasid.or.jp/chosa/jyosei/list_pdf/18-2.pdf(現在、見ることができなくなってしまったようです)

1.健康な児を対象とした生後早期の皮膚接触に関するコクランレビュー


 もう一つのコクランレビューは、Anderson GC、Moore Eらが2003年に発表した(2007年に改訂)。
 病院で出生直後に当然の如く行われる母子分離が母子関係に悪影響を及ぼし母乳哺育の失敗などを招いているという背景から、母親とその健康な児に対して、生後24時間以内の早期皮膚接触による、母乳哺育、行動、心理的適応への効果を評価することを目的に実施された。(p.16)


このコクランレビューでは「生後24時間以内」になっています。
決して出生直後に限定した研究ではないのです。
これはとても大事なことです。


出生直後から数時間の間、新生児は出生直後の37〜38度近い体温から36台へと下降し、その後徐々に体温が安定していきます。


分娩直前まで胎児心拍も下がることもなくとても元気に生まれて、臍帯血ガス値も正常で、出生直後もおっぱいをよく吸って、温かい(はずの)お母さんにずっと抱っこされていたのに、生後2時間ぐらいで36度前半まで一気に体温が下がってしまう赤ちゃんもいます。


本当に、一人一人の新生児がどう変化するか予測もつかないことがまだまだあります。


出生直後は衣服とバスタオルなどで保温した状態で抱っこや授乳をして、生後数時間で体温が安定したところで希望する人だけが直接肌と肌をくっつけてみればよいのではないでしょうか?
といっても、授乳中はほとんど母親に密着した状態ですが。


出生後数時間して新生児の体温が安定してから、希望する人だけがやってみるではダメですか?


<腹ばいの姿勢で肌と肌を密着させなければダメですか?>


早期母子接触というと、かならずお母さんの前胸部から上腹部のあたりに新生児を腹ばいにした状態で抱っこをする方法が紹介されています。


この体勢はそれまで子宮の羊水内で全身に直接重力がかからない状態でいた新生児にとって、肺や内臓といった柔らかい臓器に重みがかかるとても負担の大きい姿勢ではないかと思います。
そして初めて肺で呼吸を開始した新生児にとって、胸・腹部共に圧迫されやすくなります。


生まれた直後のお母さんに赤ちゃんを見せると、ほとんどの方が赤ちゃんを抱こうとして「自らの体の位置をずらして、腕で脇に抱えようとする」姿勢をとられます。
誰に教わったのでもないのに、そのようにされます。
その体勢こそが最も母親にとって安全と感じ、または赤ちゃんの顔や全身を見守れる自然な体勢なのではないでしょうか?


そのようなお母さんたちの自発的な行動ではなく、なぜお腹の上に腹ばいでしかも2時間近く新生児をのせることが良いとされてしまったのでしょうか?


「『早期母子接触』実施の留意点」の6ページ、<実施方法>の中に以下の一文があります。

・出生後できるだけ早期に開始する。30分以上、もしくは、児の吸啜まで継続することが望ましい。


腹ばいの新生児がおっぱいを吸う?と疑問に思われる方もいらっしゃることでしょう。


具体的な方法を「写真でわかる助産技術」(平澤美恵子・村上睦子監修、インターメティカ、2012年3月)の「出生早期の皮膚接触」から紹介します。
(写真がなくてすみません。)

10.探索行動
⇒出生後20分程度たつと、児が乳頭を探すなど探索行動がみられるようになる。
⇒母親と家族に児の哺乳行動を説明し、哺乳(ラッチオン)するのを根気よく見守り、必要時に手を貸す。
⇒児が眠り始める1時間前後までを目安に、初回から直接母乳を開始するのが望ましい。
(以下、略)

つまりは、新生児がお母さんの乳首を目指して移動していくから見ててね、ということ。
そのためには腹ばいがよいとされたのでしょう。


でも、脇に抱っこしても新生児はやはり乳首を探し当てますけれどね。


私が出生直後の「早期母子接触」に感じる一番の違和感がこの部分です。嫌悪感と言ってよいほどの違和感です。


お母さんたちが自然に抱きたいと思う姿勢でもなく、また日々新生児に接する私たちが今まで危険と感じていた腹ばいの姿勢をあえてさせてまで、「新生児の素晴らしき能力」を演出したいだけではないでしょうか。




それをした時としない時の差がどうか、ていねいに検証をするプロセスがあってこそ「科学的根拠に基く」と言えると思います。
それが明らかにされてもいないうちに、効果をうたいさらに「それは母子の権利である」という結論がすでにあるならば、それは科学的な検証を必要とする領域ではなくなるのではないでしょうか。