前回の記事で紹介した西インド諸島のセント・キッツ島でも、政府により母乳哺育がすすめられていきました。
おそらく文脈から1980年代のことだと思いますが、ダナ・ラファエル氏は「母親の英知 母乳哺育の医療人類学」の中で以下のように書いています。
世界中の保健に携わる省庁の役人は、最近になって母乳哺育の良さに気づき、その数が減らないように配慮し始めました。セント・キッツ島の政府は女性を対象として「どうすれば母乳哺育に成功するか。どうすれば必要でもないミルク哺育をしないで済むか」を教える指導計画を思案中です。これで病院の一日も変わるでしょう。
しかし、こういうふうに母乳を力説するようになったわりには、実際はなかなか理想どおりにうまくはいかないようだとジュディ(*引用者注、ダナ・ラファエルの共同研究者)は言います。
(中略)
それに98%の母親が病院にいる間は母乳を飲ませているのに、退院して家に帰ると2週間経つか経たないうちに、65パーセントの人がミルクを飲ませるようになっているのです。
1960年代に政府は母乳を広めようとキャンペーンを始めたのですが、途中で挫折してしまいました。この小さな島全体が豊かになって女たちが望めば外に出て働かなくても、家でゆっくり母乳を飲ませていられるようにならない限りこうしたキャンペーンの成功はおぼつかないのではないでしょうか。
政府の保健担当職員によると、島でもっとも問題となるのは乳児の栄養と健康、それに避妊なのだそうですが、島の女たちに言わせると、必要なのは仕事と子どもに食べさせる食糧だということです。
「母乳は素晴らしい」という医学モデルだけでは解決できない。
そういう失敗はすでにあちらこちらの国であるはずなのに、なかなかその教訓から学んでいないのかもしれません。
<赤ちゃんとお母さんが一緒にいられるということ>
1989年にWHO/UNICEFが「母乳育児を成功させるための10か条」を出しました。
その中に「7.母子同室にすること。赤ちゃんと母親が一日中24時間、一緒にいられるようにすること」というものがあります。
この一文のおかげで、それまでの母子別室、時間毎の規則授乳というなんとも不自然な方法から抜け出すことができたことは大きな功績だと思います。
でも、日本では文字通り、母子同室、母乳のみの自律授乳という受け止め方だけで広がっていってしまったのではないでしょうか?
WHOはこのメッセージをどの国のどの女性に向けて出したのでしょうか?
それは世界の大半を占める、産後赤ちゃんのそばでゆっくりすることも許されず、ミルクを足して働きに行かざるを得ない貧困の中に生きる女性ではなかったのではないかと思えるのです。
あるいは日本のように、誰も育児や家事を交替してもらえない追い詰められた不安の中で、気持ちにゆとりも持てずに赤ちゃんと向き合わなければいけない状況の女性たちも同じかもしれません。
そんな状況で医学モデルの母乳推進をすれば、またもうひとつお母さん達、そして赤ちゃんにも無理を重ねさせる結果にもなりえるわけです。
産後ケアって何でしょうか?
「産後ケア」と称した政策や保健指導的なものを進める前に、赤ちゃんを育てている状況で必要なことに本当に耳を傾けているのでしょうか。
そのあたりからまず考えてみることも必要かもしれません。