医療介入とは 41 <お産と重力>

お産の進み方は、当たり前ですが本当にひとりひとりそれぞれです。
ひとりひとりというようりは、分娩時には母体と胎児のペアですから一組一組と言った方が正しいでしょうか。


分娩介助の経験を積めば、「このお産はこんな感じで進むだろう」と入院時や途中の診察でもある程度予測ができるようになります。


それでも時に、あれっと思うような予想外の展開になることがあります。
産道も十分に柔らかいので一気に進んでくると予測してもとても時間がかかったり、まだまだ産まれないだろうと思っていたのに10分後には急にいきみが出てするっと産まれてしまったり。


本当に摩訶不思議な世界です、お産は。


<分娩の3要素>


母性看護学助産学で習う基本的な知識として、「分娩の3要素」があります。


少し古い医学書ですが、「最新産科学ー正常編ー 改訂第19版」(真柄正直著・室岡一改訂、文光堂、昭和61年)から引用します。

「産道」、「娩出力」、「胎児および付属物」の3要素のそれぞれの状態、それらの相互関係が分娩の難易を決定する。

こうして学生時代に教科書として使った本を読み直すと、たった1行にも満たない文章にどれだけ真実に近い内容が凝縮されているのだろうと改めて感動します。


「それらの相互関係が分娩の難易を決定する」
この一言を表現するのに、どれだけの医師や助産婦の分娩介助経験を客観的に振り返り分析することが積み重ねられたのだろうと、ようやくその重みが私自身も少し理解できるようになってきました。


「そんなこと基本的な知識で当たり前でしょう?」と簡単に納得できてしまううちは、まだまだ知識として知っている段階でしかないのかもしれません。


さて横道にそれましたが、分娩の3要素とは具体的にどのようなことでしょうか。


そのうちの「産道」と「娩出力」の2つが母体側です。
「産道」とは「骨からなる骨産道と、これをおおう軟組織からなる」もののことであり、「娩出力」とは「胎児を娩出させる力で主として陣痛と腹圧からなるが、子宮円索(円靭帯)、骨盤底諸筋の収縮力もこれを助ける」とあります。(上記文献より)


「胎児および付属物」の「付属物」とは何でしょうか。

胎児が子宮に着床して発育をとげるためには、胎児身体以外に数種の組織または器官が必要である。そしてこれには卵膜、胎盤、臍帯、尿嚢、卵黄嚢などがあり、これらを総称して胎児付属物とよぶ。

このうち、分娩に影響するのは主に卵膜、胎盤そして臍帯です。
そしてここには書かれていませんが、「羊水」も胎児付属物としてとらえられていると思います。



確かに母体側の「産道」と「娩出力」には、重力もお産の進行に役立つこともあります。
でもこれも動いたり起き上がって重力をかけることが万能でもなく、横たわってゆっくりお産の進みを待った方がよい場合もあります。


あるいは横たわったほうが胎児には危険でない場合もあります。
そういうお産の多くが終わってみて初めて、もしかしたら胎盤や臍帯が影響していたのかもしれないと思います。


胎盤や臍帯とお産の進行>


胎児がひとりひとり違うように、その付属物としての胎盤や臍帯のサイズや形もまたそれぞれ違います。
胎盤や卵膜なども分娩の進行に影響すると感じることはありますが、臍帯(臍の緒)の影響は特に頻度の高いものです。


臍帯の平均的な長さは50cmですが、子宮の中で縄跳びでもしていたのかと思うほど長い臍帯もあれば20数センチの短い臍帯もあります。


3分の1ぐらいの割合で、臍帯が胎児の首や手足に巻いていることがあります。
臍帯巻絡(けんらく)があると、やはり胎児心拍が落ちたりお産が進まなくなって緊急帝王切開になることも珍しくありません。
時には2重3重に巻いていたり、さらに腕のあたりにも巻いていたり、生まれてから初めて「よくこれで無事に生まれてきたね」とホッとすることもしばしばあります。


1990年代後半ぐらいから経腹エコーの機能がどんどんと良くなって、分娩が近い時期になると臍帯巻絡の有無をエコーで確認する施設もでてきました。
ただそれも「巻絡がある」とわかるに過ぎなくて、実際には分娩の進み方には何も影響のない場合もあります。


