下水道についてのあれこれ 4  <トイレット・トレーニング>

1980年代、海外医療援助活動で参考にしたのがイギリスの援助団体OXFAM(オックスファム)から出されている「Where There Is No Doctor」であったことを、「こちらの記事」で書きました。



その基本的な考え方はプライマリーヘルスケアに基づいたもので、
リンク先のwikipediaに以下の「具体的な活動項目」が書かれていますが、「Where There Is No Doctor」の内容もそれに沿った内容でした。

プライマリーヘルスケア  具体的な活動項目


1.健康教育(ヘルスプロモーション)
2.食糧確保と適切な栄養
3.安全な飲み水と基本的な環境衛生
4.母子保健(家族計画を含む)
5.主要な感染症への予防接種
6.地方風土病への対策
7.簡単な病気や怪我の治療(プライマリーケア)
8.必須医薬品の供給

医師がいないあるいは専門教育を受けた助産師がいない、つまり医療の体制がなく、無資格のTBA(Traditional Birth Attendant,伝統的産婆)や家族の介助しかない地域での出産をより安全にするために、破傷風トキソイド接種を勧めたり、清潔な臍帯切断の知識を啓蒙することも「Where There Is No Doctor」に書かれていました。


そしてその本には、安全なトイレを作る方法もありました。
住宅の近辺でむやみやたらなところに排泄しないとか、水源地や住宅地からトイレをどれだけ離したところに作れば感染症を防げるかとか書かれていました。


「住宅の近辺でむやみやたらなところに排泄しない」
いわば、大人へのトイレットトレーニングです。


<トイレットトレーニングの目的>


「トイレットトレーニングって、乳幼児への言葉ではないか?何で下水の話と関係があるのか」と思われる方がほとんどだと思います。


もちろん、ふつうはそうだと思います。


では、トイレットトレーニングの目的とはなんでしょうか?


Wikipediaの「トイレットトレーニング」から引用します。

トイレットトレーニン


トイレットトレーニングないし排泄訓練とは、排泄に絡む便所の使用に関する訓練(練習と実践を通してやり方を学ぶこと)を指す。

そう「便所の使用に関する」社会的なルールを学ぶための訓練です。


もう少し見ていきましょう。

<方法>


レーニングの方法手順は必ずしもひとつではないが、概ね次のような過程を経る。ただしこれらをいっぺんにさせようとしても失敗のもとである。その各々のステップを確実にこなせるようになったら、次のステップへと進む。


1.自分の意思が言葉で示せるようになった辺りから始める。
2.家族(同性が望ましい)のトイレ使用を見せる。
3.出かける前や昼寝・夜寝る前などにおまるやトイレでの排泄を習慣付ける。
4.排泄の意思表示をさせて、おまるやトイレに行くまでの我慢を促す。
5.自分の意思でトイレに行かせ、自力で着衣を脱いで排泄させる。
6.紙の使用や手洗いなど衛生管理を自力でできるまでにする。(最終目標)


そう、「衛生管理を自力でできる」ためのトイレットトレーニングなのですね。


それは狭い意味の個人の衛生管理から、さらに広く、社会の衛生すなわち公衆衛生という社会的なルールを維持するための一歩であるということです。


たとえ我が家やその周辺であろうと、排泄物をトイレ以外にすることは感染症のリスクを高めることになります。
ましてや路上でさせることまでelimination communicationだとか、おむつを使わないことが環境に優しいという考え方は、公衆衛生を一世紀前の状況に戻すという意味で無責任だといえるでしょう。


<トイレットトレーニングの先の社会資源>


排泄はトイレでする。
個々のトイレットトレーニングによって成り立つ私たちの社会で、その排泄物はどのように処理されているのでしょうか。


「日本下水文化研究会 分科会 屎尿・下水研究会」によれば、以下のような施設を通って私たちの排泄物は処理されています。

汚水処分工場⇒汚水処理場⇒下水処理場⇒処理場⇒水再生センター

こうして最終的には、玉川上水に戻しても大丈夫なほどの水になっていきます。


このような高度な屎尿処理の管理体制ができるのは、1956(昭和31)年の「屎尿処理基本対策要綱」が示され、1962(昭和37)年に下水道局ができてからです。


「排泄のコミュニケーションを通して子育てが楽しくなる」「赤ちゃんはご機嫌で育てやすくなる」
よりも、もう一歩広い視点でトイレットトレーニングの最終目標「衛生管理を自力でできる」を教えていくことは親あるいは大人の大切な仕事だといえるでしょう。


私たちがあたりまえのようにトイレに行って排泄をするのは、親や周囲の大人が根気強く、社会ルールを含めて「それが良いことである」ということを教えてくれたからに他ならないと思います。


その社会のルールが徹底され、そして排泄物を処理する高度な社会資源があることで、私たちの社会はコレラや腸チフス・パラチフスといった感染症の恐怖から解放されました。
その歴史を伝えることが、現代のトイレットトレーニングといえるのではないでしょうか。






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