医療介入とは 84  <胎盤を食べさせないための啓蒙>

約280日という限られた妊娠期間においてのみ発育し、児娩出直後剥離して排出される胎盤の機能ほど多彩な働きを示す器官は、他臓器にはみられない。


私にとって胎盤とは、まさにこの記述に書かれたものそのものでした。



いつ頃だったか記憶にないのですが、この胎盤を食べる人がいること、あるいは食べることを勧める人がいることを知り愕然としたのでした。


<kikulogの議論ー社会的モデル>


kikulogの「さらにインフルエンザとホメオパシー」(2009/5/10)に私がコメントで書いたことが発端で、しばらく胎盤食についての議論がありました。


このコメントから始まっています。

#332 ふぃっしゅ May29.2009@11:06:51


(前略)「胎盤を食べる」というのも。子宮を収縮させるとか理由をつけているようですが、人に人肉を食べさせるのはとても罪深いことです。

当時、私はカニバリズム(人肉食)に対する倫理的な説明で、胎盤を食べたいと思う人を踏みとどませられるのではないかと考えていました。


ところが、コメントの中に「自分の胎盤を食べるぐらい別に良いではないか」「批判の内容も”罪”だとか”うぇっとくる”だとか、その方が偏見や生理的嫌悪に基づいたあまり科学的でない批判」「胎盤云々は、食べたがる人もいて、そういう人向けの少し特殊なサービス」という反論がありました。


この反論を読んだ時には、もんもんとしつつも確かに倫理的な説明(社会的モデル)では人を説得することはできないと思いなおしました。


・・・というよりも、これは「説得する」ことに永遠と決着の方法がないことと言えるのかもしれません。


胎盤を食べることへの説明ー医学的モデル>


前回の記事で紹介した「胎盤 臨床と病理からの視点」(相馬廣明著、篠原出版新社、2005年)に、「15.胎盤感染の病理」という章があります。

 子宮内での胎盤感染経路は、大別して母体からの細菌、ウィルス、原虫などによる血行性経胎盤感染と膣内細菌の上昇による上行性感染とに分けることができる。
 これらの子宮内感染を知る指標としては、羊水および娩出胎盤からの細菌学的検索と、そしていずれの場合も侵襲を受ける胎盤の病理検査が重要である。

子宮胎内を無菌状態に保ち、胎児を細菌やウィルス、そして寄生虫などから守った痕跡が胎盤や卵膜あるいは臍帯に残っています。


ぱっと見ではわからない所見も、病理検査に出すことで感染と闘った証である炎症所見や赤血球の変化、原虫や寄生虫などの存在が明らかになります。


上記の章では、膣内の一般細菌による上行性感染やマイコプラスマ、単純ヘルペス、パルボウィルス、そしてリステリアに感染したケースなどの胎盤の病理所見が載っています。


寄生虫感染の胎盤所見について、住血吸虫病の例があげられています。

現在わが国では寄生虫病対策が進み、戦前から戦中戦後と淫浸されていた河川領域の水田などへの防疫の結果、日本住血吸虫病患者はみられなくなった。しかし戦後はまだ寄生虫患者は多かった。

なぜ「日本」住血吸虫病という名がついているのか、そしてどうやって駆逐したかということを、遙か昔、看護学生時代の細菌学の授業で聞いた記憶があります。


その住血吸虫病の症例1では、1948(昭和23)年に妊娠36週で日本住血吸虫の症状が出た妊婦の経過が紹介されています。


妊娠中に田植えで水田に入り、経皮感染したようです。
高熱が続くために、人工的に分娩させて2,900gの女児を出産。
児は異常なかったが、その後母体は発熱と肝肥大が続き、ようやく産後35日目に退院できたようです。


その時代では胎盤の病理検査は実施していなかったのですが、他の国の住血吸虫病のケースの胎盤に住血吸虫とその卵が組織検査で確認された写真が掲載されています。


胎盤とは、このように細菌やウィルス、原虫や寄生虫と闘った痕跡を残したものであるとも言えるでしょう。


そしてそれは病理検査や細菌検査をしてみなければ「わからない」ものなのです。


<医療従事者としては胎盤食を勧めてはいけない>


感染の可能性がある肉や炎症所見がある肉を食肉として販売したら、どうでしょうか?


食肉加工の生産から販売までには細かい規定があることで、私たちの食生活は守られているはずです。


「これは人に食べさせても感染の危険性はないという」ルールをもたないものを、人に食べさせてはいけない。
まして、感染症に対する知識を持つべき医療従事者であるならば。


感染症に対する知識も助産師の資格には不可欠です。
たとえ助産師自身が「胎盤を食べてみたい」「胎盤を人に食べさせてみたい」という気持ちを持ったとしても、それを抑えなければいけないと思います。


そして、病理検査や細菌検査もしていない、感染や炎症があるかもわからない胎盤を「食べてはいけません」と啓蒙していくことは、助産師にとって大事な医療介入のひとつと言えるのではないでしょうか。