境界線のあれこれ 4  <胎盤ー胎児を無菌状態に保つ壁>

子宮外へ出た途端、新生児は細菌やウィルスと自身が対峙しなければならなくなることを書いてきました。



「胎児は母体内にいる限り、原則的には無菌状態」ということをこちらの記事で書いたように、胎児であれば細菌やウィルスから守られています。



医療施設の中では、機材類を滅菌(めっきん)するという消毒方法があります。
たとえば分娩に使用する器具やガーゼを介して、感染することのないように滅菌するということは重要なことです。


Wikipediaの「滅菌」から引用します。

微生物を完全に殺菌・除去された状態を「無菌(状態)」というが、現実には完全な無菌を保証することは困難であるため、通常「滅菌」とは微生物が成育できる可能性を限りなくゼロに近づける行為をさして使用される。

分娩時に使用する器材・器具類は、通常、オートクレーブ(蒸気)とガス滅菌(エチレンオキサイトガス)で滅菌しています。


「微生物が成育できる可能性を限りなくゼロに近づける」というのはとても大変なことですが、子宮内がそのような状況に保たれているというのはすごいことだと改めて思います。


それに重要な働きをしているのが、胎盤だといえます。


胎盤とは何か>


胎盤  臨床と病理からの視点」(相馬廣明著、篠原出版新社、2005年)の「1.胎盤とは」から引用します。

胎盤は妊娠子宮内での胎児の発育に不可欠な器官であり、胎児のための呼吸、栄養代謝、吸収、排泄、内分泌産生や、種々の蛋白合成や酵素産生など多彩な機能を有するだけでなく、胎盤剥離時にも胎盤よりの凝固因子の放出による子宮内での止血にも参画する。しかし280日という限られた妊娠期間においてのみ発育し、児娩出直後剥離して排出される胎盤の機能ほど多彩な働きを示す器官は、他臓器にはみられない。

児娩出後、数分ぐらいで胎盤が剥離してするりと、本当にするりと子宮壁からはがれて胎盤が娩出されます。


10ヶ月胎児を守り育て、役目が終わると同時に自らはがれて母体外から出る。


胎盤を見るたびに、その機能の巧妙さは神秘以外の表現が見つけられないでいます。


時に胎盤がはがれにくいことがあります。産科医が用手剥離を試みる必要がある場合があります。
そういう時には、出血多量、場合によっては子宮摘出、胎盤遺残(いざん)による感染など、胎盤がうまくはがれないことによる母体の最悪の事態が次々に頭の中で浮かんできます。


出てきた胎盤は、重さや大きさ、そして所見を観察して記録を残します。
この胎盤計測をしている時というのは、胎盤娩出まで無事にお産が終わったことに安堵し、何者かに感謝せずにはいられない気持ちでいっぱいになる時でもあります。


直径20cm程度、重さは平均して500gの胎盤を介して、お母さんと胎児と血液が交じり合わない仕組みで、上記のような呼吸、栄養代謝などが行われています。


そして、多くの細菌、ウィルスあるいは寄生虫類を胎児に寄せ付けず子宮胎内を無菌状態に保つ重要な働きをしている。


その境界線を作り出す胎盤に、私は畏敬の念でいっぱいになるのです。





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