お産に対する気持ちを考える 6 <無痛分娩と分娩施設の集約化>

また無痛分娩の話題に戻ります。
このシリーズは、2012年12月3日のお産に対する気持ち考える1 <まだ語られはじめたばかり>から始まっています。



2012年12月28日の「お産に対する気持ちを考える 5 <無痛分娩、助産師は否定的なのか?>」にいただいた外からさんのコメントとそれに対しての私の返信にあるように、「痛み」というのは表現しきれないほど多様であると考えています。


助産師も無痛分娩に対して語っていないことがたくさんある>


産婦さんご本人の感じ方もひとりとして同じものはないでしょうし、見守るパートナーやご家族にしても受け止め方は決して同じではないことでしょう。


そして同じように、出産の介助をする医師、助産師あるいは看護師の無痛分娩に対する気持ちや考え方も多様だと思いますが、その点もまだまだ決して明らかになっているとはいえないのではないかと思います。


無痛分娩を何例か、いえ何十例、何百例くらい経験すると、「無痛分娩があってほんとうに助かった」と実感し、それまで無痛分娩に否定的だった助産師も考え方を変えていく可能性があります。


でもそれは、もう少し客観的に無痛分娩の有効性を教育に取り入れることで改善できるのではないかと思います。
最初から医療行為に対して否定的に「思い込ませる」ような教育は、結局は臨床で本質的な部分が真に理解できるようになるまで無駄な遠回りをさせることになります。


「学校はまず知識と技術を教える場なのに、その前に哲学や思想を教え込もうとするからおかしいことになります」ということは特に助産の教育者の方々に届いて欲しい言葉です。


ところが、実際に無痛分娩を実施している施設に勤務するような助産師でも、無痛分娩に全面的に賛成してもっと推進して欲しいとはすぐに思えない理由のひとつに、その処置によって現場の人手不足を加速する可能性があることです。


無痛分娩に対応できる看護スタッフ数について考えてみたいと思います。


<無痛分娩に24時間対応するために>


出産はいつ始まるかわからないものですが、夜中に自然な陣痛や破水が起きることが多いのは出産した方も周産期関係者も感じていることだと思います。


ですから硬膜外麻酔による無痛分娩を実施している施設は、日勤帯で麻酔の管理ができるように陣痛が始まる前には入院して基本的に計画分娩というところが多い印象です。


夜間は硬膜外麻酔をしない方針の施設では、計画分娩前に夜間陣痛が起きてしまった方は無痛分娩希望でも麻酔なしに頑張るしかないようです。


どうして24時間対応しないのかは、こちらのコメントに書いたように、ひとつは硬膜外麻酔を入れる際に看護スタッフの人員確保が大事という点があります。


これは手術室の様子を想像してくださればよいと思いますが、手術の麻酔をする際に必ずその手術担当の間接介助の看護師が配置されます。
たとえ手術予定が立て込んでいてもかけもちで手術場を看護師に担当させることはしないでしょう。



また緊急手術の場合以外は準備から麻酔介助、患者さんの観察そして後片付けまで専任で、ひとつの手術だけに集中して実施しています。
麻酔の看護というのは、それだけ安全性の為に人員確保の必要度が高い処置の一つと言えるでしょう。


ところが、いつ始まるかわからないお産に対応する産科麻酔の場合には「緊急手術の麻酔」の看護が求められ、しかも手術室専門の看護師とは異なり他の入院している母子のケアも同時にしなければいけないのです。


安全性についてはさまざまな考え方があると思いますが、私の勤務先は夜間・休日24時間の無痛分娩に対応する方針です。


夜勤は助産師と看護師の二人夜勤です。
分娩があると基本的に助産師は産婦さんの側を離れないようにしていますので、看護師さんが褥婦さんと赤ちゃんのケアをしてくれています。


夜間、無痛分娩希望の方の入院があると、硬膜外麻酔カテーテル留置までの準備(産婦さんの点滴、あるいは物品の準備など)を手分けして行います。
産科医がカテーテルを留置するまで、最短でも30分ぐらい、なかなか入らない方だと1時間以上は、麻酔の処置にこの夜勤者二人が完全につきっきりの状態になります。


