助産師と自然療法そして「お手当て」 29 <分娩時の骨盤万能論>

前回の記事で紹介したように、産後、左右の骨盤が揃うまで起き上がらない生活を実践している人がいることを琴子ちゃんのお母さん経由で知った時には、本当に驚きました。


病院や診療所で勤務していると、なかなかそういう人に出会うことはないからです。


ところが「助産院は安全?」のこちらの記事で紹介されているようにバースプランとして挙げる方がでてきたということは、野口整体の1970年代の考え方をいまだに誰かが勧め、誰かが出産時にその方法を受け入れて分娩介助しているということです。

産後数日はずっと臥床でオムツ内で排泄したいとか・・・では育児は誰がするのか?産後の肺塞栓等の話をしても、いや、でも骨盤が・・・と理解してもらえず。
「これは、貴女のことではないですか?」より抜粋


野口整体の考え方を受け入れる人>


検索すると、実際に産後、左右の体温を測定して「揃うときまで臥床」を実践している人のブログがいくつも出てきます。


その中で共通しているのは、「分娩後が体を整えるチャンス」とか「リセットするチャンス」というような表現が使われていることです。


これは、野口晴哉氏の「誕生前後の生活」(全生社、昭和53年初版)の中のこの部分とも関係があるのではないかと思います。

特に分娩の後は体を丈夫にする機会だと思うのです。いろいろな今までの病気がなくなります。分娩した後で起こった病気や体の変調も、分娩をし直すと非常に簡単に改まります。

前回の記事で紹介したように、左右の骨盤を整えることでさまざまな病気まで治せてしまうチャンスでもあり、今後の病気や不調まで予防できるチャンスという受け止め方のようです。


そして長いと1週間以上、産後寝たきりの生活を実践したようですから驚きです。
本当に血栓症を起こさなくて何よりでした。


産後、出血も続いている中、排泄の世話も身の回りの世話もすべて夫がしているようです。
当然、赤ちゃんの世話もできない状態です。


夫も疑問に思わなかったのでしょうか?


野口整体を勧める人>


現在でも、野口晴哉氏の本にあるような左右の体温測定を勧めている整体師もいるようです。
某整体院のサイトには以下のように書かれています。

女性の体は受胎して赤ちゃんが成長し、少しずつママのお腹が大きくなるにつれて、だんだんと骨盤が開いていきます
そして分娩時には骨盤の開き具合は最大になります。
拡がった骨盤は、産後、徐々に閉じていき、元に戻ろうとします。


およそ8時間おきに「左右交互に」縮んでいきます。
つまり、およそ8時間かけて骨盤の片方が縮んで、今度は逆側が8時間かけて縮んでいくことを何度か繰り返すことで閉じていき、元の状態に戻ろうとするわけです。

そして具体的に体温測定と起き上がる時期について書かれています。


なぜ、「骨盤が左右均等な時期に起き上がる」ことが大事なのでしょうか?

開いた骨盤は、徐々に閉じていくわけですが、産後の起き上がるタイミングが悪いと、人間の土台である骨盤がずれてきてしまいます
女性は、美容的なことから産後に太ることを気にされると思いますが、ただたんに太るだけでは済まされないような問題がここに潜んでいます。
起き上がりの時期の誤りが原因となって、腰痛を引き起こしたり、腱鞘炎や肩こりになったり、あるいはまだ更年期に与える影響が非常に大きくなるのです。

そしてやはり、出産をチャンスととらえているようです。

逆に、この起き上がりの時期をうまく経過することで、出産は女性の体を整え、体質を改善して、より健康に、よりキレイに美しくなれる絶好のチャンスになりうるのです

一般に、出産すると太ったり、容色が衰えたりなどということが言われます
逆に整体では、出産を女性の体を整えてより健康に、より美しくなるためのチャンスと考えます。

容色が衰える・・・なんて言っているのですか、世の中では。


それにしても産後の安静臥床のリスクは、美しくなるためのチャンスにしては大きすぎるものがあると思います。産婦さん自身にも、そして赤ちゃんにも。


野口整体的安静臥床を容認する人>


産後数日の安静臥床を実践した人で検索したサイトは、すべて自宅分娩が助産院での分娩でした。


当然、病院や診療所ではそのような希望があっても、医学的根拠もないし、安静臥床のリスクを説明して受け入れられることはまずないでしょう。


ですから「病院では、安静臥床のケアをしてくれるところはないので」という理由が書かれています。


中には助産師側から野口整体を勧められたような場合も見受けられました。


野口整体の産後の安静の根底にある考えかた、再び>


「出産後に『骨盤を整える』と美しくキレイになる」というのは、いかにも現代的なアピールのしかただと思ったのですが、実は、野口晴哉氏の著書の中に次のようなことが書かれています。

簡単なことで、出産の後のいろんな問題が処理できるのです。(中略)
母子の健康を最高度にするために行うのです。特に分娩の後を経過することによって、分娩の持つ自然の働き、人間を美しくしたり、逞しくしたりする働きを誘導する。私も初めはそういうつもりでやっていたのではないのです。みんな太ってしまってみっともないから、ちょっと余分に骨盤の開いているのを引き締める方向づけをすると、自然に整ってくると思っていたのです。
それがだんだん効果を現してくると、それを求める人が多くなって、今のような状態になってきたのです。
「誕生前後の生活」(p.70)


「太ってみっともない」
それが、この野口整体式の産後の長期安静の根底にある理由だと、私はこの部分から解釈しました。


10ヶ月かけて胎児を育てるために体中ざまざまな組織が増加したり、伸展したり妊娠に伴う変化はダイナミックです。
そしてそれぐらい長い時間をかけて変化したものですから、戻るのにも時間が必要ともいえるのではないでしょうか。



「産後キレイになる」ことよりも、血栓症や子宮復古の遅れ、そして育児に慣れることの遅れなど、周産期看護の視点から考えればリスクが高すぎる方法です。


助産師としては、勧めなくても容認した時点でその責任は重いのではないかと思います。




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