下水道についてのあれこれ 3 <感染症と屎尿処理>

以前勤務していた総合病院は産科と小児科の混合病棟でした。
冬になると、必ず何人かの乳幼児がロタウィルス感染症で脱水のために入院していました。


通常は大人はかかりにくいのですが、夜勤の不規則勤務と過労で抵抗力の落ちたスタッフが感染することもあり、院内感染予防対策とスタッフの勤務変更に悩まされました。


頻繁の下痢と嘔吐が症状なので、その片付けをしてる時に感染します。


上記サイトにも書かれているように、「1〜3日の潜伏期間を経て下痢が始まる」「ロタウィルスは約一週間便中に排泄される」という点が、乳幼児の消化管感染症の怖さでもあると思います。


見た目が元気でも、その子のウンチには感染性の病原菌がいる可能性がいつでもあるのですから。


<下水道整備と感染症


前回紹介した、「日本下水文化研究会 分科会 屎尿・下水研究会」を読むと、下水道整備が感染症をきっかけに進んできたことがわかります。


「7.ヨーロッパの下水道の歴史」には以下のように書かれています。

1832年コレラの発生でパリ市内だけで約2万人が死亡。当時はその原因として「毒気説」が有力であったため(もうひとつの考え方は「接触伝染説」、その毒気を封じ込めることができるものとして、下水道の必要性が高まった。

ロンドンでの様子も書かれています。

1847年:家庭雑排水や屎尿を下水道へ強制的に流入させた。これがテムズ河の水質汚濁とコレラの蔓延を助長した。(テムズ河を水道水源としていたため、1848年にはコレラにより1万4千人が死亡)

その後コレラは、1854年コレラ菌が発見されました。

「日本における近代下水道の計画期(明治時代)」の「第二節、文明開化と近代下水道」では神田下水について以下のように書かれています。

明治10年(1877)から15年(1882)にかけて、全国にコレラが流行し、多数の死者を出した。明治15年東京府下のコレラによる死者も約5,000人に上っている。

わずか一世紀と少し前の話ですが、当時の状況を想像すると現代社会が受けている公衆衛生の恩恵を強く感じます。


<東京の下水道政策の変遷>


第三節を読むと、東京の下水道計画の考え方の移り変わりがわかります。

(2)下水道法の公布   明治33年(1900)

下水道の使用を強制することにより、社会全体の公衆衛生を保持していこうとする考え方が強く打ち出されている。(中略)また、屎尿については塵芥汚物と同列に扱い、同じ年に公布された汚物掃除法に委ね、当時は肥料価値のある有価物であった屎尿の取扱いは、自治体が関与せず、各戸の家と汲取り業者の間の民々の契約にまかせていた。

コレラの原因がわかった後も、「屎尿は貴重な肥料」という考えの方が強かったようです。


ただ当時は「帝国ホテル側の堀割が臭くて投宿を見合わせたものがある」(1906年)ぐらい、東京の下水はひどかったようです。
1907(明治40年)には、屎尿処理も含めた下水道整備の考え方も出始めていました。

近年は水洗便所を設置するところが増加する傾向にある。
屎尿を下水道に収容しても、欧米の実例からも水質的に大差がないので、本計画においても収容してもよいとする。

その実現は、貴重な肥料だった屎尿が化学肥料に取って代わられ、屎尿の無断投棄が社会問題になる1956(昭和31年)まで待つことになったようです。

昭和31年、政府は「屎尿処理基本対策要綱」を打ち出しました。陸上投棄や海洋投棄の原則的廃止、総水洗化を目標としてこれを公共下水道、屎尿浄化槽、コミュニティプラント(住宅団地の汚物処理施設)により達成し、その間の汲取りトイレからの屎尿は「屎尿処理施設」により処理する。

こうしてようやく、屎尿はそのあたりに勝手に投げたり流してはいけないという社会のルールとインフラ整備の時代に入ったのです。


<腸チフスとパラチフスの感染制御>


今ではほとんど耳にしない感染症ですが、私の母子手帳には腸チフス・パラチフスの予防接種の項目があります。


ちょうど上記の「屎尿処理基本対策要綱」が出されて数年後です。
3歳の時に、予防接種を受けた記録が残っています。

わが国でも昭和初期から終戦直後までは腸チフスが年間約4万人、パラチフスが約5,000人の発生がみられていた。そして、1970年代までには環境衛生状態の改善によって、年間300例の発生まで減少した

「ヒトの糞便で汚染された食物や水が疾患を媒介する」わけですから、予防接種とともに屎尿・下水処理が整備されたことが感染予防に大きく貢献したことは疑いのないことでしょう。


そして腸チフス・パラチフスの説明にあるように、症状はなくても保菌している人(無症状病原体保有者)もいるわけです。


CDC(米国疾病管理予防センター)の標準予防策の基本的な考え方である「すべての湿性生体物質(血液・体液、分泌物、排泄物)は感染の危険性がある」は、医療機関だけでなく家庭においても大事だと思います。


「自分の家の中だから」「赤ちゃんのうんちやおしっこだから」自由にさせてよいというものではないのです。
排泄物はいつでも感染源になりうることは、公衆衛生が行き届いた社会こそ忘れてはいけないことのひとつでしょう。





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