オカルトな世界が広がる助産雑誌

年末になって「今日はちょっと黒」のタグを使うことになるなんてトホホな気分ですが、こんな内容を載せる雑誌は一旦出版を停止して編集方針を見直したほうがよいのではないかと思うくらい、「助産雑誌 11月号」は驚きでした。


「『冷え』を科学する?助産雑誌11号」では、「冷え」というのは現段階でも主観的なものであり、日本だけでなく世界中でそれに対する概念も明確になっていないこと、むしろ日本に固有ともいえるような表現であることを、助産雑誌11月号の寄稿文から紹介しました。


ところが、「冷え」が切迫早産、骨盤位、微弱陣痛などの原因となるので対策が必要である、そしてその対策の効果があったという内容が紹介されています。


それは「科学的」といえるのでしょうか?


<池川クリニックでのケア>


「冷えは妊婦だけではなく胎児、そして出産後の体にも大きく影響します」という前書きがあり、その具体的影響が書かれています。

切迫早産
 妊娠中は、もともと骨盤内の血液が滞り、子宮筋が冷え、子宮の収縮がおこりやすくなる状況にある。ストレスや食事の影響が加わることにより、子宮収縮が増強され、切迫早産が生じる。そのため、腹緊増強を訴えて来院した妊婦には、冷えがないか確認し、体を冷やす食品の摂取や外食の有無、夫婦喧嘩をしたり育児などでイライラしていないか聞くと、原因に行き当たることがある

「骨盤内の血液の滞り」とか「子宮筋の冷え」は、確認できているのでしょうか?


「周産期医学必修知識」(東京医学社、2011)では、切迫早産とは「妊娠第22週以降37週未満に下腹痛(10分に1回以上)、性器出血、破水などの症状に加えて、外測陣痛計で規則的な子宮収縮があり、内診では子宮口開大、頚管短縮などBishop scoreの進行が認められ、早産の危険性が高いと考えられる状態」という定義を示した上で、早産の原因については以下のように書かれています。

 早産の原因は、絨毛膜羊膜炎、前期破水、頚管無力症が大部分を占める。

また発生機序の中では以下のように書かれています。

 切迫早産の成因はさまざまである。妊娠維持機構の破綻から陣痛発来機序への移行が早産を引き起こす。多胎妊娠のように子宮筋の伸展から子宮収縮が惹起される。しかし実際切迫早産から早産に進行するものの60%以上は絨毛膜羊膜炎によるものである。

「異常なお腹の張り」を訴えて切迫早産の診断がついた妊婦さんには、子宮収縮の原因になるなんらかの感染が先行している可能性を考えて、子宮収縮抑制剤に加えて抗生物質の点滴を行う治療方法が一般的であると思います。


当然、私たち助産師もこうした産科学の方針に添った保健指導やケアが必要になります。


「冷えが切迫早産の原因になりますか?」との質問には、「現時点ではよくわかっていません」としかいいようがないのではないかと思います。


きっと「冷え」が原因と考えたい人は、冷えによって感染を起こしやすくなるという答えをだすでしょう。
でも、それ自体、やはり「まだわかりません」としかいえないと思います。


「子宮筋の冷え」については、サーモグラフィーなど客観的測定で否定できるのではないかと思います。
そして子宮内というのは、母体の体温よりも温かい37〜38℃近い温度があると言われています。
その理由は「胎児の体温は常に母体より約0.5℃高く」(「周産期医学必修知識 第6版、東京医学社、2006年、p.427)ということもひとつでしょう。


母体内で子宮が最も温かい状態なのに、「冷え」とは何か。


もっと驚きの内容は、「骨盤位」についての説明です。

 冷えは下半身に起こりやすいため、胎児が冷えている母体の足のほうから頭を遠ざけようとして骨盤位になると考えられ、胎位にも影響する。そして、冷えがあると子宮筋が緊張し、子宮収縮が起こりやすく、頭位に戻りにくい。これにはストレスが関係していることも多い。そのため当クリニックでは、子宮筋を弛緩させて頭位に戻りやすくするために、夫婦・両親・上の子どもたちから胎児に語りかけをして、家族間のコミュニケーションを密にし、妊婦のストレスの減少を図るように促している。

まぁ、さすが胎内記憶で胎児の気持ちがわかるらしいクリニックの方針だとは思いますが。


「胎児が冷えている母体の足の方から頭を遠ざけようとして骨盤位になる」


さらに出産時の前期破水、微弱陣痛・遷延分娩、弛緩出血も冷えによりなりやすいと書いてあります。


そして「冷えない体をつくるためには」として、「日本人の基本である和食を中心に、食生活の改善を図る」そうです。ちなみに体を温める食品は「玄米、みそ汁、魚、大豆製品、根菜類、海藻」、冷やす食品は「砂糖、乳製品、お菓子、パンなどの小麦製品、脂、肉」。


あーーー、この既視感。
もう、まとめてこちらのマクロビ関連エントリーをお読みください。



<毛利助産所でのケア>


「冷えがおよぼす妊娠・分娩への影響」について、毛利多恵子氏は以下のように書いています。

 助産所での妊婦健康診査、分娩管理、卒乳までのケアを通し、また女性の実際の体験談から、「からだを温かくする」ことがからだの調子をよくすることにつながるらしいと感じていました。