結局は、お産は終わってみないとわからないという一言につきるのですが。


<臍帯巻絡と分娩介助>


臍帯巻絡、いわゆる臍の緒が赤ちゃんの首などに巻きついていることです。
上で「3分の1ぐらいの割合」と書きましたが、それは私自身の分娩介助記録からの割合と日々の実感です。
実はその頻度について正確な統計や文献を探しているのですが、案外見つからないものです。


さて、この臍帯巻絡にとっては「重力をかけて分娩進行を早める」ことは2つの点から慎重になったほうが良いのではないかと、体験上考えています。


ひとつ目は、特に経産婦さんで分娩2期に胎児が一気に産道を下降してくる際に、「巻絡のせいでお産に時間がかかったのかもしれない」と生まれた後で納得することがよくあります。
経産婦さんなら通常20〜30分ぐらいで進みそうなのに、なかなか赤ちゃんが下がってこない場合です。
ゆっくり進むことで「窒息」しないようにしているのでしょう。


ふたつ目は、児頭が出たところの介助方法が重要です。
頭がでたところで、首に巻いている臍帯をはずせる場合にははずし、きつくてはずせない場合には、先に臍帯を切断するかそのままゆっくり体幹娩出を介助します。


この時点で、技術が未熟だと児への血液循環が悪くなり出生後の呼吸状態が悪くなったり会陰にも裂傷ができやすくなります。


重力がかかる姿勢が必ずしもお産には良いわけではないということを、分娩介助をしてきた多くの先達が感じてきたからこそ「仰向け」の体勢が工夫されてきたのではないかと私は思います。


<座産から仰向けのお産へ>


何度か引用している「出産の文化人類学」(松岡 悦子著、海鳴社、1985年)の中の明治生まれの助産婦さん、山口さんのインタビューにも参考になる箇所があります。

田舎から出てきて、座産でないとだめだっていう人もいましたけれど、臍の緒巻きついていても処置できないよっていいますと、たいてい寝て産みますね。でも1人だけはどうしても座産でなければだめだという人がいて、その人ももう出るときになって、「それもう出てきたから、ほれ寝て寝て」っていうとすーっと寝て、結局寝て産みましたよ。あとでこんなにも楽にもでるなんて知らなかった、なんていっていましたよ。


上体を少し起こした仰向けか横向き以外の分娩姿勢では、重力がお産を早めすぎて臍帯巻絡がある場合の解除はかなり難易度が高いものになります。


この山口さんが現役で助産をされていた頃は、まだ「胎児が元気かどうか」確実にわかる手段がありませんでしたから、重力を利用してお産を早く終わらせることはひとつの方法でもあったことでしょう。


「医療介入とは 23 <CTGと助産婦、1970年〜90年代の助産婦の変遷>http://d.hatena.ne.jp/fish-b/20121001あたりでも書いてきたように、「胎児が元気かどうか」が分かるようになったのは、分娩監視装置が日常的に使われるようになってからのことです。


もし座産などの重力を利用する出産の姿勢が人間として当たり前だった時代があったとしても、それは「胎児が大丈夫だったかどうかは生まれてみないとわからない」時代でもあったということです。


現代の分娩介助者には、赤ちゃんが生まれて第一啼泣(ていきゅう)が始まるまで、胎児から新生児に変るその瞬間までできる限り胎児にストレスをかけないことが要求されています。


分娩台を使ったお産を「重力に逆らったお産」と表現することは、重力をかけ過ぎるリスクを忘れさせてしまいやすいのではないかと思います。
また「重力をかけた分娩のほうが良い」と思ってしまうと、リスクを認識できない思考停止に陥ってしまうことでしょう。
「医療者側の都合」とか「医療者の主導」と言われるとなおさらです。


分娩時に重力をかけたほうが良い場合もあれば、避けた方がよい場合もあるということでしかないと思います。
そして横たわっていてもどんどんお産が進むこともあるし、立ったり動いても進まないときは進まない。
ただそれだけのことではないかと思うこの頃です。