助産師と自然療法そして「お手当て」 46 <母子整体の『仮説』は何か>

私からみるとトコちゃんベルトは「腰痛や恥骨痛のある妊婦さんにとって締めやすそうな骨盤ベルト」のひとつにすぎないものですが、パンフレットやHPを読むとベルトの装着・操体法と合わせた「骨盤ケア」でさまざまな効果があることが書かれています。


母子フィジカルサポート研究会の設立趣意書の中では、腰痛以外にも次のようなことが書かれています。

切迫早産・排尿障害・低出生児出生(*)・回旋異常・分娩時異常出血・マタニティブルー、子宮下垂、子宮脱などの減少が各医療機関から報告されている。


(*)低出生体重児のことだと思いますが、原文のまま。

「報告されている」というだけで、その中には観察や結果の導き方が確証バイアスを伴ったものもあると思います。


骨盤ベルトをしたり体操をすることでなぜマタニティブルーまで効果が得られるのか、その仮説はどのような観察に基づいてたてられたのか、ちょっと理解できません。
それでも、効果のメカニズムはわからなくても、実際に効果が認められれば治療法として認められる可能性があります


現時点で信憑性が得られる方法が、無作為化比較対象試験というもののようです。
引用先名が不明ですが、わかりやすい説明を引用します。

無作為化比較対象試験 RCT


予防・治療の効果を科学的に評価するための介入研究。対象者を無作為に介入群(検診など、決められた方法での予防・治療を実施)と対象群(従来どおりまたはなにもしないこと)とに割り付け、その後の健康現象(罹患率・死亡率)を両群比較するもの。プログラム割付比較試験とも呼ばれる。
日本語の用語は統一されていないので、Randomaized Controlled Trialという英語を略したRCTという用語が使われることが多い。
ttp://canscreen.ncc.go.jp/yougo/49.html (hをはずしてあります)

トコちゃんベルトを装着した妊婦さんと何もしない妊婦さんで、比較試験をしてみれば効果の有無がわかる可能性があります。
それで効果があるのなら、標準的な保健指導として認められることでしょう。


<母子整体の「仮説」はどこから出てきたのか>


骨盤ベルトで外部から固定することで腰痛や恥骨痛が和らいだり、腰痛体操などのようにある種の体操やストレッチをすることで腰痛の緩和や予防になることは理解できます。


トコちゃんベルトのパンフレットには以下のように書かれています。

丸ナス型の子宮の中で、赤ちゃんがあぐらを組んで両手を舐められる姿勢にしましょう!
そのためには・・・妊娠9週までに骨盤ケアをするのが理想的

こういう「仮説」にいたったのは、どういう観察に基づいたものなのだろうと気になりました。


ヒントは、母子整体研究会を設立した渡部信子氏の「健美サロン渡部」というサイトのコラムにありました。


ご自身の次男の出産・育児の時の経験とその後であった小児科医師の話からきているようです。
少し長いのですが、一部を紹介させていただきます。

次男が12才になった頃でしょうか、小児科の神経グループで、中でも発達を専門にしておられる有名な先生が、私が働いている産科病棟に来られたことがありました。その時教えてもらったことを簡単にまとめます。
1.お乳を上手に飲める子で、神経発達上の問題のある子はいない。
2.神経発達に問題のある子で、お乳が上手に飲める子はいない。
3.お乳を上手に飲めない子は、両方の手をしっかりなめられるように働きかけることにより、お乳の飲み方も神経発達も改善する。
4.手足を自由に動かせないような分厚い掛け布団を赤ちゃんに着せると、子どもの発達が後れる。
5.左右非対称な窮屈なゆがんだ姿勢を続けるより、左右非対称のリラックスした姿勢を意識的にとらせてあげることにより、発達が促進される

1も2も、言い切れるほど単純なことではないと思います。
新生児期に哺乳に問題があっても、その後の発達は問題がない場合がほとんどといえるでしょう。


というよりも、新生児にとって哺乳とは何かで書いたように、新生児の必然的な行動を「問題のある赤ちゃん」ととらえてしまっている場合が多いのではないかと私は考えています。