そして「助産所でのケア 生活上のアドバイス」が紹介されています。

 砂糖や果物の取りすぎは体を冷やすことになるといわれており、菓子類だけでなく調味に使用する砂糖の量、果物の量、冷たい食品量を確認し、摂取量が多い場合は減らすことをアドバイスします。甘いものを減らした結果、体調がよくなることがあり、その変化を次回の健診で確認することで、食生活を整える意義の自覚が増し、妊婦のやる気もますことがあります。

また下半身浴や温浴でからだを温めることとともに、「腎臓部分や仙骨部分の温湿布」として、コンニャク湿布が紹介されています。


ついでにご紹介しましょう。

鍋に湯をわかし、塩を大さじ1杯、コンニャク1丁を入れます。沸騰したら弱火にして15〜20分ゆでます。コンニャクにタオルを巻いて湿布したい場所におきます。最初はかなり熱いためタオル2枚程度で包み使用します。約2〜3時間は保温効果が続きます。繰り返し数回は利用可能です。(略)匂いがあり衣服が湿るため、在宅での利用をすすめます。

いやー、手がかかるのですね。「お手当て」の類は。
本文の中では「冷え対策は、日常生活の中で簡単にできることが必要です」と書かれているのですけれどね。


これらのケアについて、「印象的な事例」と「女性からの声」をもとに以下のような結論が書かれています。

冷え対策が前期破水の予防、早産の予防、微弱陣痛の予防、遷延分娩の予防に効果があることが明らかになったことは大きな成果です。

個人的体験談は効果を証明するものではない、この一言だと思います。


<「冷えを科学する」中村幸代氏の寄稿文>


最後に、昨日の「『冷え』を科学する?『助産雑誌11月号』」で紹介した中村幸代(さちよ)氏の寄稿文を見て生きましょう。


「西洋では冷え症の概念自体が存在」せず、海外のジャーナルに論文を投稿しても「冷え症はあたらしい概念であり、聞いたことがない」と多くのコメントをもらったという中村氏は、自ら以下のように冷え症を定義しています。

中枢温と末梢温の温度差がみられ、暖かい環境下でも末梢体温の回復が遅い病態であり、多くの場合、冷えの自覚を有している状態

さらに冷え症の「診断基準」を考えるために、6〜7月、10〜11月の時期に妊娠20週以降の妊婦230名を対象にして前額部と足底部の温度測定を実施し、「冷え症の自覚のある妊婦のほうが前額部深部温と足底部深部温の温度格差が大きい」ことから「客観的指標となる温度格差は冷え症の自覚を反映していることが示唆された」としています。


もうひとつは産後の日本人女性2810名に対し、妊娠時の状態を振り返り答えてもらう方法で、「腹部の冷えの自覚」と「冷え症の自覚」の関連性を調査しています。

その結果、「冷えの自覚」と「腹部の冷えの自覚」との関連では、冷え症である妊婦の81.7%が「腹部の冷えの自覚」を持っていた。冷え症の自覚のない妊婦のうち、腹部に冷えを感じない妊婦は88.7%であった。(中略)
この結果は、臨床の実践知に対して論拠を示すものであり、妊婦においては、四肢末端の冷え症の有無のみならず、腹部の冷えについても注意が必要であることが示唆された。


一見、統計処理もされて「科学的な」文章なのですが、「カンガルーケアを考える10 <科学的なものと科学的でないもの>続き」で紹介した菊池誠教授の言われる「相関関係はあるが因果関係はない」「この関係があるからといって、因果関係があるとはいえない」ということではないかと思います。


その結論の導き方は別にして、「冷え」と一般に表現されているものは何か、客観的に示そうとする研究自体はおもしろいと思います。


ただ、助産師が勝手に診断基準をつくっちゃうのもどうかとは思いますが。


さて問題は、「冷え症とマイナートラブルとの関係は?」に書かれた以下の部分です。

つまり、妊婦が冷え症であると、妊娠によるマイナートラブルは悪化するという結果であった。
 またマイナートラブルと日常生活行動との関係では、「不規則な生活」をすることは、マイナートラブルを悪化させるとともに、肉類など体を冷やす食品、いわゆる「陰性食品の摂取」に影響を与え、この「陰性食品の摂取」も、マイナートラブルを悪化させるという結果であった。


「科学的知見に基づいて冷えを科学する」という内容に、マクロビオテイックを入れてはもはや科学的とは言えないのではないでしょうか。


大丈夫ですか?
医学書院と助産雑誌は。


<おまけ>


この特集ではもうひとつ「聖路加産科クリニックでのケア」がありました。


内容はというと、「冷やすものは、冷たいもの、精製された砂糖や小麦粉、生野菜、果物、コーヒーなどがあげられます」という食事に関する記述と、薄着はダメと服装について書かれています。

余談ですが、当院の助産師はほとんどが、ユニフォームの下に夏でもレッグウォーマーをしています。


わぁお、暑がりの私にはとても働けません。


そして、お腹の中に38℃近い小宇宙をかかえた妊婦さんはどちらかというと熱を放散する必要もあるのではないでしょうか・・・。
いえ、私の思いつきですけれど。