ドライテクニックの中でも、生後数日は沐浴をしない方法を取り入れている施設の説明の中で、「1974年にアメリカ小児科学会で提唱されたドライテクニック」という表現がしばしば使われています。
正直なところ助産師になって以来、最近になって初めて耳にする提唱です。
「沐浴よりは清拭がよい」という教科書の背景にあったのかもしれません。
それでも医学はどんどんと進歩し変化しているのに、なぜ今になって40年も前の提唱がこんなに見直されているのだろうと思いますが、周産期関係の本や雑誌の中でこの1974年のアメリカ小児科学会の提唱について説明されているものは見当たりませんでした。
ネット上で「続 他科医に聞きたいちょっとしたこと」というサイトがあり、その中に「産湯を使わない利点」(2012年8月1日発行)という記事がありました。
そこから引用します。
このように、出生後に産湯を使うことは決して赤ちゃんにとって利益をもたらすことはなく、むしろ有効な成分も洗い流してしまうことになります。そこで現在は出生後に産湯を使わず、血液等の汚れをとるだけにするドライテクニックが主流です。これは1974年にアメリカ小児科学会が提唱した方法で、出生後はなるべく赤ちゃんに手をかけず自然な状態に保つことを推奨しています。
当時は新生児の感染症の発症率が高く、出生後皮膚を清潔にする方がその後の感染症の機会を減らすと信じられていました。そのため、産湯に消毒薬を混ぜて使用していました。実際にはこの消毒薬の毒性が大きな問題になりました。
この勧告の後、産湯を中止しても、特に新生児の発症率が上昇したとの証拠はなく、むしろ他の要因を含め、発症率が低下しています。その結果、ドライテクニックで問題がないだけでなく産湯を使わないことのほうが赤ちゃんにとっては種々の利点があることが理解されました。
そしてわが国でも、現在は多くの分娩施設が産湯を使わないドライテクニックの方法を取り入れ、沐浴は生後数日して初めて実施しています。
1974年のアメリカ小児科学会が出した提唱の原文を探して読む気力がないのですが、もうひとつネット上でこの提唱について触れている論文が公開されていました。
2008年3月に出された新潟青陵大学紀要の「早期新生児期における保清方法の実態調査」の冒頭の部分を引用します。
(直接リンクできないようなので、お手数ですが上記論文名で検索してみてください)
日本では従来、出産直後から温湯浴を行う習慣があった。しかし、1974年にアメリカ小児科学会の「ドライテクニックの勧告」による「新生児の皮膚に対する操作を最小限にすることによって、熱喪失と皮膚損傷、何らかの悪影響を及ぼす可能性のある有害物質との接触機会を減すること」という主旨から見直された。
この紹介した二つの文を読んで、ドライテクニックを勧めるのに1974年の提唱(勧告)を根拠にすることはどうなのだろうかと考えてみます。
<日本はいつごろからドライテクニックに変化したか>
上記の新潟青陵大学の論文では、「保清方法変更の時期」(p.3)について書かれています。
このグラフを見ると、「出生直後の方法」を変更した施設が「1995〜1999年に7施設」「2000〜2004年に11施設」と、1995〜2004年に集中しています。
この論文は新潟県内の施設のみを対象にしたものですが、「人生最初の沐浴についての変化」で書いたように、日本国内では1997年にWHOから出された沐浴に関する推奨の影響を受けて変化したものと思われます。
つまり1974年にアメリカ小児科学会が出したドライテクニックに関する勧告を、長いこと日本では取り入れることもなかったことになります。
その大きな理由は、日本では「産湯に消毒薬を混ぜる」ことはせず石鹸を使用していたためではないでしょうか。
<40年間の変化>
1970年代は大学病院の小児科医にとっても、「胎児はほとんどブラックボックス」「生きているか死んでるかぐらいしかわからなかった」時代であったことをこちらの記事で書きました。
1974年のアメリカでも、出生直後に発症する新生児の感染症に関してもまだまだかなり手探りの時代ではなかったかと想像します。
たとえば現在、出生直後から生後数日以内に発症する新生児の感染症について「出生後に皮膚を清潔にすれば防げる」と考える周産期関係者はいないのではないかと思います。
早期新生児期の感染症の多くが胎内あるいは産道感染であり、分娩前からの観察・予防方法が重要であることが基本的だからです。
1974年のアメリカのドライテクニックの勧告の背景は「消毒薬を使った沐浴をしない」ためのものであり、結果的にドライテクニックで弊害はなかったということなのでしょう。
ただし、それは「数日間ドライテクニックをした場合」と「生後1日以降沐浴をした場合」の比較研究に基づいた結果ではないわけです。
ですから生後数日までドライテクニックを取り入れるために、この40年前の1974年の勧告を理由にするのは意味が違うように思います。
<40年間のもうひとつの変化>
1997年のWHOの沐浴に関する推奨が出された頃、もうひとつ医療現場では大きな変化がありました。
1996年にアメリカのCDC(疾病予防センター、Center For Disease Contorol)から出された「標準予防策」ガイドラインです。
「すべての患者の血液・体液は感染性であると想定する」
血液は感染源と見なすことが、現場に徹底されていきました。
出生直後の新生児には、母体血が付着しています。
たとえ「血液が一滴もついていない」ように見える新生児でも、産道を通過する時に母体血に触れています。
その新生児に付着した「血液」をどう取り扱うか。
従来どおり、沐浴で落としたほうが完全ではなくても血液を除去できます。
けれども出生直後の児をすぐに沐浴をすることは全身にも負担になり、胎脂もとっておきたい。
このあたりの分娩直後のドライテクニック導入とCDCガイドラインとの逡巡についてはまた別の機会に書いてみようと思いますが、いずれにしてもそのリスクを比較した中で「第一沐浴は生後1日から」という方法に落ち着いている施設も多いのではないでしょうか。
新潟青陵大学の論文でも、「出生後は清拭、一日目以降に沐浴」という施設が72.5%であったとしています。
現在、全国ではどのくらいの割合なのでしょうか。
そして「生後1日目以降、毎日沐浴」と「生後数日は沐浴をしない」ことの比較研究は行われているのでしょうか。
「新生児のあれこれ」まとめはこちら。