医療介入とは 37 <院内感染標準予防対策の始まり>   *11月1日 追記あり

1980年代初頭に看護師として働き始めた頃は、今のように医療用のディスポ(使い捨て)製品が潤沢にある時代ではありませんでした。


血液が付いたガーゼも、消毒・洗濯して再滅菌して使う施設も珍しくはありませんでした。現在の医療従事者の感覚では「信じられなーい!」と思いますが、当時はそれ以外の方法もなかったし、当然でした。


血液や体液を介しての肝炎やエイズなどのウィルス感染について次々と明らかにされても、血液に触れる機会のある医療従事者自身の意識がまだそれほど高くはない時代だったといえます。


使い捨ての医療用手袋は、おもに手術用でした。
つまり、自分を血液からの感染から守る意識よりも術野に細菌を持ち込まないことのほうが意識されていました。


その本来使い捨ての手術用手袋も、洗って再滅菌して使用されていました。
産科では内診時にその再滅菌の手袋を着用していましたが、それでもそういう医師や助産師はどちらかといえば、血液を介する感染を意識し始めた世代です。


それ以前は、素手での内診が当たり前でした。
感染予防対策として血液に触れる可能性がある処置ではディスポの手袋を着用しようという時代に入っても、「手袋をしたら、正確な内診所見はわからない」とガンとして着用しない方もいました。


母体血にまみれている胎盤の計測をする際や血液の付着した物品を片づける際にも、素手で行っていることもありました。
現在のように使い捨ての手袋を着用するのが当然という前提で病院側が購入しているわけではないので、「無駄づかいしてはいけない」という気持ちの方が強かった時代です。
作業用のゴム手袋もあるのですが、しょっちゅう穴があいたり中に水が入りやすいくあまりきれいではなかったので、「えい、めんどうだから素手で」ということがままありました。


<CDCの標準的予防策の浸透>


今考えると自分もよく感染を免れたと、運のよさに感謝です。
ただ、当時の院内感染対策がずさんだったかというと決してそうではなく、当時は当時の医学的知見で、それなりに厳しい感染対策というのはありました。


たとえば、結核や麻疹で個室に隔離されている患者さんの部屋へ入る際には、ガウンテクニックといって帽子・マスク・ガウン、そして履物にいたるまで病室の入り口で着替えるなど、現在の方法からすると大げさと思うほどの対策でした。


どちらかというと、血液よりも空気を伝わって感染することへの怖れのほうが強かったのかもしれません。


そうした感染対策を整理したものが、アメリカのCDC(Center for Desease Contorol、疾病管理予防センター)から1996年に出された標準的予防策と感染経路別予防策のガイドラインです。


2002年に書かれたものですがわかりやすい資料がありましたので、参考までに。
「院内感染の標準的予防策」
(日医雑誌、第127巻、第3号/平成14(2002)年2月1日)
http://www.med.or.jp/anzen/innai/yobou.pdf


現在、病院に行くと病室の入り口に必ず設置されている手指消毒用アルコールも、このCDCガイドラインの標準予防対策の広がりとともに導入されたひとつです。
この時期から、院内感染対策が大きく変化しました。


そして血液・体液などの感染性のあるものに触れる機会には、使い捨て手袋を着用することが感染予防策として明確に推奨されるようになったことは、とても助かったという実感があります。
それ以前のように本来は使い捨ての物品を再生して使う労力もはぶけるし、感染予防よりも「もったいないから」という気持ちを優先しなくて済むようになりました。


とりわけ分娩は血液や羊水を浴びることもあるので、医療の中でも血液・体液からの感染のリスクが高い処置です。


たしかに飛び込み分娩以外は妊娠中に感染症のスクリーニングがされているので、直接血液や羊水に触れたことがすぐに感染のリスクにつながるわけではないのですが、血液や体液など「すべての湿性生体物質は感染の危険がある」ということと、「感染対策の第一原理は感染経路の遮断である」という二つは、院内感染対策の基本中の基本として考える必要があると思います。


ところが「お産」となるとどうしてここまで産科領域は感染対策という考え方が忘れられてしまうのだろうと不思議です。


19世紀に、産褥熱は手洗いという簡単な方法で防げることがわかりました。それまでは無事にお産が終わっても、産褥熱でお母さんが亡くなっていました。
これについてdoramaoさんの「とらねこ日誌」でわかりやすい記事があります。
ゼンメルワイスの物語」2011年8月11日
http://d.hatena.ne.jp/doramao/20110811/1313053055


ああそれなのに、なぜ大腸菌とかが混ざる水中で産むとか、落下細菌がたくさん存在する床の上での出産とか、医療従事者以外に臍帯切断をさせるとか、果ては胎盤を食べさせるとか・・・。
医療者側までそれを勧めるのはなぜなのでしょうか。


医療安全対策のひとつである院内感染予防という視点で、次回は分娩台というものを考えてみたいと思います。



<11月1日 追記>
おとなり日記」でpoisonuse_RadioさんがこのCDCガイドラインを一般向けにわかりやすく説明した書籍を紹介しているのを発見しました。



デムパの日記 あるいは「いざ言問いはむ都鳥」普及委員会
「ものすごいわかりやすい!感染症対策についての一般向け図書(アプリもあるよ)」2012年10月30日
http://d.hatena.ne.jp/Poisonous_Radio/20121030