新生児蘇生法研修についておもうことあれこれ

胎盤・臍帯を通して生きていた胎児が、母胎外へ出た瞬間から独立して生きていくための呼吸や血液循環が始まります。


産道から頭が出た瞬間から「うぎゃっ」と泣いて自力の呼吸が始まる新生児もいます。


多くは、体全てが産道から出て、「胎児」から「新生児」になり第一啼泣(ていきゅう)とともに肺での呼吸が開始します。


もう分娩室中どころか外で待っているご家族まで聞こえるぐらいの大音量の赤ちゃんもいれば、「ふぎゃっ」と控えめに泣く赤ちゃんもいます。
たしかに大きな声の赤ちゃんは安心感がありますが、声がちいさいからと言って元気がないわけでもないのです。
全身の筋肉の緊張もあって、その後呼吸が続いていればとりあえず大丈夫。


泣くこともなくぐったりして反応がないような新生児は、新生児仮死として蘇生術が必要になります。


臍帯切断してインファントウオォーマーの温かい場所で、羊水を拭き取り皮膚からの体温喪失を最小限にしながら、背中をさすって泣かせることによって肺胞を開かせ呼吸をさせるようにします。
それでも自発呼吸がない場合には、バッグ&マスクでの人工呼吸を開始します。


<正常な経過の分娩と新生児蘇生術>


それが、2012年10月21日の記事「『早期母子接触』ってなんですか?3」で書いた新生児蘇生術です。
http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20121021


「新生児蘇生法テキスト 改訂第2版」(メジカルビュー社、2011年)の「1.新生児仮死と新生児蘇生法の特徴」(p.12)には以下のように書かれています。

(1)順調な妊娠・分娩を経過した場合でも新生児仮死は日常的に発生しうる
 出生により胎盤循環が絶たれ、気道を満たしている肺水が空気と置き換わることを契機として、胎児は新生児として胎外生活に適応した呼吸循環動態に劇的に切り替らなければならない。
しかし出生時に、約10%の新生児はこの呼吸循環動態の移行が順調に進行せず、吸引や刺激などのサポートを必要とし、さらに1%の新生児は救命のために本格的な蘇生手段(胸骨圧迫、薬物治療、気管挿管)を必要とし、適切な処置を受けなければ、死亡するか重篤な障害を残すとされている。
わが国では年間約100万人以上の出生があるので、10万人以上の新生児が出生時に呼吸循環が安定するためになんらかの処置を必要とすることを意味する。しかも重篤な仮死が出生直前まで予測できないこともまれでない。

最後の一文が、実感と一致します。
私自身は、NICUのない総合病院とクリニック勤務という、ややハイリスクを扱う施設と基本ローリスクの分娩の施設の経験だけですが、児娩出まで問題ない胎児心拍であったのに生まれたらぐったりして泣かない赤ちゃんにしばしば遭遇します。

(2)新生児仮死は比較的単純な処置で蘇生が可能である
 新生児仮死は、バッグとマスクを用いた人工呼吸だけで90%以上が蘇生できる。
さらに胸骨圧迫と気管挿管まで加えれば99%が蘇生でき、成人や年長児のように特殊な薬剤やAEDなどの特殊装置を必要とすることはまれである。

また私自身の個人的体験ですが、挿管まで必要だったのは今まで1例しか経験していません。それも、急激に進行した分娩で児娩出直前にいきなり持続性徐脈が数分以上続いた赤ちゃんだったので、かなり珍しいケースだと思います。


それ以外は、ローリスクの施設でもバッグ&マスクによる蘇生までは比較的日常的に遭遇します。


つまり分娩介助というのは常に蘇生術が必要な状況であるということ、分娩を扱う施設に勤務するスタッフであれば、バッグ&マスクぐらいまでの蘇生術は比較的日常的に体験しているのではないでしょうか。


<なぜ研修が必要か?>


10月21日の記事にも書きましたが、ほんの数年前まで産科勤務している私たちが日常的に行っている蘇生術も、かなり個人的体験による方法がそれぞれの施設で受け継がれていた状況だったといえます。


こうして、あらたな知見に基いた標準化された方法が示されること、それを周知徹底させる機関があることはとても大事だと思います。


そしてさらに、研修は医師、看護師、助産師あるいは救急隊員など、職種を超えて周産期関係者に統一して講習を開くという点で画期的だと思います。


<現在の研修制度、認定制度について考えたこと>


かくいう私も実はまだ研修を受けていません。なので自分で本を購入して、勉強しています。


なぜ受けていないか。
それは講習会の開催回数が少ないことと受講者数が限られているため、各施設から参加できる人数も少ないのが現状です。
たとえ受講枠が広がっても、研修に参加させるだけの人員の余裕がない施設では参加させることが難しいのです。
また、受講料・認定料が2万円以上するので、施設側も躊躇します。



ですから、気管挿管をしなければいけない医師と新生児蘇生の経験量の少ない看護スタッフから優先的に参加させるようにせざるを得ません。



そして「新生児蘇生法コース」(「専門」と「一次」の2つのコースがあります)を終了すると認定証が与えられることになっています。
ですからプロフィールにこのコースを終了したことを記載している人も増えてきました。


でも認定証があっても体験する機会がない人もいれば、認定証はなくても実際に日々体験して確実な知識・技術をもっている人もたくさんいることでしょう。
認定証の意味はなんだろう。
そのあたりがもやもやするところです。


そして私に受講の順番が回ってくるのはいつの日でしょうか。


<標準化された知識やあらたな知見を現場に周知徹底させるしくみとは>


周産期関係だけでなく、医師・看護職の国家資格以外に新しい資格を設けることが最近多くなりました。
代替療法などの民間資格に比べればきちんとエビデンスに基いたものであるので、内容自体には問題がないのだと思います。


また、医療の急速な進歩に伴って国家資格を受験するまでの基礎教育では追いつかないほど専門的な知識が必要になったことも背景としてあると思います。


ただ蘇生法というのは医療従事者にとっては、成人・小児・新生児どの分野でも基本中の基本です。
緊急時の対応を自ら学んでいつでも備えようとしないのであれば、それは医療従事者としての資質を問われる問題ではないかと思います。


蘇生術の必要な状況に実際にあまり遭遇しない職場であったり、新人であれば、こうした基礎知識とデモンストレーションをきちんと学ぶ研修は必要でしょう。


けれども、日常的に蘇生術を行っている職場やそれなりに経験しているスタッフに必要なのは、「現在の新しい知見や方法はなにか」という情報が確実に伝わってくるルートではないかと思います。


分娩室に貼る「新生児蘇生法アルゴリズム」の改訂版が出たら、何が変更になったか、その根拠はなにかを明確にして全産科施設に配布されることが、現場にとってはとても役立つと思います。


そしてテキストを自分で購入して勉強する。
自分で読んで内容を理解できるというのが、国家資格をもつレベルの勉強をしてきた証ともいえるのではないでしょうか。