「どうぞナースコールがなりませんように。電話がかかってきませんように」と祈りながら介助しています。


日本ではまだまだ「夜は患者が寝ているだけだから、看護スタッフは少なくてよい」かのような認識があって、夜勤者数は日勤に比べて少なく配置されています。


ところが産科では、いつでも分娩入院や妊婦さんの緊急の夜間受診や入院があります。


また新生児というのは夜間活発に起きますから、お母さんと赤ちゃんへのケアや説明が格段に増えます。


数日間の入院中、一日一日がお母さんと赤ちゃんにとっても、そして私たちにも大事な時間です。
日々、刻々と変化する新生児とお母さんの状況を考えて、退院後にできるだけ安心して育児ができるようなケアのために、夜間の時間というのはとてもとても貴重な時間なのです。


ところが硬膜外麻酔のように複数の看護スタッフの介助が必要な医療処置が入れば、その間、そうしたお母さんと赤ちゃんへのケアへの時間を削る以外ありません。


他の入院している母子の安全性や快適性を考えれば、手術室のオンコールのように他のスタッフを呼び出したほうがよいと思いますが、現実には夜間・休日の呼び出しができるほどスタッフの余裕はありません。


ただでさえ、緊急帝王切開や分娩が重なったときには皆、すぐに駆けつけてくれているのです。


でも、「夜間でも麻酔をしてもらえて本当に助かりました」と安心していただけることも、私たちには大事なことでもあります。
出産方法に悩み、いろいろと探して24時間対応の分娩場所を選んでいらっしゃったのですから。


<無痛分娩を促進するには分娩施設の集約化が必要か>


現在、日本国内で硬膜外麻酔の無痛分娩に対応している病院と診療所の比率がどうなのかよくわかりませんが、無痛分娩の施設で検索していくと診療所でも多く行われている印象です。


それに対して、無痛分娩について書かれた書籍の中では分娩施設の集約化が書かれています。


24時間いつでも無痛分娩を行うのであれば、当然、産科医あるいは麻酔科医も24時間体制になります。
硬膜外チューブの挿入後も、麻酔量の調節のために医師は何度も起こされます。


これを通常の勤務、そして夜間の分娩に加えて診療所の医師が無痛分娩を実施するとしたら、体力・気力勝負としかいいようがない無理な体制です。



<思いっきり私個人の感想>


私個人は、今24時間いつでも無痛分娩に対応できる施設に勤務していることはとても満足しています。


本人の希望だけでなく、分娩の進行状況を見ながら「今、麻酔を使ったほうがよい」と予測できる方にすぐに対応できるからです。


そして24時間、365日、無痛分娩に対応できることを喜びとしている産科医にとても感謝しています。


でも正直なところ、24時間無痛分娩に対応することは看護スタッフ側には人手のない中では綱渡り状態であり、あるいは他の方々の安全性やケアを削っているリスクをますます負うことを意味します。


今までなんとかやってきたのは、たまたま助産師も看護師も熟練したメンバーがそろっているから、かなり無理をしながらでも対応しているからだと思います。


無痛分娩はよいところも十分にあるとわかっていても、なかなか広がらないのは現実的に分娩施設で、これ以上の負担は負えないところまでぎりぎりの勤務状況だというのが大きいのではないかと、個人的には思います。


もし無痛分娩を広げて行こうとするのであれば、医師と助産師側の「思想的な違い」よりは、周産期看護に必要なスタッフ数、さらに医療処置を増やす場合に適正なスタッフ数がどれくらい必要か、そのあたりの医師側の理解がポイントではないかと思うのです。


看護スタッフを増やすには、当然人件費がかかります。
診療所の経営もかなり厳しいところがあると思います。
安全のためにスタッフを増やしたり、医療機器を整備する費用は経営を圧迫します。


産科看護は母子二人の救命救急あるいは麻酔看護は手術室看護に準ずるという認識が広まって、分娩施設の看護配置に対して補助がでるようになったらいいのにとつくづく思います。


ただでさえ産科医が減って分娩施設が集約され始めている中で、24時間無痛分娩に対応するためにさらに分娩施設が集約化される方向になったら、それは失うものも多いのではないかと思います。
そのあたりはまた別の機会に考えてみようと思いますが。


まとまらない話でしたが、実際に無痛分娩に対応しているクリニックのいちスタッフの個人的感想でした。




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