医療介入とは70 <臍帯をいつ切るかについての医学的議論>

臍帯切断とは医療行為であり、それを実施するには正当な理由が必要になります。


臍帯切断は「医療行為」であり、その中でより生理的あるいはより自然とは何か。
臍帯切断についての自然と不自然について、2回にわけて考えてみようと思います。


まずは臍帯切断についてどのような考え方があるのか、ここ20年ほどの変化について考えてみようと思います。


<WHOの「お産のケア実践ガイド」の影響>


助産婦学校で習ったとおりに出生直後にすぐに臍帯を結紮(けっさつ)し切断していた方法ではなく、ゆっくり切断する、臍帯拍動停止を待ってから切断することを勧める声が1990年代半ばから聞かれるようになりました。


前回、私が助産婦学校で使用した教科書の「臍帯切断の記述」を引用しましたが、その中に「従来、原則として胎盤から児への血液の移行を考え、拍動停止後とされていた」とあります。


これは、児へ臍帯内の血液を移行させることで貯蔵鉄を増やすという考え方に基づく医学的な議論があったのだと思います。


一旦は、早期切断が勧められていたのですが、この「臍帯拍動停止を待ってから切断する」という方法が再び実践されるようになった背景に、WHOが1996年に出した「Care in normal birth: a practical guid」の中に臍帯切断のタイミングについても書かれていたからです。


「WHOの59カ条 お産のケア 実践ガイド」(戸田律子訳、農文協、1997年)から引用します。

 へその緒をとめるタイミングがどのような影響を新生児に与えるのかについては、多くの観察実験が行われました。出産直後に赤ちゃんが外陰部かそれより低い位置に三分おかれてからへその緒をとめた場合には、胎盤から赤ちゃんへ約80ミリリットルの血液が移行するという結果になりました。
 この血中の赤血球は溶血によって破壊され、その鉄分は赤ちゃんの体に蓄えられます。その結果約50ミリグラムの鉄分が補給されることにもなり、乳児期の鉄欠乏性貧血を防ぐ場合があります。理論上、胎盤から赤ちゃんに移行するこうした輸血によって多血症、多血球症、過粘稠、高ビリルビン血症が引き起こされる可能性があります。
 こうした影響については、数多くの実験で研究が行われてきました。その結果早期にへその緒を止めた赤ちゃんの場合、ヘモグロビン値とヘマトクリット値が低くなりました。新生児の呼吸障害に関しては、早くとめても遅くとめても大きな違いは見られませんでした。新生児のビリルビン値は、早期にへその緒をとめた後では低くなりますが、遅くとめられたほうと比べた時に臨床に関連した違いはなく、新生児の病気(罹患)についても違いはありませんでした。

そして以下のように書かれています。

遅くへその緒をとめること(または、まったくとめないこと)は、へその緒の扱いとしては生理学的です。へその緒の扱いとしては生理学的です。それに対して、早期にとめることは、正当な理由が必要とされる医療介入です。
(中略)
正常な出産の自然の機序に手出しをするには、それなりの正当な理由があるべきです

「へその緒を早期に止めるのは正当な理由を必要とする医療介入である」というあたりで、「自然なお産」を求める動きの中で、日本でも「臍帯拍動の停止を待って切断」を実践する人がでてきたのではないかと推測しています。


ただWHOのガイドラインというのは、世界中の多様な人種を全て網羅できるものではありません。


日本国内の医療機関では、通常、早期切断をしているのではないかと思います。
その理由をわかりやすくまとめたものがありましたので、紹介します。
「ある産婦人科医のひとりごと」という産婦人科医の先生のブログの2011年1月13日の「臍帯結紮のタイミングについて」から抜粋します。
[ttp://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2011/01/post_dbd0.html](最初にhをつけてください)

国際蘇生連絡委員会(ILCOR)のコンセンサス2010では、蘇生を必要としない新生児では、少なくとも1分以上、臍帯結紮を遅らせること(臍帯遅延結紮)を推奨しています。


欧米人を対象とした正期産児での報告では、臍帯遅延結紮によって乳児期早期まで鉄貯蓄が改善するが、新生児期の黄疸に対する光線療法の頻度が高いことが判明しています。


わが国では人種的に新生児期のビリルビン値が高く、臍帯遅延結紮を導入した場合、光線療法の頻度の増加とそれに伴う児の入院期間の延長が危惧されます。
わが国で臍帯遅延結紮を導入するかどうかは、質の高い臨床研究の結果を待って、判断する必要があるので、それまではわが国での採用は保留することになりました。


乳児期には急激な成長に伴い鉄欠乏性の貧血になりやすいことは、看護学生でも助産師学生でも学びましたが、現時点としては日本人も含めたアジア系の新生児であれば黄疸の増強のリスクを考えて早期結紮が勧められるということだと思います。


<「自然なお産」の中での臍帯切断の時期>


WHOの59カ条は「正常なお産のためのガイドライン」と受け止められていますが、その内容自体は「科学的にみて有効な医療」とは何か指針をしめす役割があると私は認識しています。


ですから20年前の時点で「その方法がよい」とされても、あらたな研究結果のほうが有効であれば置き換わっていくものですし、あるいはそれぞれの国でも有効とされる実践方法は異なっています。


ところが、このWHOの59カ条が出された後、「臍帯拍動停止を待ってから切断する」という助産師の話をよく目にするようになりました。


「それがより自然な方法だから」と考えている印象を受けるのですが、次回はその自然の中にある不自然さについて考えてみようと思います。