助産師の自然療法そして「お手当て」 31 <へその緒を切るタイミング>

胎児は臍帯で胎盤につながっていて、子宮の中では胎児の血液が臍帯と胎盤の間を循環しています。
それによって肺呼吸に代わるガス交換や代謝を行っています。


出生と同時にその胎児胎盤循環は終わり、臍帯内の血管も閉鎖して自らの体内での血液循環が成立します。


出生後、いつその臍帯を結紮(けっさつ)し臍帯を切断するか。


二十数年前に助産婦学校で使用した「助産学」(日本看護協会出版会、1987年)には以下のように書かれています。

臍帯結紮の時期については、従来原則として胎盤から児への血液の移行を考え、拍動停止後とされていたが、近年は、第一呼吸が正常にできれば、20秒位で児への血液移行は終わるといわれ、その後の黄疸との関係からも早期結紮を主張するひともある。


当時は、胎盤や臍帯に残っている血液が胎児へ入ることで多血傾向になり、黄疸(高ビリルビン血症)の原因になる可能性が高いと教わりました。


特に、分娩台で介助する場合、産婦さんの体の位置よりも児は低い位置で受け止めて出生直後のさまざまな処置をしますから、その高低差だけでも胎盤や臍帯内の血液が児へ移行しやすくなります。


ですから、児娩出直後にすぐに十分泣いて肺呼吸ができている場合には、すぐに臍帯を止める処置をするように習いました。


野口整体の「臍帯」についての考え方>


野口晴哉氏の「誕生前後の生活」(全生社、昭和53年初版)にも、臍帯切断について書かれた部分があります。

臍帯


 分娩しても、子供が空気に適応するまでの間は母体とつながっている必要があって、産婆が間に合わなかったというときの子どもの方が却って丈夫なのはそのためです。だから臍帯はできるだけゆっくり切る。最低一時間はみるべきだと思うのです。

1971(昭和46)年頃の講演をもとに書かれた本のようですから、私が助産婦学校で学んだ十数年前です。


私が使用した教科書の内容から推察しても、1971年頃では、医学的にも臍帯をゆっくり切断するかできるだけ早く切断するかほうが良いかまだまだ議論があった時期なのではないかと思います。


<臍帯切断についての「社会モデル」>


助産師になってしばらくは、教科書どおりの方法以外に考えたこともありませんでした。


「へその緒をいつ縛るか、いつ切るか」
臍帯切断ひとつをとっても、医学モデルと社会モデルがあることを知るのはもう少し後になってからでした。


野口晴哉氏の著書で臍帯の取り扱い方という医療処置について書かれていることについては、現代から見れば「なぜ整体で医療行為にまで言及するのか」という疑問になると思いますが、1960年代頃まではまだ無資格者の介助も地域社会の中に残っていたことが理由なのではないかと思います。


こちらの記事で書いたように、無資格者と教育を受けた産婆・助産婦の違いのひとつは臍帯切断に対する知識と技術がありました。


このあたりの記事から引用させていただいた板橋春夫氏の「叢書いのちの民俗学1 出産」(社会評論社、2012年)はその副題に「産育習俗の歴史と伝承『男性産婆』」とあるように、分娩に直接関わってきた男性について書かれています。


野口晴哉氏が妊娠・分娩・育児に関して、深く立ち入った内容を書けるのも、男性産婆的な存在として出産に関わる面があったのではないかと推察しています。


ですから、この臍帯切断についての記述も当時の医学的な知識としてはそれほど間違った内容ではなく、どちらかというと分娩取扱いをめぐる産婆・助産婦との確執のような印象です。


ところが、1990年代になってからでしょうか。
「へその緒をいつ切るか」
そのことに出産の中の「自然性」を求める声が聞かれるようになったのは。


次回は、一旦、野口整体の話題からはずれて、この臍帯切断を「医療介入」ととらえた議論について考えてみようと思います。




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