「冷え」を科学する? 「助産雑誌11月号」

無痛分娩については一旦おいて、またまた「助産雑誌」を読んで驚いたのでご紹介します。


医学書院から出版されている助産師向けの雑誌「助産雑誌」については、「これはないと思う『助産雑誌9月号』」から連続4回の記事を書きました。


代替療法に対する無批判の紹介記事や「助産院のごはん」シリーズのようにマクロビオティックや菜食その他、民間療法的な「食事療法」をよいものとして紹介する編集方針には疑問が多々ありますが、もちろん、参考になる内容もあります。


でも11月号の「特集『冷え』と妊娠・出産」は、助産師向けの雑誌としては在り得ない内容と思いました。


「冷え」というのはよく聞かれますし、そういう自覚症状がある方がいらっしゃることも事実でしょう。
最近では「冷えとり」といった商品もたくさん目にします。
それはそれで、研究対象にすること自体は問題はないものです。


<概念も明確でないもの>


ただし、「冷え」や「冷え性」という概念そのものが現段階では医学的には認められたものではないし、ある疾患が冷え性を治療したことで治るということもないはずです。少なくとも、周産期医学周辺では聞いたことがありません。


特集は「冷えを科学する  冷えが妊娠・出産にもたらす影響を科学的知見に基づいて考えよう」「毛利助産所でのケア」「聖路加クリニックでのケア」「池川クリニックでのケア」そして「冷えに対する漢方医学的アプローチ」の5つの寄稿文で編集されています。


まずJR東京総合病院リウマチ・膠原病科、津田篤太郎氏の「漢方医学的アプローチ」から引用します。というのも、この5つの寄稿文の中で「わからないことはわからない」と明確にしている、最も科学的な記述だと思うからです。


「冷え」あるいは「冷え性」についての説明を、少し長くなりますが引用します。

 冷え性は、西洋近代医学的にはなかなか扱いにくい概念です。なぜなら、西洋医学では、「患者さんの訴えを、可能な限り客観的に見える形で、可能なかぎり数値化して評価しやすい形に置き換えて考える」という作業をします。「冷え」という訴えは、そのような作業が非常にやりにくいのです。
 なかには、西洋医学的に評価しやすい「冷え」もあります。たとえば冬山で遭難したりして、体温が非常に下がり、命の危険があるようなとき・・・これを「低体温症」といいます。体の中心部の体温が35℃以下(脇の下に挟んだ体温計なら34℃以下)になった時、「低体温症」といわれます。
 また、「レイノー症状」といって、手足の指先の血行が非常に悪くなって、色が真っ白になり、非常に冷たくなるということが、一部の膠原病や血管の病気でみられます。いずれも体温計や、サーモグラフィーという器械で、何℃ぐらい温度がさがっているのか、客観的に数字の形で評価をすることができます。
 しかし、「低体温症」や「レイノー症状」は、冷え性全体のごくごく一部にすぎません。ほとんどの人は、「手足が冷える」とおっしゃっても、さわってみると少し手足が冷たい程度で、体温計ではまったくの正常の体温、ということが多いですし、手足をさわってみてもまったく冷たくなく、本人の訴えだけの「冷え性」というのも珍しくないのです。このような「冷え性」になると、西洋近代医学はほとんどお手上げ状態です。

そして漢方的アプローチの説明が続きます。

 漢方医学は、体温計やサーモグラフィーといったものが発明されるずっと以前に成立した医学の体系ですから、そのような客観的指標に頼らずに「冷え性」に対する治療方針を組み立てていることができます。機械を使い数値化して評価する代わりに、問診で冷え症の裏側に潜むさまざまな症状を丁寧に掘り起こし、脈をみたりお腹の所見をみることで、患者さん自身も気づいていない心身の異常を見出して、漢方独特の概念にあてはめて手当てを決めていく、という作業が必要になります。漢方の長所のひとつは、必ずしも客観的であるとか数値化することを要しない、ということです。そのために、患者さんの主観的な訴えに対比できる間口がグッと広くなるわけです。

体温計などで客観的に数値として表せるようになったことで、「本人の訴えだけの『冷え性』というのも珍しくない」ということがわかるようになったのだと思います。


であるとすれば、「体の冷え」と表現していたものをより正確に、問題のある症状と本人の主観的なものを分けて絞り込んだとらえ方ができるようになるのではないかと思います。


ところが、客観的・数値化の手段ができても「必ずしも客観的であるとか数値化することを要しない」とし、「患者さんの主観的な訴え」で異常の間口を広げていくという、そのあたりの東洋医学的な考え方は私にはよくわからないです。


筆者は最後に以下のようにまとめています。

冷えだけでなく全身の状態を整える
 漢方では、「冷え」を主訴として来られる患者さんを目の前にして、その「冷え」の症状だけを抜き出して治療する、ということは、基本的にありません。主訴の「冷え」以外に、どういう症状に悩まされているのか、それを丁寧に聞いてから、気血水や五臓にどのような異常をきたしているのかを判断して、全身の状態が整うように手当するのです。

全身の状態が「整う」ように「手当」するという東洋医学的アプローチがどういうものなのかよくわからないのですが、いずれにしても「冷え」とは主観的な表現方法であるといえるでしょう。


日本以外の国ではどうか。


それについて「冷えを科学する 冷えが妊娠・出産にもたらす影響を科学的知見に基づいて考えてみよう」の筆者、慶応義塾大学看護医療学部、中村幸代(さちよ)氏の寄稿文から引用します。

 一方、西洋では冷え性の概念自体が存在せず、認識が皆無である(*)。私は現在、海外のジャーナルに冷え性の論文を投稿しているが、冷え性は新しい概念であり、聞いたことがない」とのコメントを多くいただく。したがって、日本ならびに世界を代表する教科書にも当然「冷え」の単語は明記されていない。

(*)の補足が欄外に書かれていますので、それも引用します。

東洋においては重要視されている冷え性であるが、西洋では概念自体が存在しない。私は、ブラジル在住のブラジル人妊婦を対象に上記と同様の研究を行った。その結果、西洋には冷え性の認識がないにも関わらず、ブラジル人も日本人と同様に約6割が冷え性であった。しかし日本人との大きな違いは、冷えを苦痛に感じるわけではなく、また、冷えの認識が強まっても、マイナートラブルは悪化しないということであった。この結果から、西洋に冷え性の概念がないことが理解した。

次回「上記と同様の研究」について紹介しますが、中村幸代氏は自分で「冷え性」を定義し、それに基づいた皮膚温測定によりブラジル人の「6割が冷え性」であるとしています。


西洋で概念がなくても、日本人に特有の症状や疾患があるかもしれない。
そういう視点は間違っているとはいえないかもしれません。


ただ日本人を対象としてきた東洋医学でさえ明確な定義をもたないきわめて主観的な訴えであり、日本のみならず世界の医学の中で認められていないという点を考えただけでも、新たな発見はありえないと考えるのが「科学的な態度」ともいえるような気がします。


まぁそれはそれで研究自体は自由なのですが、その内容や他の寄稿文には現在の周産期医学の知見を大きく踏み外しているものが見られました。


「冷え」が骨盤位や前期破水、早産、あるいは微弱陣痛や遷延分娩の原因になるとし、その「冷え対策」がそれらの予防に「効果があった」と紹介されています。


「効果」とは何でしょうか?


あのホメオパシーの件から、この雑誌は何も学んでいないのだろうかと不安になります。


その点について次回書いてみようと思います。