行間を読む 2  <行間を「歩く」>

スクランブル交差点。
信号が変わると、何百人もの人がそれこそ四方八方から交差点を渡ろうとして歩きます。


その交差点が見える場所はちょっとした観光スポットらしく、海外からの観光客の人たちが立ち止まってスマホやビデオを片手に構えています。


2〜3分毎に繰り返されるその風景を見続けている人もいます。
あの光景は、日本ならではの光景に写るのでしょうか。


スクランブル交差点ではないのですが、数路線が乗り入れている大きなターミナル駅を通過して通勤しています。
ホームにあふれる人や改札口からの人の流れなど、あの人ごみの中を歩くのはけっこうすごい能力ではないかと思っています。


行間を読むとも少しニュアンスは違いますが、今日からしばらく、行間を読みながら歩いていることを考えてみようと思います。


<ぶつかる人がいない>


2〜3分から数分毎に電車が到着するたびに、一度に数百人がホーム降り、同じくらいの人数が電車に乗り込んでいきます。


改札口へ向かう人、改札口から目指す電車へ向かう人。
あれだけの人が一斉に、しかもそれぞれの歩き方のペースでそれぞれの方向へ向かって歩いているというのに、「衝突事故」になるほどのぶつかり方をすることはまずないことに驚きます。


多少、荷物や体が当たるのは「ぶつかる」というほどでもなく、謝ろうとしてもすでに相手はどのひとかわからないくらいの速さで去っています。


いろいろな年齢の人がいますし、大きな荷物を持った人、ゆっくりしか歩けない人、急いでいる人、本当に様々です。


そのような一見「無秩序」な状況の中、前から横から、あるいは後ろから来る人との間隔を瞬時に見極めて歩いているのです。


時に通行の障害になる不測の事態が発生しても、すぐに流れが変わって何事もなかったかのように新たな流れが作られていきます。


<時間帯や曜日で違う流れ>


私は平日・休日関係なく通勤しているのですが、平日と休日ではこの一見同じような駅周辺の人ごみも、速度や流れがかなり変わるのを感じます。


土曜日や休日は、普段よりも少し余裕を持って家を出ないと間に合わなくなることがあります。


まず平日に比べて、歩く人のスピードが全体にゆっくりになります。
やはり通勤・通学などとは違う目的での外出だからでしょうね。


それと平日では個人で行動している人が多いので、追い越したり、ぶつからないように向きを変えるのも一人分のスペースでかまわないのですが、休日になると同伴者が多くなるのため相手の動きが読みにくくなります。


そのため平日に比べて人が少ない時間帯でも、なかなか追い越せなかったり人の流れが遅くて時間がかかってしまうこともあります。


「私は休みの日も働きにいくんですからね」「急ぐんだから」と苛立ってもそれは私の都合に過ぎないですから、イライラしないように時間に余裕を持って出勤するしかないですね。


<一瞬でできあがる秩序はすごい>


ホームやホームの階段はものすごい混雑ですが、皆少しずつ歩みを調節しながらすぐに流れができていくこともすごいと思います。
なんというか、粛々と流れがつくられていく感じです。


その秩序を一番感じるのが、通勤時間帯の流れだと思います。
その時の状況にあわせて、さっと流れが作られて反対方向からの流れとうまくあわせて人が移動していく様子は、清々しささえ感じます。


Wikipedia定員に「乗車率の目安」が書いてあります。

100%  定員乗車。座席に着くか、吊革に捕まるか、ドア付近の柱に捕まることができる。
150%  新聞が楽に読める。
180%  折りたたむなど無理をすれば新聞は読める。
200%  体がふれあい相当な圧迫感があるが、週刊誌程度なら何とか読める。
250%  電車が揺れるたびに体が斜めになって身動きがとれず、手も動かせない。

日中、比較的好いている時間帯の各駅停車であれば、乗車率が100%以下のこともありますが、だいたいどの時間帯も150〜180%ぐらいですし、通勤時間帯になると200〜250%は当たり前という混雑です。


1車両の定員が150人程度ですから、1本の電車がターミナル駅に到着すするたびに2000人近い人が降りて一斉に改札口に向かうことになります。


相手の動きを読みながら、少しでも流れがスムーズに行くようにと、歩みを速めたり遅めたり、あるいは少し横へずれたりしながら、ひとりひとりが行間を歩いてできた流れだと思うとちょっと感動すらしてしまうのです。





「行間を読む」まとめはこちら