渡部氏の経歴をみると大学病院で働いていた時期は、「根拠に基づく医療(EBM)」とか「エビデンス」という言葉が取り入れられたばかりの混乱の時期だったともいえます。


「有名な」「権威」のある先生が語ることが正しい時代が終わる時期でもありました。

これらを聞いているうちに、「次男は左手をお腹の中でしゃぶっていたから、お乳は上手に飲めたんや!生まれてすぐから右手をしゃぶらせていたら、もっと右手も使えるようになったかもしれない」と思いましたが、後のまつりでした。

私がなぜこんなことを書いているのかというと、胎内での姿勢や手足の動きが、産まれてからの発達に大きく影響すること、胎内で問題があっても産まれてすぐに対処すれば問題は最小限に食い止められるということを、皆さんに知って欲しいのです。

ここまで読んで、あれ?って思いますよね。
小児科のその先生は出生後の話をしているはずなのに、なぜ胎内での姿勢にまで話が飛躍していまったのでしょうか。


もうひとつヒントになるのが、「へその緒の問題」と股関節脱臼との関係の話です。

意外と知られていないのが、"へその緒"の問題です。
胎内でへその緒が赤ちゃんの手足を縛りつけるようにまいていて、手が口に届かなかったり、膝が伸びたりしていると、生まれてからお乳を上手に飲めないとか、手足が左右同じように動かないとか、リラックスした姿勢がとれず身体が固いとか、股関節脱臼や足首の異常の頻度があがります

「膝が伸びている」「股関節脱臼」と聞けば、通常、分娩に関わっている人であれば「単殿位(たんでんい)」という骨盤位のひとつがピンとくると思います。


骨盤位(さかご)でお尻が先進してくる場合、あぐらをかいたように座っている場合(複殿位)と足をピンとのばしてV字型の姿勢をとっている場合(単殿位)に大きくわけられます。


単殿位の場合、生まれてからしばらくの間、胎内の姿勢の影響があります。
赤ちゃんの産着の襟元から足が出てくるほどのV字型の姿勢が続くので、お母さんたちを驚かせます。


徐々に姿勢は変化して正常になっていきますが、股関節脱臼を起こしやすい姿勢なので注意が必要になります。


この場合でも全員が臍帯巻絡があるわけでもないです。


また「胎内で手が口に届かないほど」の臍帯巻絡って、どんな様子なのでしょうか?


出生直後の新生児で「手が口に届かない」のは一時的な分娩麻痺ぐらいかと思います。
その場合、原因は胎内の姿勢ではなく出産時の損傷ですから、いずれにしても「胎内での姿勢や手足の動きが、産まれてからの発達に大きく影響する」と言えるものではないことは確かです。


胎児がゲンコツをしゃぶったりする様子がエコーでわかる時代になりました。
たしかに胎児はそうして出生後の哺乳行動に備えているのかもしれません。


ただ、渡部氏の御次男が「お乳が上手に飲めた」のは、きっと経産婦さんのおっぱいだったからだろうと私は思いますけれどね。


<仮説を検証するシステムの必要性>


トコちゃんベルトや骨盤ケア、あるいはべびぃケアのうたう効果が「脈絡がない」という印象をうけるのは、失礼な言い方かもしれないですがこうした「思い込み」を検証するシステムがないからではないかと感じます。


もしかしたらその方たちの観察や仮説にも、研究の方法さえ間違えなければ保健指導として生かされる可能性もあるのにおしいなと思います。


どうしたらよいでしょうか。


元田舎の産科医さんのコメントとそれに対しての私の返信にあるように、臨床で働く助産師あるいは看護師の「症例報告」を書く能力をまず高めること、そしてReview、大規模スタディをきちんと行えるような組織を作ることではないかと思います。


いい加減な話が助産師という資格の信用で社会に広まってしまう前に。




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