新生児のあれこれ 14 <新生児破傷風>

私が初めて海外医療協力に参加したのは1980年代前半でした。


当時はまだ熱帯医学や途上国での母子保健に関する国内の文献は皆無という時代で、イギリスのOXFAM(オックスファム)という海外医療援助団体から出版されていた「Where There Is No Doctor」が唯一の参考書でした。


日本の看護学校で学んだ知識とは全く違う世界がそこにありました。


「新生児破傷風」で、多くの赤ちゃんが出生後まもなくけいれんを起こしながら死んでいく。


手を清潔に洗い、滅菌された手袋を装着し滅菌された剪刀(せんとう)で臍帯を切断するという、私たちには当たり前のことができない状況で、新生児破傷風をどうしたら予防したらよいか。


「Where There Is No Doctor」には、母子保健の中でも優先度の高いこととしてこの新生児破傷風が書かれていました。


破傷風について>



当時の看護学校で使用していた感染症の教科書では、破傷風は限られた作業に従事する人や限られた地域のみに発症するまれな感染症ぐらいの簡単な記述だった記憶があります。



現在では、たとえば国内の災害時緊急医療支援でも破傷風の対応は重要という認識になりました。


国立感染研究所の「<速報>東日本大震災に関連した破傷風ー2」で症例報告が掲載されていますが、50代以上の方々です。
おそらく、破傷風トキソイドの予防接種を受ける機会のなかった世代ではないかと思います。


横浜市衛生研究所の破傷風についてを読むと、1950年代には年間1900人以上が破傷風に罹患しそのうち1500人以上が死亡、致死率81.8%という非常に怖い疾患であったことがわかります。


1968(昭和43)年以降は、現在の三種混合ワクチン(DTPジフテリア破傷風・百日咳)の導入により、年間70〜117人の発症そして死亡は5〜12人と激減したようです。


<新生児破傷風


前回の記事で、「ペリネイタルケア 2010年10月号」(メディカ出版)の「出生後に、新生児の臍帯の消毒は必要か?」という記事を紹介しました。


その前文に、気になる箇所がありました。

 施設や文化が違うと、臍帯切断を行う際にさまざまな道具を使用することがあり、時として、これが感染の原因となることがあります。世界的に見ると発展途上国では、新生児死亡率が4〜6%(2010年、WHO報告)となり、特に新生児の臍帯の不衛生な切断による新生児破傷風が大多数を占め、問題視されています。

これは、全くその通りだと思います。


先に紹介した横浜市衛生研究所の「破傷風とは」の中でも、新生児破傷風と妊産婦破傷風について書かれています。


1990年に世界中で新生児破傷風が51万人も発症し、そのうち40万人が死亡していたようです。ワクチン投与キャンペーンにより、1997年には3分の2まで減らすことができています。


生まれたばかりの赤ちゃんがこの世で一週間生きるかどうかという時期に、激しいけいれんとともに亡くなっていく。あるいは無事に出産を終えたお母さんが、けいれんをおこしながら赤ちゃんを残して亡くなっていく。


日本では考えられないことです。

 臍帯切断時には、感染予防のために清潔な手で扱うこと、臍帯剪刀などにおいて、滅菌された器具を用いること、抗菌物質の使用などが広く行われていますが、その処置については施設によってさまざまのようです。わが国の新生児破傷風などはここ10年ほど報告されておらず、新生児死亡率は世界的に見てもトップクラスの低さです。一方で、この清潔な環境のもとで、過度な医療処置が行われていないでしょうか。

たしかに2008年頃までは、「新生児破傷風などはここ10年ほど報告されていない」状況でした。


ところが、2008〜2009年にかけて「新生児破傷風の1例」が日本で発生したことは、少なくともネット上ではかなり話題になったと記憶しています。



「新生児破傷風の1例」より引用します。

新生児破傷風発症の最大要因は、分娩時の不潔な臍帯切断であるため、児の出生した助産院に連絡。当該助産院はほとんど閉鎖しており、分娩を行っていなかったが、臍帯切断の際は消毒した剪刀を用いたとのことであった。同時に自宅の衛生環境が非常に悪いとの指摘もあったが、患児には明らかな創傷がみられなかったことより、使用した剪刀の消毒が不十分であった可能性があると考えた。


この件を知った時に、確かに助産所の感染予防対策の不備も問題があるかもしれないと思いつつ、助産所以外の病院・診療所でも起こり得る可能性についてどうなのだろうということが心配でした。


臍帯剪刀そのものは確実に滅菌してあっても、臍帯剪刀や臍帯に触れる人の手や手袋が汚染されていれば感染します。


またこの新生児破傷風の1例のお母さん自身の破傷風トキソイド接種歴はどうだったのでしょうか。


いろいろと疑問が出てきてもやもやとしていましたが、その後、助産系の雑誌や看護協会のリスクマネージメントに関する記事にもならず、助産師の中では重要な問題と認知されていないままのような印象です。


私にしてみれば、同時期に話題になったホメオパシーに並んで、助産師のリスクマネージメント能力を問われることだと思いましたが。


<日本で新生児破傷風が発症していないということ>


新生児破傷風が発生したことはあまりニュースにも話題にもならなかったので、助産師の中にはホメオパシーの件以上に未だにこの件を知らない人も多いのではないかと思います。


私の周囲の助産師でも、「破傷風って?」という人もいます。


私自身も普段は「退院までに新生児破傷風を発症する危険性」なんてほとんど意識しないで勤務していますから、それだけ日本の出産環境というのは破傷風のリスクを考えないですむようになったのだということですね。


そこに至るまでには感染予防のための管理ももちろんありますが、予防接種の恩恵、この一言につきるのではないかと思っています。





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