こちらとこちらの記事で紹介した「鑑定からみた産科医療訴訟」(我妻 尭氏著、日本評論社、2002年)の中には、訴訟例の実際の胎児心拍陣痛図(CTG,cardiotocogram)がいくつも掲載されているので参考になります。
なぜ私がこの本を購入したのかというと、2002年、この本が出版された頃は産科訴訟が急増し始めていたので緊迫感があったためでした。
それまで訴訟例の実際のCTGを見る機会がなく、CTGに関して助産師側にはどのような過失が生じるのか、どのように防げるのかを知りたかったのでちょっと高額な本でしたが購入したのでした。
本の中では、1970年代から90年代前半ぐらいまでの分娩監視装置が開発され普及し始めた頃の訴訟例が多く取りあげられていました。
<経験、知識の体系化の遅れ>
中には明らかに助産師や産科医の判断の甘さと受け止められても仕方がない例もありましたが、当時の分娩監視装置の精度やCTGに関する知見を考えればこの判断も仕方がなかったのかもしれないと思うものもありました。
たとえば私の経験も、そのひとつです。
分娩監視装置の記録を見直すと、確かに赤ちゃんの基本心拍は1分間に140前後で、100以下になるような明らかな徐脈もありませんでした。
でも、陣痛のあとにわずかに120代ぐらいまで軽く心拍数が下がる遅発性一過性徐脈が1回、出ていました。
当時の徐脈の定義は「1分間に100回以下」だけでしたから、私は100以下にならない遅発性徐脈があるという新しい考え方があることを知らなかったのです。
おそらく私の同僚の助産師もそうだったと思います。
現在でもなお、CTGを判読し判断するというのは、なかなか一様にはいかない難しさがあります。
「周産期医学」2012年4月号に書かれていることを再掲します。
分娩監視装置は広く普及しているが、そこから得られる胎児心拍陣痛図(CTG)をどう解釈し、どのような行動をとるべきかについては、臨床現場で議論になることも少なくない。
産科医側は、臨床の経験を集めてCTGの判読方法を研究し続けているのだと思います。
当時の私の勤務先の産科医の先生も、あのCTGをひと目見て遅発性徐脈であることを指摘されました。
ところが、分娩監視装置を装着し、産婦さんと胎児に最も近いところで観察するはずの助産師あるいは看護師は、こうした産科医の医学的な知見を看護技術へと体系化することが遅れやすいのではないかと感じています。
<より正確に、より快適に分娩監視装置を装着する技能>
冒頭で紹介した本では、分娩監視装置をきちんと装着していないために正確なデーターが残されていない点を問題としています。
たとえば、陣痛計がうまく当たっていない、陣痛の基線設定を正しくあわせていないので過強陣痛に見えてしまう、胎児心拍だけでなく母体心拍をひろってしまうダブルカウントがそのままにされているなどです。
こうしたことは、日常の業務でついやってしまいがちです。
「心拍は大丈夫そうだから」「何度つけてもうまくとれないから」「太っていて陣痛や心拍がうまくとれないから」・・・と。
結果、無事に分娩が終了すれば問題はないのですが、母子に何か重大な異常がおきれば、そのデーターに「隠された真実」を追究する必要が出てきます。
当然、分娩監視装置を装着し、観察する助産師・看護師の責任が問われる部分です。
「周産期医学」2012年4月号では、「胎児監視業務における品質管理」「外測陣痛計測の品質管理」と表現しています。
そう、個々の助産師・看護師がより正確に分娩監視装置を装着しデーターの品質管理の技能向上のために、苦戦・工夫している数知れない知識や経験があるはずです。
あるいはどのような産婦さんの体型や体勢でも、産婦さんにできるだけ負担をかけないで装着する技能も培ってきているはずです。
産科医側のCTGの医学的知見の変化に合わせて看護技術を見直し、体系化していくことが必要だったのに、CTGの普及に比べて遙かにそれが遅れてしまいました。
未だに、看護職向けに分娩監視装置についてさまざまな方向から知識を体系化した看護の専門書さえないのが現状だからです。