「早期母子接触」ってなんですか? 3 <蘇生術が必要なケアって何ですか?>

「『早期母子接触』実施の留意点」の中で、新生児蘇生法(NCPR)について書かれています。
http://www.jspnm.com/sbsv12_1.pdf
(NCPR: Neonatal Cardio-Pulmonary Resuscitaion)

3.分娩施設は、「早期母子接触」実施の有無にかかわらず、新生児蘇生法(NCPR)の研修を受けたスタッフを常時配置し、突然の児の急変に備える。また、「新生児の蘇生法アルゴリズム」を分娩室に掲示してその啓発に努める。


これに対して、10月19日の記事に対してtmさんがくださったコメントを引用させてください。tmさん、ありがとうございます。

これは一見何でもない、当然のことのように読めますが、研修をいちど受けに行くだけならともかく、訓練した状態を保つというのは、実際にはなかなか困難なことではないでしょうか。


成人のCPRも同様ですが、いちど研修を受けただけでスムーズに手順どおり実施できるものではありません。研修自体も、常にどこでもおこなわれているわけでもないですし、地方の人材不足の参加施設にこれを強いるつもりなのかしら、と思いました。


もちろん急変に備えることができない産科は、現在では分娩を取り扱ってはならないと思っています。ですが、本来は各自個人的に、または組織としての学習を重ねて、さらに経験を積むことで習熟していくべきことに、いちどきりの研修で可とされたように感じる表現で困惑しています。


この新生児蘇生法(NCPR)の研修については、新生児蘇生法(NCPR)普及事業のサイトをご参照ください。
http://www.ncpr.jp/


<新生児蘇生術の変遷>


日本周産期・新生児医学会から、「新生児蘇生法テキスト」が初めて出版されたのが2007年です。


現在出版されている「改訂第2版」(メジカルビュー社、2011年1月)の「新生児蘇生法普及プロジェクトについての説明で以下のように書かれています。

7.標準的な新生児心肺蘇生法をすべての周産期医療関係者が習得した場合に期待される効果


1)新生児心肺蘇生法の標準化が推進される。
(p.14)

講習の条件として「エビデンスに基く国際基準に準拠するものであること」(同、p.14)と書かれているように、標準化しさらにあらたな知見を学ぶ機会というのは大事だと思います。


私の助産婦学生時代の教科書を見直すと、現在では行われないようになった「児背を軽く叩く」「足底叩打法」やルチーンの鼻咽頭吸引の説明が書かれています。
出生直後の児の胃内容吸引もルチーンで行っていた施設が多いのではないでしょうか。
また、まだパルスオキシメーター(サチュレーションモニター、経皮動脈血酸素飽和度、SpO2)も使われていない時代でしたから、「新生児蘇生」イコール「即、酸素投与」という認識でした。


でもそれでもまだましな方で、もう少し前の時代の医師や助産婦の中には新生児仮死の児を「足を持って逆さにして背中を叩く」「冷水と温水に交互につけて刺激する」方法を指示する方も最近までいらっしゃったほど、新生児蘇生法というのは標準化がようやく始まった分野といえるでしょう。


そういう意味で、この普及プロジェクトの果たしている役割はとても大きいと思っています。
でもtmさんが書かれている疑問について私も同じことを考えているので、その点についてはまた改めて書いてみたいと思います。


<「早期母子接触」をしなくても新生児への危険性は変らないのか>


「『早期母子接触』実施の留意点」で、この新生児蘇生法の研修を必須とすることの理由と根拠として、以下のように書かれています。

2.出生直後の新生児は、胎内生活から胎外生活への急激な変化に適応する時期であり、呼吸・循環機能は容易に破綻し、呼吸循環不全を起こしうる。したがって、「早期母子接触」の実施に関わらず、この時期は新生児の全身状態が急変する可能性があるため、注意深い観察と十分な管理が必要である(この時期には早期母子接触の実施に関わらず、呼吸停止などの重篤な事象は約5万出生に1回、何らかの状態の変化は約1万出生に1.5回と報告されている)。


出生直後に蘇生術を必要とする急変が起こる可能性は「早期母子接触」の実施とは関係ない確率だという点を、どのように理解してよいのでしょうか。


「早期母子接触」では児の観察のために、パルスオキシメーターの装着を勧めています。
でも、蘇生を必要とする急変例の発症頻度が「早期母子接触」に左右されないとしたら、今までのようなすべての新生児にパルスオキシメーターを装着していない観察方法は「不十分だった」という理解になります。


もしそうであれば、蘇生方法の習熟も大事ですが、まずは出生直後の新生児の観察方法の見直しが必要になり、全ての新生児に対して急変の可能性を考えたパルスオキシメーターの装着あるいはそれに準ずる観察方法の周知徹底をしなければいけなくなるのではないでしょうか?


「『早期母子接触』実施の留意点」の「3)急変例の発症頻度の報告」(p.4)では以下のように書かれています。

このうち分娩数が記載された30施設を対象とした検討では、乳幼児突然死ー乳幼児突発性危急事態(SID-ALTE)の事例は1例であり、その発症率は1.1/10万出生であった。
同一対象施設における分娩直後の早期母子接触導入前のそれは5例であり、発症率は5.5/10万出生であった。このように、SID-ALTEなど心肺蘇生を必要とした事例の発症は、早期母子接触導入によって増加していなかった。


本当にこのように言い切ってよいのでしょうか?
どうも臨床の実感とはかけ離れた表現だと思います。
そうであるならば、今まで出生後いったん落ち着いていた新生児が急変したケースについて解決すべき問題という認識をもたずに、私たちは情報を共有するシステムも危険性に対応する方法も確立せずに漫然と放置してきたということになってしまいませんか?


パルスオキシメーターを装着する必要のある「早期母子接触」とは、やはり時に蘇生法も必要な状態になるケアであったのではないのでしょうか。


「早期母子接触」がそういう危険性があってもそれでも人間の母子に明らかな有効性があるケアであるのなら、まずは心肺停止などにすぐに対応できる施設だけで実施して、より安全な方法が確立してから一般に広げていくのではだめなのでしょうか?