新生児のあれこれ 33  <排泄の自立>

「排泄の自立」の話題なのに、「新生児のあれこれ」という題はそぐわないと思われることでしょう。


ところが、おむつなし育児では新生児や生後2〜3ヵ月ごろの乳児に対しても行っているという話があります。


首もすわっていない赤ちゃんをかかえておまるの上で排泄をさせるというのです。
手元にバックナンバーがないのですが、たしか2010年の「助産雑誌4月号」(医学書院)の「おむつなし育児特集」の中で、新生児期から実施している方の話が掲載されていたと記憶しています。



ヒトの排泄の自律については前回書きました。
では排泄の自立にはどのような条件がそろっていることが必要なのでしょうか。


<ヒトの体の自立>


前回の記事で紹介した「三種の『じりつ』ー自律・自立・而立ー」から、「自立」の部分を紹介しましょう。

 自立とは、文字通り自分で立つということである。子供は生後9〜10ヶ月になるとつかまり立ちを始め、自分で立つようになる(身体的自立)。
また2(*前文の「服従の関係を脱して、自主の地位にたつこと」)の意味での自立とは、精神的自立にあたるだろう。

つまり身体的な自律に、身体的な自立が可能な時期になって初めて排泄の自立も可能になってくるということだと思います。


そして身体だけでなく、心の発達も必要です。


心の自律について、上記の文では最初に書かれています。

 自我心理学の立場で心を捉えると、心とは自我(ego)という精神装置として捉えられる。そして、自我には葛藤があるのである。ここでいう心の葛藤とは、本能に基づいた「〜したい」という内なる要求(衝動)、「〜してはいけない」という内なる禁止(超自我)、そして心の外から突き詰められる現実、の間で生じる葛藤である。そしてそれらの葛藤の中を生き抜くことが、心の発達である。

それまでおむつの中にしたいときにしていた排泄を、おまるやトイレでするまで我慢する。時には失敗をする。
その繰り返しの中で、排泄をトイレですることを学んでいくわけです。


「自立」の続きの部分には以下のように書かれています。

精神的自立は、身体的自立に比べて時間もかかり、沢山の苦労が多い。
多くの発達理論は精神的自立へのストーリーを刻銘に描いている。それらによると、乳児期から少なくとも青年期に至るまでには、多くの課題を克服していかなければならない。


乳幼児期の身体的な自立のためには、体の自律と心の自律を時間をかけながら自ら勝ち取っていくものではないでしょうか。


それにはそれにふさわしい時期というものがあるのだと思います。
そのあたりを次回具体的に考えてみたいと思います。




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